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第四章 邪神ミュートレス01

第49話 私が今まで殺されなかった理由

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「……」

 向かい合いながらも、私は相手をじっと観察する。
 こちらも向こうもも同じように互いを警戒している様だった。

 人間である私ならともかく、あの邪神が騎士でもない女性を警戒するなど普通はありえない事だ。
 普通なら、邪神になった影響で力が削がれたと考えるだろうが……。
 
 相手が何かをする前に、私は単刀直入に問い掛けた。

「ねぇ、貴方はどうして今まで何もしてこなかったの?」

 黒猫の挙動が止まった。
 丸い瞳が見開かれて、瞳孔がひらくのが分かった。
 まるで聞かれては都合の悪い事を聞かれてしまたみたいに。

「お嬢様、何を言っているのですか。現にお嬢様は命を狙われて」
「違うの、そうじゃないのよトール」

 彼の言葉に私は首を振る。
 ウルベス様の事も、アリオの事も黒猫は裏を操っていた。
 だが、それらは全て最近の出来事だ。

 今まではそんなに物騒な事は何も起こらなかった。

「殺すならいつでもできたでしょう。なのにどうして、貴方は今まで何もしてこなかったの? 私達、ずっと前に出会っているわよね」
「……」

 猫は答えないが、その無言が事実を物語っていた。

 そう、屋敷に猫が住み着く事になったのは最近の事だが、アリシャは実は、子供の頃にこの猫に会っているのだ。

 そもそも、自分が「痛みを感じない」加護をもらったのはその時の事が原因なのだから。

 今度はそれを聞いたアリオがこちらに尋ねて来た。

「本当なの? お嬢」
「ええ、そうよ」

 ぼんやりとだが、話せと言われれば思い出して語るくらいはできた。

「猫を追いかけて崖を落ちた時の事、知ってるでしょう」

 それはこの場にいる者達には、以前全員に話した事のあるものだった。

「あの時にか」
「あの時に……」

 直接怪我をした私の姿をみたお兄様と、トールが同時に言葉をこぼした。
 屋敷の裏手にある崖に落ちて、大怪我を負った幼い頃の出来事。
 そうそう忘れられれるものではない。

「邪神なら、あの時に殺そうとすれば私を殺せたはずよ。違うかしら」

 黒猫は私の言葉に狼狽えた様に後ずさる。

 その姿を見て私は強く確信した。

「貴方が邪神なら、この世界に広まっている神話の出来事は本当なのよね。ユスティーナ様の事は分からないけど、貴方は私達の事が、嫌いになれないんじゃないの……?」

 私が放った一言への、相手の反応は顕著だった。
 肩をびくりと跳ねさせた黒猫は、すぐに背を向けてしまう。

 そして彼は何もしないまま、とうとうその場から逃げ出してしまった。

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