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第三章 トール・ゼルティアス
第32話 使用人が錯乱しました
しおりを挟む外から屋敷に戻った途端に本格的な雨が降ってきたので、間一髪だった。
それでも、わずかに濡れてしまった私の体調が気になるのか、トールが慌ててタオルを持ってきて、急いで拭いてくれた。
かいがいしく彼にこちらの身の回りを動き回られるのは、こそばゆい様な恥ずかしい様な。
特にトールは他の使用人より距離が近いせいもあって、少しばかり接する距離が近い。そのため私は、気恥ずかしい思いをする事がよくあった。
攻略対象の一人である私の使用人トール・ゼルティアスであるが、彼の態度はまるで心配性な兄が妹を思う様なそれに近いのだ。表面的には……。
雨が降って来た影響なのか、湿った空気が部屋の中に入り込んでいて、屋敷内部がジメジメしてきた。
その湿度を不快に思う。
「雨の日って憂鬱よね」
「外に出て遊ぶ事ができない……からでしょうか」
「いつの頃の話かしら。髪型が崩れて身だしなみを整えるのが面倒なのよ」
「失礼。お嬢様もあの頃と比べて立派な淑女になられましたからね」
雨の日は、空気中の水分の影響を受けて、髪の毛がへそを曲げた様になってしまうので、私としては良い思いをしないのだ。
髪型や身だしなみに気を使う女性なら、大抵そうなのかもしれないが。
だが、屋敷に勤める使用人達にとってはこの雨がありがたかったようだ。
「あら?」
「そういえば、大掛かりな清掃をすると聞いてましたね」
理由は、屋敷の中にある大きな物置の清掃をする事になったからだ。
何年も忘れられたように放置されたその部屋は、普段全く使用されていないのだが、父の仕事の関係で昔の荷物を引っ張り出す事になったので、それを機に綺麗に掃除する事になったのだ。
雨で湿度が高いなら、あまり埃が飛散しないのでやりやすいのだろう。
だが、その物置で問題が起きた。
「あああぁぁぁ!」
近くを通りかかった時に突如トールが絶叫して、物置を掃除をしていた人間につめよったからだ。
「ななな、何故それがそこにあるっ! どういう事だ!!」
彼はそんな風に狼狽しながら声を震わせて、清掃にいそしんでいた女性へと近づいていった。
「トール、落ち着いて。どうしたの!?」
トールが肩を掴んで詰め寄っている使用人の女性を見る。
その手には、一枚の丸められた画用紙が握られていた。
その画用紙を丸めたリボンには見覚えがあった。
用紙の端の方には、子供の頃の私が書いた私にしか分からないへたな名前の文字。
それは私がトールにあげた似顔絵をまとめたものだった。
そうだ。
この屋敷にやってきたばかりの頃のトールに直接手渡したのを、つい先アリオに再会した時に思い出していたのだった。
ならば、その画用紙はトールの部屋にあるはずではないのだろうか……。
「いつの間に私の部屋から、一体どうして」
とりあえず疑問を解消する前に、私はまず錯乱気味のトールを落ち着かせる事にした。
かなり大切にしていた様なのが見て取れたので、そこは嬉しいが取り乱されるのは少々怖かった。
「お、落ち着いてトール、とにかく見つかったのなら。良かったじゃない。いつまでもそうしてると、原因が分からないわよ」
「はっ、すみません。とんだ醜態をお見せしてしまって」
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