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翌日、ヴォルフはレナシリアに謁見する前に、レフィーナの事を探していた。昨日聞けなかった答えを聞きたかったのもあるが、なにより怪我が心配だったからだ。
侍女に洗濯場にいると聞いて、そこに向かえば居たのはメラファだけで、レフィーナの姿は見当たらない。
「すまない、少しいいか?」
「…ヴォルフ様。何か御用ですか」
メラファに声を掛ければ、ツンとした声で返事をされる。それも仕方ないことか、とヴォルフが受け止めていれば、今度はメラファの方から口を開いた。
「レフィーナさんですか?」
「あ、あぁ。…怪我の様子はどうか気になってな」
「あんなに罵っていたのに、急に心配ですか」
「そのことについては反省してる」
チクリと刺さる言葉に少しだけ表情を曇らせれば、メラファがはぁぁと大きくため息を吐き出した。
「怪我なら心配いりません。…昨日、ヴォルフ様に貰った塗り薬が効いたようですよ」
「そうか、良かった…」
少しは良くなったようでヴォルフは胸を撫で下ろした。このまま傷跡が残らないように治ってくれる事を祈る。
安心した様子のヴォルフにメラファは少し表情を和らげた。
「今、レフィーナさんはドロシー様とお話しています」
「ドロシー嬢と?」
「はい。ドロシー様の侍女の方も一緒ですけどね」
前のヴォルフならすぐに様子を見に行っただろうが、今は特に心配する必要はないように感じた。ドロシーと話しているのならここに居ても仕方ないと、ヴォルフはメラファに礼を言って歩き出す。
しかし、メラファに引き止めらるように声をかけられて、足を止めた。
「ヴォルフ様は今、レフィーナさんの事をどう思っているんですか?まだ、性格の悪い嫌いな女、ですか?」
「…いや。そんな風にはもう思っていない。嫌いでも、ない」
「そうですか…」
少しホッとした様子のメラファは、ふと慈しむような笑みを浮かべた。
「レフィーナさんの事、気にかけてあげてください」
ふわりと風が吹いてメラファの髪をさらう。それを見ていたヴォルフは一瞬、不思議な感覚に襲われる。
眼の前に存在しているメラファが揺らいだような、違うものに見えたような…。纏う雰囲気が変わったような。しかしそれは本当に一瞬で、瞬きの間に霧散した。
「引き止めてすみません」
「いや…」
メラファが仕事に戻ったので、ヴォルフも再び歩き始めた。もうあの感覚はなくて、気のせいかとヴォルフは片付けた。
♢
「…分かりました」
侍女長の事についての報告を終えれば、レナシリアはそう言って静かに頷いた。これで侍女長は罰せられるだろう。
報告は終えたので頭を下げて立ち去ろうとすれば、レナシリアが再び口を開いた。
「珍しいですね。貴方がレフィーナを気にかけるなんて」
「…騎士として報告すべきことを報告したまでです」
「そうですか。では、今もレフィーナは嫌いですか?」
「それは…」
本日二回目の問いかけだ。レナシリアの様子を伺えば、口紅の塗られた美しい唇がゆっくりと弧を描いた。
「その様子では、レフィーナに対する印象は変わったみたいですね」
「…そうですね。城での彼女は今までとは違いますから」
「そのようですね」
驚く様子もなく頷いたレナシリアに今度はヴォルフが問いかける。
「何故、彼女をダンデルシア家に送らず、城の侍女にしたのですか?」
「ふふ。何と無く察しがついているのではないですか?」
「…王妃殿下は初めから…」
レナシリアは笑みを深くする。それは言外にヴォルフの考えを肯定していた。
レナシリアは初めから令嬢の時のレフィーナが演技だと気付いていて、しかもそうした理由もなんとなく察しがついているのだろう。そして、ダンデルシア家に送る必要はないと判断した。
「まぁ、レフィーナと一度話してみないと、事実ははっきりしませんが」
「そうですか…」
「では、報告は確かに受けました。侍女長のことは任せなさい」
「はい」
ヴォルフは頭を下げて、今度こそレナシリアの前から立ち去る。
騎士の詰所に向かって廊下を歩きながら、ヴォルフはそっと息を吐き出した。なんだか昨日からレフィーナの事ばかり考えている気がする。でもそれは不快なことではなくて、そのままレフィーナの事を思い出した。
毒のないレフィーナは優しそうな雰囲気だった。間近で見た緋色の瞳は透き通っていて綺麗で、その瞳がヴォルフは嫌いではなった。
そんな事を考えていれば、ふと聞き覚えのない声に呼び止められてそちらを向く。そこには、ヴォルフより年下であろう侍女が立っていた。その頬は仄かに赤く色づいている。
何の用だろうかと首を傾げれば、侍女がばっとヴォルフに一輪の花を差し出した。
「これリナリアていう花です!う、受け取ってください!」
「…花の世話は出来ないからすぐに枯らしてしまう」
「う、受け取って頂くだけで良いんです!」
「…分かった。ありがとう」
侍女に必死そうな様子に、ヴォルフはリナリアの花を受け取った。そうすれば、侍女は嬉しそうに笑って去って行く。
それを見送って、ヴォルフは自分の手に握られた可愛らしい花に視線を移す。そして、なにか意味があるのだろうか、と首を傾げたのだった。
侍女に洗濯場にいると聞いて、そこに向かえば居たのはメラファだけで、レフィーナの姿は見当たらない。
「すまない、少しいいか?」
「…ヴォルフ様。何か御用ですか」
メラファに声を掛ければ、ツンとした声で返事をされる。それも仕方ないことか、とヴォルフが受け止めていれば、今度はメラファの方から口を開いた。
「レフィーナさんですか?」
「あ、あぁ。…怪我の様子はどうか気になってな」
「あんなに罵っていたのに、急に心配ですか」
「そのことについては反省してる」
チクリと刺さる言葉に少しだけ表情を曇らせれば、メラファがはぁぁと大きくため息を吐き出した。
「怪我なら心配いりません。…昨日、ヴォルフ様に貰った塗り薬が効いたようですよ」
「そうか、良かった…」
少しは良くなったようでヴォルフは胸を撫で下ろした。このまま傷跡が残らないように治ってくれる事を祈る。
安心した様子のヴォルフにメラファは少し表情を和らげた。
「今、レフィーナさんはドロシー様とお話しています」
「ドロシー嬢と?」
「はい。ドロシー様の侍女の方も一緒ですけどね」
前のヴォルフならすぐに様子を見に行っただろうが、今は特に心配する必要はないように感じた。ドロシーと話しているのならここに居ても仕方ないと、ヴォルフはメラファに礼を言って歩き出す。
しかし、メラファに引き止めらるように声をかけられて、足を止めた。
「ヴォルフ様は今、レフィーナさんの事をどう思っているんですか?まだ、性格の悪い嫌いな女、ですか?」
「…いや。そんな風にはもう思っていない。嫌いでも、ない」
「そうですか…」
少しホッとした様子のメラファは、ふと慈しむような笑みを浮かべた。
「レフィーナさんの事、気にかけてあげてください」
ふわりと風が吹いてメラファの髪をさらう。それを見ていたヴォルフは一瞬、不思議な感覚に襲われる。
眼の前に存在しているメラファが揺らいだような、違うものに見えたような…。纏う雰囲気が変わったような。しかしそれは本当に一瞬で、瞬きの間に霧散した。
「引き止めてすみません」
「いや…」
メラファが仕事に戻ったので、ヴォルフも再び歩き始めた。もうあの感覚はなくて、気のせいかとヴォルフは片付けた。
♢
「…分かりました」
侍女長の事についての報告を終えれば、レナシリアはそう言って静かに頷いた。これで侍女長は罰せられるだろう。
報告は終えたので頭を下げて立ち去ろうとすれば、レナシリアが再び口を開いた。
「珍しいですね。貴方がレフィーナを気にかけるなんて」
「…騎士として報告すべきことを報告したまでです」
「そうですか。では、今もレフィーナは嫌いですか?」
「それは…」
本日二回目の問いかけだ。レナシリアの様子を伺えば、口紅の塗られた美しい唇がゆっくりと弧を描いた。
「その様子では、レフィーナに対する印象は変わったみたいですね」
「…そうですね。城での彼女は今までとは違いますから」
「そのようですね」
驚く様子もなく頷いたレナシリアに今度はヴォルフが問いかける。
「何故、彼女をダンデルシア家に送らず、城の侍女にしたのですか?」
「ふふ。何と無く察しがついているのではないですか?」
「…王妃殿下は初めから…」
レナシリアは笑みを深くする。それは言外にヴォルフの考えを肯定していた。
レナシリアは初めから令嬢の時のレフィーナが演技だと気付いていて、しかもそうした理由もなんとなく察しがついているのだろう。そして、ダンデルシア家に送る必要はないと判断した。
「まぁ、レフィーナと一度話してみないと、事実ははっきりしませんが」
「そうですか…」
「では、報告は確かに受けました。侍女長のことは任せなさい」
「はい」
ヴォルフは頭を下げて、今度こそレナシリアの前から立ち去る。
騎士の詰所に向かって廊下を歩きながら、ヴォルフはそっと息を吐き出した。なんだか昨日からレフィーナの事ばかり考えている気がする。でもそれは不快なことではなくて、そのままレフィーナの事を思い出した。
毒のないレフィーナは優しそうな雰囲気だった。間近で見た緋色の瞳は透き通っていて綺麗で、その瞳がヴォルフは嫌いではなった。
そんな事を考えていれば、ふと聞き覚えのない声に呼び止められてそちらを向く。そこには、ヴォルフより年下であろう侍女が立っていた。その頬は仄かに赤く色づいている。
何の用だろうかと首を傾げれば、侍女がばっとヴォルフに一輪の花を差し出した。
「これリナリアていう花です!う、受け取ってください!」
「…花の世話は出来ないからすぐに枯らしてしまう」
「う、受け取って頂くだけで良いんです!」
「…分かった。ありがとう」
侍女に必死そうな様子に、ヴォルフはリナリアの花を受け取った。そうすれば、侍女は嬉しそうに笑って去って行く。
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