悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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「貴方は…っ!」

「……おい!誰かいるのか!」


 路地に響いた声の元にたどり着いたヴォルフの心臓がきゅっと締め付けられる。ヴォルフの方へ振り返った女性が、見知った人物…レフィーナだったからだ。


「…怪我はないか?」

「え?」

「女性が怪しい奴らに追われているって、そこの男に聞いて駆けつけたんだが…」


 声が聞こえて先に飛び出したので、アレルは後ろにいるはずだと親指で後ろを指し示す。しかし、後ろに視線をやって首を傾げるレフィーナにヴォルフも後ろを振り返る。
 確かに気配を感じていたし立ち去る足音もしなかったのに、そこにアレルの姿は無かった。ヴォルフは驚いたように辺りを見回すが、アレルどころか誰一人いない。


「さっきまでは確かに…」

「あ、あの、私は大丈夫ですので」


 首を傾げながら呟いたヴォルフに、レフィーナが声をかける。
 別に悪いことをした訳ではないし、名前は分かっているのでそのうち見かけたら礼を言えばいいか、とヴォルフは結論を出すと意識をレフィーナに戻す。
 
 問題はレフィーナがなぜ追われていたか、だ。偶然かターゲットだったのか…どちらにしても騎士として知っておかなければならない。


「誰に追われていたんだ?」

「え…さ、さぁ?」

「…追われるような心当たりは?」


 ヴォルフの問いにレフィーナは考え込む。そんなレフィーナ見ていれば、ふと視線がこちらに向けられた。その疑わしそうな視線に、ヴォルフは口端を引きつらせる。
 それからレフィーナに近づいて容赦なく柔らかな頬を引っ張った。まさか自分が疑われるとは思っていなかったので、少しショックだったりもする。


「おい、なんだその疑わしそうな顔は」

「いひゃいれす」

「俺じゃないぞ」

「わかってまひゅへど」

「じゃあなんだ」

「…いえ、なんか急に心の距離が近いなって」


 分かっている、と言ったレフィーナに頬を開放してやれば、そんな事を言われてヴォルフは一瞬固まる。確かにヴォルフはこんな風に気安く女性に触れたりしない。間違いなく心を許しているからこそ、レフィーナに触れた。その事に恥ずかしくなって頬が熱くなる。
 それを見ていたレフィーナが緋色の瞳を見開く。


「え…」

「見るな!」


 こちらを見るレフィーナから、顔を隠すためにヴォルフはぐるりと後ろを向く。
 最近おかしい。レフィーナの事で心が乱れる。その理由には気づかないふりをして、ヴォルフは思考を逸らす。

 レフィーナが自分を疑ったのはおそらく騙していた事をあっさりと許したことだろう。あれだけ嫌っていたのだ、こんな風に気安く接するようになったのが気になったのかもしれない。
 また疑われては嫌だ、とヴォルフは口を開く。


「…い、言っておくが…すんなりお前に気を許したのは、お前が王妃殿下と対話したという事を騎士団長から聞いたからだぞ!」

「え?」

「王妃殿下が何も言わないなら、俺が騒ぎ立てることじゃないし…それに、結婚って大切なことだろ…。貴族はどんな相手でも決められた人と結婚しないといけない。それが嫌だと思っても普通だろ。…結果としてレオン殿下とドロシー嬢は幸せそうだしな」


 気を許した理由は本当は少し違う。母親の影が重ならなくなった事が大きい。だが、それを話す必要はないし、何よりあの母親の事を知ったレフィーナになんて思われるかが、怖い。
 とはいえ、もちろん今話した事も嘘ではない。レナシリアが話していないのなら、とレオンにもレフィーナの事は話していないのだ。


「というか、話がずれてる!」

「あ、そうですね…。心当たりでしたか…」


 どうやらヴォルフの話に納得したようで話題を変えるように言えば、レフィーナもあっさりと頷いた。それからまた少し考えるような素振りをして、やがて口を開いた。


「もしかしたらミリー様かもしれません」

「ミリー嬢?」


 予想外の名前でヴォルフは首を傾げる。そうすればレフィーナが理由を話してくれた。


「レオン殿下の婚約者であった時に色々とされましたので。手紙にガラス片が入っていたり、階段から突き落とそうとしたり…。だから、手荒なことをしてもおかしくないと思います。…ただ、もう私はレオン殿下の婚約者じゃありませんし、身分もミリー様より下。わざわざ手を出す理由はありませんね」

「お前…そんな嫌がらせを受けていたのか…!」

「はい…?」


 レフィーナの話の前半部分でヴォルフの血の気が引く。そんな危険な嫌がらせを受けていた事など知らなかった。
 もしかしたら、レフィーナが大怪我したり死んでいたかもしれない、と思うとぎゅうと胸が苦しくなる。そして、その時にはまだ事実に気付いていなかった自分は、きっと何も思わなかっただろうと考えゾクリとした。

 大きな怪我なく生きていてくれて良かった。しかし、もしかしたら痕が残ってしまっているかも知れない。そう考えたらじっとしていられなくて、ヴォルフはレフィーナの手を取って確認する。


「…痕とか残っていないか…?あぁ、そうだ、鞭打ちされたところも…!」

「お、落ち着いてください。ミリー様の嫌がらせなら何一つ成功していませんから!それに、鞭打ちの傷ならヴォルフ様の薬のおかげで痕一つ残っていません!」

「…そ、そうか」


 レフィーナの言葉にほっとして、胸を撫で下ろす。そして、掴んでいた手をそっと放した。
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