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06 お前の様な女が聖女であってたまるか!

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 俺は騎士だ。

 名前はエルビス。

 フルネームはエルビス・フリンジ・ゲーティアだ。

 ゲーティア家の長男で、下に三人の弟がいる。

 何の変哲もない家で育った平民だが、騎士としての職務を全うできるようになったのは、王子のおかげだろう。

 俺が育った国、バルト・モスト国は長い間貴族が優遇されていた。

 何につけても、身分は絶対で、平民が強い立場を得る事はなかった。

 しかし、現王と王妃の間に一人の王子が生まれてから、国は少しずつ変わっていった。

 わけあって平民の護衛と共に、絆を深めた王子は、貴族優遇社会に胃をとなえ、幼い頃から少しずつ改革を進めてきた。

 それが実ったため、俺の様な平民でも騎士になる事ができたのだ。

 俺は王子のためなら命をかけられるだろう。

 だって、王子のおかげで幼い頃からの夢だった騎士になる事ができたのだから。

 だから王子を守るための剣として、毎日修練に励んでいた。

 しかし、そんな俺に下された任務は別の人物の護衛だった。

 対象は、フィアーズという聖女。

 フィアーズ・ミルド・アーク。

 大勢の人を、その人達の生活を、彼らが生きる世界を支える、希望の光だ。





 新しい任務を下されてから三日。

 俺はいつもの修練上で剣を振っていた。

 ここは、以前はさびれた部屋で、十人程度の人間がやっと入れるくらいの広さしかなかったが、今は違う。

 しかし、王子が気に掛けて下さるようになって、劇的に広くなった修練上は、百人以上を収容しても余りある。

 すると、そこに王子がやってくる。

 王子は俺の様子を見に来てくれたらしい。

「様子はどうだい?」と親し気に声を掛けてくれた。

 俺は「万全です」と答える。

 ここで弱気になったり、謙虚になる必要はない。

 俺は王子に背中を押してもらった人間。

 王子に引き上げてもらった人間なのだから。

 俺の評判は、評価は王子のそれに直結してしまう。

 だから、いつでも百パーセント万全だと答えられるように、仕上げていた。

「聖女の護衛、適任が君しかいなかったんだ。不満かもしれないけれど、頼んだよ」

 俺は内心不満しかなかったが、そんな事は言うわけにはいかなかった。

 王子のことだ。

 何か俺には計り知れないような、深い考えがあるのだろう。







 数週間後。

 俺は聖女が生活するローズパレスへやってきた。

 出迎えたのは聖女たちをまとめる、神聖女。

 聖女たちにはランクがあり、聖女見習い、聖女、大聖女、神聖女とランクが上がっていく。

 神聖女は聖女を引退した身だが、その能力は大聖女と同じ。

 何かあればすぐに第一線で活躍できる力を備えていた。

「エルビスさん、任務を引き受けてくださって嬉しいわ。他の護衛は次々にやめてしまって、こまってたの」

 神聖女は、ため息を吐きながらそう言う。

 俺がこれから護衛する大聖女フィアーズは、よほどのトラブルメイカーらしい。

 多くの人に慕われる聖女の中の聖女と聞いていたのだが。

 話が違う点が不穏だ。

 俺はしかし、そんな内心は出さずにほほ笑んだ。

「大丈夫です。お任せ下さい」

 どんな酷い聖女が出てきても、精一杯勤め上げるつもりでいた。

 この時の俺はーー。






 数時間後。

 俺は嵐の様に飛んでくる物を避けながら、声を荒げていた。

「いい加減にしてください。フィアーズ様、我儘を言わないでください!」

 先ほどの決心はどこへ行ったのかと思うが、態度が崩れもする。

 俺が担当する事になったフィアーズは、聖女どころか人間としてもかなり駄目な部類に入るからだ。

 賭け事にのめりこむ、酒癖は悪い、言葉遣いは荒い。

 とんでもない人間だ。

「だから賭博場に行きたいって言ってるでしょ。それが駄目ならオークション会場に行きたいの!」
 
「それは正規のオークション会場ではないですよね!?その手に持っている入場券は闇オークションのチケットではないですか!?」

「あっ、こら返しなさいよ」

 正直、どこの暴れ馬かと思った。

 これならまだ癇癪をおこした子供の方がマシである。

 子どもなら力が弱いからおさえこめるし、道理を知らないだけだから、教えれば良いだけなのだから。

 しかし、目の前の聖女は凶悪だ。

 力を備えているし、権力もある。道理が分かるのに、分かっていてそれを無視するのだから。

 初日だが、

 こんな聖女が聖女であってたまるか。

 何度も、そう思った。








 聖女様は、今日も聖女らしくない。

 仕事の時間がきたのに、なかなか支度をしないからだ。

 部屋の中にはいると、ソファーに寝そべってだらだらしていた。

「あー、だるい。やってらんないわー」

 人々の希望である大聖女様は、間違ってもこんな事を言ったりはしないはずだ。

 彼女は、偽物か身代わりかなにかなのではないか、そう思えてきた。

 だがどれだけ現実を疑っても、彼女が聖女である事が変わったりはしなかった。

 白昼夢でも、幻でも、俺が一時的に正気でなくなったわけでもない。

「グータラしたい、仕事したくない。ぶえっくしょい」

 ああ、本当に幻聴だったら良かったのに。

 なぜ自分はこんな女性を守らなければならないのだろう。

 心の中で嘆いていると、慌てた様子でお世話係の女性が駆け込んできた。

 お世話係は、聖女の生活を手助けする、聖女見習いの少女だ。

 修行の合間に、聖女の私生活のサポートをする事で、聖女が普段身に着けている聖なる力の恩恵を少しだけ受けられるらしいから、聖女見習いの間で人気だとか。

 目の前の彼女は、聖女見習い用の修練をこなしながら、お世話係をしている。

 その少女は、顔面蒼白になっていた。

「フィアーズ様!町で瘴気が噴出しています。道路工事中に、事故が起きて、地面が爆発しました。その影響で瘴気が!」
「分かったわ!」

 するとフィーアズは、先ほどまでぐーたらしていたのが嘘のように、きりっとした顔になって外へ向かった。

 事故現場に向かうと、確かに瘴気があふれ出していた。

「皆さん、私が来たからにはもう大丈夫です。今浄化します!」

 フィアーズは、そう言って聖女の力を使う。

 聖女は力を使う時に、専用の道具が必要になる。

 だが、彼女は祈りをささげるだけで、聖女としての力を使う事ができた。

 規格外の存在だ。

 見つめていると、あっという間に瘴気が消えていった。

「ああ、すごい」
「さすが聖女様だ!」
「助かった!」

 性格に問題はあるが、彼女はやはり皆があがめる聖女だったらしい。





 それから数日後。

 久しぶりに王子と話をする機会が訪れた。

 ローズパレスの様子を見に来た彼は、俺に普段の様子を尋ねる。

「仕事は……大変ですが充実しています」

 大変どころではなかったが、それを王子に言うわけにはいかない。

 王子だって、おそらく忙しいはずだ。

 なぜ俺をフィーアーズの護衛にしたのかは、聞きたくなったが、結局何も言わなかった。

 きっと王子には深いお考えがあるはずだから、疑問を挟むなんてしてはならないのだ。






 それから数か月、たまに活動して名声を高める聖女だが、やはり基本的にはぐーたらしていた。

 好きな時に寝て、起きて、好きな物をたべて、だらける。

 賭博場や闇オークション会場にも、いく。

 お酒も浴びるようにのむ。

 ダメ人間ならぬダメ聖女だ。

 しかし、とある仕事をした際に雨に濡れた事で、風邪を引いてしまったらしい。

 その時ばかりは、だらけていた時より生活習慣がまともになった。

「うう、だるいわ。さむけがするわ。あたまもいたいわ」

 そんな風になってしまったので、そもそもやんちゃができない。

 決められた時間に食事をして、寝て起きる。

 やる事といったらそれだけだ。

 ……それだけなのに、一気に普通の聖女みたいに見えてきた。

 俺はもうだめかもしれない。

 たまに寝転んで聖女らしからぬくしゃみをしたり、賭け事の夢を見て寝言を言っているフィアーズを見て、これでもマシだと思うようになってしまった。





 だが、そんな聖女が弱っている間に、世界の情勢が変化した。

 他国の瘴気避けの結界が同時にいくつも弱まっていた。

 この世界にはいくつかの国があるが、それぞれの国には瘴気が入り込まないための結界があった。

 その国の聖女がしっかりと結界をはっていれば、問題はないらしいのだが…。

 どういう事だろうか。

「うーん。ひつじが一億匹、ひつじが二億匹。お酒が10億匹、馬券が20万匹」

 具合の悪そうな聖女は、なぜかその異変に関係しているらしい。

 たまに調子が良いときは、他国の結界も普段通りになるし、調子が悪い時は結界が弱まってしまっている。

 不思議に覆っていると、お世話係の少女がこっそり教えてくれた。

「聖女様は、分かりづらいですけどお優しい方なんです。他国の結界も、陰でこっそりアシストしているんですよ」
「そうなのか?」

 彼女が言うには、腐敗した国の結界は、ちょっとの事ですぐにやぶれてしまうらしい。

 賄賂などで成り上がった聖女は、十分な修練を積んでいない事が多いため、結界を常に維持する事ができないのだ。

 しかし、フィアーズはそれを遠隔で何とかしているという。

 想像を絶する行為だ。

 普通聖女は、どんなに力の強い人間でも一つの国を追おうための結界をはるので、限界なのだ。

 だというのに、フィアーズはそれをはるかにしのぐ行為をしているのだから。

 そんな事は、まったく知らなかった。

 すさまじい力を持っている事に畏怖したが、彼女の優しさに少し関心もした。

 それだけの事をしているのであれば、少しくらいはぐーたらしていたも許されるかもしれないな。

 と思ってしまうくらいには。





「ふぁー。よく寝たわ。今日の仕事ってなんだったかしら。今日から仕事だったわよね。……面倒くさいから、仮病使おうっと」
「良いわけないですよ。起きてください聖女様」

 いや、やっぱり、もう少しくらいはしっかりしてほしい。






 フィアーズの護衛を任されるようになってから、一年くらいすると、敬語がとれた。

「フィアーズ、しっかりしてくれ。なんでまた、そんなあられもない恰好で部屋を歩き回っているんだ」

 下着姿同然で室内をうろついている彼女に注意をする。

 性欲や下心なんて抱く暇はなかった。

 彼女は相変わらず聖女らしくない生活を送っているからだ。

「良いじゃない。さっき山ほどお菓子食べたから、運動したくなったのよ」
「だったら、もう少し積極的に仕事してくれ。いつもぐーたらしてるじゃないか。ほら、上着だ」
「はいはい。まったく……それはそれ、これはこれよ」

 俺とフィアーズは、普段こんな具合で会話をするようになった。

 普通なら不敬でクビが飛んでもおかしくないのだが、フィアーズはそういう事に無頓着だったらしい。

 俺が敬語で喋らなくなっても、特に文句は言わなかった。

「まったく……。1年前の俺の憧れを返してほしい。お前の様な女が聖女でたまるか」
「言うわね。言ったわね。私が仕事しなくなったら、世界中が大変な目に遭うんだから」

 フィアーズと一緒にいると、気の置けない家族と口喧嘩している気分になる。








 だが、そんなフィアーズでも真面目にならざるを得ない状況がやってきた。

 それは王子が行方不明になったためだ。

 どこかの国へ国交のために出かけたきり、消息を絶ってしまった。

 王子は国内をよくおさめていたが、それだけではどうしようもない。

 この世界には腐敗した国がいくつも存在するのだから。

 他国がこの機会を見逃すわけがないから、皆ピリピリしてしまう。

 だから、王子の消息不明をきっかけに、国の雰囲気は暗くなり、他国がどんどん調子に乗っていく。

 これを機に我が国を侵略してやろうと考えた国が、兵士をどんどん寄こし、国境を瞠り始めた。

 それが原因で、我が国の兵士も苛つき始め、ささいな事で火花が散る。

 国境近くで諍いが頻発し、負傷者が続出した。

 だから、フィアーズは大聖女として駆り出される事が多くなった。

 連日連夜負傷者を聖女の力で治療しているので、疲労困憊だ。

「大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「平気よ。こんな時に働かないなら、聖女になった意味がないでしょう?」

 俺はそういえばフィアーズは聖女でいる理由を聞いた事がないなと思った。

「フィアーズはどうして聖女をやろうと思ったんだ?働くのがあんなに嫌なのに」
「もちろん労働するのは嫌よ。生まれ変わったら、何もかも恵まれた富豪になりたくらいだわ」

 フィアーズらし言葉だなと思いながら、俺は続きを聞く。

 彼女は、「でも……」と話した。

「私が何かをやらないと人が死ぬような状況なら、そんな状況で贅沢していても気分が悪くなるだけでしょう」

 フィアーズは優しい人間なのだろう。
 贅沢はするし、ぐーたらもするが、誰かの犠牲の上に幸せを築こうとは思わないのだ。

 彼女はきっと、自分の力を必要としている人間がいる限りは、自分を甘やかしたりはしない。

 今までだって、聖女らしくない行動をとるのは、仕事のない時だけだったし、人目のない所ばかりだった。

「私は、あなたを守る剣であり、盾です。何があろうと聖女である貴方を守り続けます」

 俺はその日、彼女という人間を理解できたような気がした。








 王子は幸いにも、それから数週間後に見つかった。

 国に戻る途中、乗っていた馬車が盗賊に襲われ、かろうじてその場から離脱。

 色々あって、徒歩で戻ってこなければならなくなったため、遅くなってしまったのだという。

 彼が帰ってきた事により、他国との関係は落ち着き、国は平和を取り戻した。

 俺とフィアーズの毎日も、いつものような状況に戻っていった。





 国境近くから帰る時、彼女が俺の背中に張り付いた。

 色っぽい意味などなにもない。
 ただ自分で歩きたくないだけで。

「はぁ、聖女の力を使いすぎて疲れたわ。歩くの面倒くさい、息するのも面倒くさい。エルビス、私を運びなさい」
「大袈裟な事、言わないでくれ。人間背負うのは大変なんだぞ。まったく」
「なあに?私が重いって言いたいの?聖女に向かって失礼ね」

 俺は怠惰でぐーたらなのに、口だけはやかましい聖女にはいはいと相槌を打つ。

 聖女がぐーたらして、俺が文句を言う。

 1年前に思っていたような状況ではないが、しかしそんな日々に抱く俺はもうなかった。


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