上 下
36 / 70
第三章 トール・ゼルティアス

第36話 トール・ゼルティアス

しおりを挟む


 私は……トール・ゼルティアスはアリシャお嬢様の事が好きだ。

 昔引き取り手のいなかった私を引き取ってくれたマクギリス様達にも恩があるが、彼ら以上にお嬢様の事が大切だった。

 もしどちらか一方を切り捨てなければならないのなら、私は間違いなくお嬢様を選ぶだろう。
 そう確信するほどに。

 けれど、お嬢様は優しすぎる。
 そしてとても危なっかしい。

 誰にでも手を差し伸べ気に掛けるその性格は素晴らしいものだと思うが、良からぬ者にまで親切を働き、そのせいで目を付けられないか、気が気ではなかった。

 それに、幼い頃に女神ユスティーナ様に加護を賜って「痛みを感じない」体質になってしまったのも、私のその感情に拍車をかけていた。

 今よりずっとお転婆だった子供の頃のお嬢様は、色々なところに言っては傷を負い、そしてそんな己の姿にあまり気がつかなかった。
 そんな彼女の姿を見た時に、私が何度肝を冷やした事か。

 どこか安全な所に閉じ込めて、大事な所にしまい込んでしまいたいと思った。
 お嬢様は私が自由にして良い物などではないにもかかわらず。

 しかし、私のその思いは抑え込もうとしても抑えきれるものでは無く、年を経るごとに強く大きく膨らんでいった。

 お嬢様が婚約者であるウルベス様と、幼なじみであるアリオと話すのを眺めていると、時々強引な行動に出たくなってしまう。

 自分の望み通りでいて欲しいと思う。
 自分の望み通りの状態で。

 そんな事彼女は望んでいないだろう。それは自分にも分かっているというのに。
 だから、あえて主人として距離を置き、妹に接するようなそれに留めていた。

 だが、もしも抑えがきかなくなった時。
 お嬢様が軽蔑してくれるなら救いがあった。
 なじってくれるなら、憎んでくれるならまだ良いのだ。
 その時に自分が酷い事をしているのは、おそらく事実なのだから。

 だがおそらく、お嬢様はそんな事をした私を見て、悲しむのだろう。心配するのだろう。

 心がひどく傷む。

 いっそ、こちらから傷つきにいけたらと思う。
 この汚い心の内をぶちまけられたら、と。

 お嬢様は私の正体を知らない。
 私の町は疫病で滅んだと聞いているがそれは違うのだ。

 吸血鬼。
 血を欲して眷属を増やしていく吸血鬼が、私の正体である。
 住んでいた町が滅んだ本当の事実は、誰にも教えていなかった。
 私の両親の正体がふとした事で町の者に知れて、争いになってしまい、共倒れになってしまったという事を。

 両親は二人とも同族だったが、先祖に人の血を多く取り入れすぎたため、私にはあまり力が残っていない。
 だがそれでも、両親にも私にも血を吸った人物を操る力だけは残されていた。

 もし、己の心の欲望に負けて、そんな力をお嬢様に使ってしまったら。
 私はきっと一時の幸福を得られても、一生後悔し続けるのだろう。

 出来ればこれまでと同じように、過ごせますように。
 れからもずっと同じままで、私がお嬢様を傷つけるなどという最悪の事態が起こらないように。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

長女は悪役、三女はヒロイン、次女の私はただのモブ

藤白
恋愛
前世は吉原美琴。普通の女子大生で日本人。 そんな私が転生したのは三人姉妹の侯爵家次女…なんと『Cage~あなたの腕の中で~』って言うヤンデレ系乙女ゲームの世界でした! どうにかしてこの目で乙女ゲームを見届け…って、このゲーム確か悪役令嬢とヒロインは異母姉妹で…私のお姉様と妹では!? えっ、ちょっと待った!それって、私が死んだ確執から姉妹仲が悪くなるんだよね…? 死にたくない!けど乙女ゲームは見たい! どうしよう! ◯閑話はちょいちょい挟みます ◯書きながらストーリーを考えているのでおかしいところがあれば教えてください! ◯11/20 名前の表記を少し変更 ◯11/24 [13] 罵りの言葉を少し変更

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

Wヒロインの乙女ゲームの元ライバルキャラに転生したけれど、ヤンデレにタゲられました。

舘野寧依
恋愛
ヤンデレさんにストーカーされていた女子高生の月穂はある日トラックにひかれてしまう。 そんな前世の記憶を思い出したのは、十七歳、女神選定試験が開始されるまさにその時だった。 そこでは月穂は大貴族のお嬢様、クリスティアナ・ド・セレスティアと呼ばれていた。 それは月穂がよくプレイしていた乙女ゲーのライバルキャラ(デフォルト)の名だった。 なぜか魔術師様との親密度と愛情度がグラフで視界に現れるし、どうやらここは『女神育成~魔術師様とご一緒に~』の世界らしい。 まあそれはいいとして、最悪なことにあのヤンデレさんが一緒に転生していて告白されました。 そしてまた、新たに別のヤンデレさんが誕生して見事にタゲられてしまい……。 そんな過剰な愛はいらないので、お願いですから普通に恋愛させてください。

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

完 モブ専転生悪役令嬢は婚約を破棄したい!!

水鳥楓椛
恋愛
 乙女ゲームの悪役令嬢、ベアトリス・ブラックウェルに転生したのは、なんと前世モブ専の女子高生だった!? 「イケメン断絶!!優男断絶!!キザなクソボケも断絶!!来い!平々凡々なモブ顔男!!」  天才で天災な破天荒主人公は、転生ヒロインと協力して、イケメン婚約者と婚約破棄を目指す!! 「さあこい!攻略対象!!婚約破棄してやるわー!!」  ~~~これは、王子を誤って攻略してしまったことに気がついていない、モブ専転生悪役令嬢が、諦めて王子のものになるまでのお話であり、王子が最オシ転生ヒロインとモブ専悪役令嬢が一生懸命共同前線を張って見事に敗北する、そんなお話でもある。~~~  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

乙女ゲーの王子に転生したけどヒロインはマジでお断りです

きょんきち
恋愛
 乙女ゲー好き暴虐姉に使いパシリさせられてトラックに轢かれた弟は気付いたら姉がプレイしていた乙女ゲーの王子に転生していた。 乙女ゲーのヒロインって貴族社会で考えるとありえないよね!悪役令嬢?いやいや言ってる事は貴族として真っ当だから! あれ?このヒロイン何かおかしくねえ?いやまさかお前!?

めんどくさいが口ぐせになった令嬢らしからぬわたくしを、いいかげん婚約破棄してくださいませ。

hoo
恋愛
 ほぅ……(溜息)  前世で夢中になってプレイしておりました乙ゲーの中で、わたくしは男爵の娘に婚約者である皇太子さまを奪われそうになって、あらゆる手を使って彼女を虐め抜く悪役令嬢でございました。     ですのに、どういうことでございましょう。  現実の世…と申していいのかわかりませぬが、この世におきましては、皇太子さまにそのような恋人は未だに全く存在していないのでございます。    皇太子さまも乙ゲーの彼と違って、わたくしに大変にお優しいですし、第一わたくし、皇太子さまに恋人ができましても、その方を虐め抜いたりするような下品な品性など持ち合わせてはおりませんの。潔く身を引かせていただくだけでございますわ。    ですけど、もし本当にあの乙ゲーのようなエンディングがあるのでしたら、わたくしそれを切に望んでしまうのです。婚約破棄されてしまえば、わたくしは晴れて自由の身なのですもの。もうこれまで辿ってきた帝王教育三昧の辛いイバラの道ともおさらばになるのですわ。ああなんて素晴らしき第二の人生となりますことでしょう。    ですから、わたくし決めました。あの乙ゲーをこの世界で実現すると。    そうです。いまヒロインが不在なら、わたくしが用意してしまえばよろしいのですわ。そして皇太子さまと恋仲になっていただいて、わたくしは彼女にお茶などをちょっとひっかけて差し上げたりすればいいのですよね。    さあ始めますわよ。    婚約破棄をめざして、人生最後のイバラの道行きを。       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ヒロインサイドストーリー始めました  『めんどくさいが口ぐせになった公爵令嬢とお友達になりたいんですが。』  ↑ 統合しました

完全無欠なライバル令嬢に転生できたので男を手玉に取りたいと思います

藍原美音
恋愛
 ルリアーノ・アルランデはある日、自分が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界に転生していると気付いた。しかしルリアーノはヒロインではなくライバル令嬢だ。ストーリーがたとえハッピーエンドになろうがバッドエンドになろうがルリアーノは断罪エンドを迎えることになっている。 「まあ、そんなことはどうでもいいわ」  しかし普通だったら断罪エンドを回避しようと奮闘するところだが、退屈だった人生に辟易していたルリアーノはとある面白いことを思い付く。 「折角絶世の美女に転生できたことだし、思いっきり楽しんでもいいわよね? とりあえず攻略対象達でも手玉に取ってみようかしら」  そして最後は華麗に散ってみせる──と思っていたルリアーノだが、いつまで経っても断罪される気配がない。  それどころか段々攻略対象達の愛がエスカレートしていって──。 「待って、ここまでは望んでない!!」

処理中です...