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 ヴォルフの蹴りはタイミングも狙った場所も的確で、蹴られた頬に傷のある騎士は思いっきり地面に吹っ飛ばされた。
 あまりにもあっさり決まったので、ヴォルフの方が呆然してしまう。それと同時に何ともいえない気持ちになる。こんなにも弱いならもっと早く行動に移しても良かったかもしれない。
 
 そんな事を思っていたヴォルフだが、実際はこの頬に傷のある騎士は実力で言えば騎士の中でもそこそこ強い方だ。ただ、ヴォルフをガキだと思っていた事と、ヴォルフのカウンターがあまりにも鮮やかで避ける事が出来なかっただけであった。

 まぁ、そんな事実など知らないヴォルフは取り敢えずザックを罵られた借りは返せた、と深く息を吐き出す。


「……情けないのぉ。騎士ですらない子供に返り討ちにあうとは…」

「う、ぐ…くそっ…!」

「おら、大人しくしろ!」


 再び駆け寄ってきた騎士二人は頬に傷のある騎士を捕まえようと手を伸ばす。


「くそぉぉおお!殺してやる!」

「うおっ!」


 捕まる気などない頬に傷のある騎士が暴れて、さらに捕まえようとしていた騎士の剣を奪い取った。その瞬間にケルンがすぐに剣を抜くが、それよりも早く頬に傷のある騎士がヴォルフに向かって再び突進して行く。
 その憎しみのこもった目を見たヴォルフの体が動かなくなる。

 ─その目が母親を刺し殺す直前の、あの女性と同じだったから。


「っ!!」


 頬に傷のある騎士が突き出した剣先が、目の前に迫るのをヴォルフは金色の瞳を見開いて見つめる。

 しかし、その剣先が突き刺したのはヴォルフではなかった。
 逞しい腕が遮るようにヴォルフと剣の間に現れ、剣はその腕を貫いた。


「…間に合って良かった」


 落ち着いた低い声に、ヴォルフは血の滴る逞しい腕から顔の方へと視線を向ける。
 そこにいたのはザックで、頬に傷のある騎士を睨み付けていた。剣の刺さった腕とザックの顔を交互に見ながら、ヴォルフは焦ったように口を開いた。


「ザックさん…っ!」


 ずっと出なかった声が口から飛び出て、ヴォルフは目を見開いて口元に手をやった。
 ザックも声が出たヴォルフに、驚いたように視線を投げて寄越し、にっと笑う。


「大丈夫だ、これくらい。…さて」


 ザックは剣を突き刺したまま呆然としていた頬に傷のある騎士を恐ろしく鋭い瞳で睨みながら、怪我をしていない方の腕で容赦なく殴り付けた。

 鈍い音がして再び地面に倒れた頬に傷のある騎士は、あまりの衝撃に気絶していた。


「ザックさん、血が…!」


 そんな頬に傷のある騎士の事など、ヴォルフはどうでも良くて、へにゃりと眉を歪めてザックの傷を見つめる。
 ザックは何故かニコニコと笑いながら、躊躇ためらいなく剣を引き抜いた。


「こら!乱暴にするでないわ!」

「あっはっはっ」

「笑い事ではないわ!全く、これだからお前さんは…」


 雑なザックにイザークはグチグチと説教をしながら、手早く処置を済ませる。それを見ていたヴォルフはこの場にイザークが居て良かったと胸を撫で下ろした。


「それより、ヴォルフ!声が出るようになったんだな!」

「あ…はい…。自分でも驚きました…」


 一度出てしまえば、あれだけ出なかったのが嘘のようにスムーズに話すことが出来た。
 久しぶりに聞いた自分の声は思っていたよりも低くて、少しだけ違和感がある。

 なんとなく自分の喉を撫でていれば、ザックの手がぽんとヴォルフの頭に置かれた。


「良かったな!」

「っ…、はいっ。あの、助けてくださって、ありがとうございました!」


 ぐっとヴォルフは深く頭を下げる。
 それを見たザックは目尻を柔らげ、乗せていた大きな手でヴォルフの焦げ茶色の髪をかき混ぜるように撫でた。


「敬語なんて別にいらん。もっと気楽に話せ!名前も呼び捨てで構わん!」


 太陽の様に明るいザックの笑顔に、ヴォルフも口元を緩めて頷いた。


「…ヴォルフ、悪かったな。もう少しでお前に怪我をさせる所だった」


 頬に傷のある騎士を拘束し終えたケルンが厳しい表情で頭を下げる。ヴォルフは慌てて首を横に振った。


「悪いのはその騎士なので、頭を上げてください。それに、ザック…が助けてくれたので、俺は怪我をしてませんから」

「…ありがとう、ヴォルフ。…あの騎士は俺たちがしかるべき罰を与えておくな」

「はい」


 腹の中にくすぶっていた熱はもうない。スッキリした気持ちで、頬に傷のある騎士を見た。

 ヴォルフの蹴りとザックの拳が同じ所に当たったようで、ぷっくりと頬が赤く腫れ上がっている。しかも、これからこの騎士は追放される。もうこれ以上、ヴォルフが関わる必要はない。


「ザックは騎士達を頼む。俺はこいつを処理してくるから」

「分かりましたぞ!」


 ケルンは騎士二名と共に頬に傷のある騎士を引きずって去っていった。


「さぁ、馬鹿どもの健康診断でもするかの!」


 空気を変えるようにイザークは元気よくそう言うと歩き始める。
 ヴォルフとザックは顔を見合わせて、そんなイザークの後を追いかけたのだった。
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