上 下
32 / 70
第三章 トール・ゼルティアス

第32話 使用人が錯乱しました

しおりを挟む


 外から屋敷に戻った途端に本格的な雨が降ってきたので、間一髪だった。
 それでも、わずかに濡れてしまった私の体調が気になるのか、トールが慌ててタオルを持ってきて、急いで拭いてくれた。

 かいがいしく彼にこちらの身の回りを動き回られるのは、こそばゆい様な恥ずかしい様な。

 特にトールは他の使用人より距離が近いせいもあって、少しばかり接する距離が近い。そのため私は、気恥ずかしい思いをする事がよくあった。
 攻略対象の一人である私の使用人トール・ゼルティアスであるが、彼の態度はまるで心配性な兄が妹を思う様なそれに近いのだ。表面的には……。

 雨が降って来た影響なのか、湿った空気が部屋の中に入り込んでいて、屋敷内部がジメジメしてきた。
 その湿度を不快に思う。

「雨の日って憂鬱よね」
「外に出て遊ぶ事ができない……からでしょうか」
「いつの頃の話かしら。髪型が崩れて身だしなみを整えるのが面倒なのよ」
「失礼。お嬢様もあの頃と比べて立派な淑女になられましたからね」

 雨の日は、空気中の水分の影響を受けて、髪の毛がへそを曲げた様になってしまうので、私としては良い思いをしないのだ。
 髪型や身だしなみに気を使う女性なら、大抵そうなのかもしれないが。
 だが、屋敷に勤める使用人達にとってはこの雨がありがたかったようだ。

「あら?」
「そういえば、大掛かりな清掃をすると聞いてましたね」

 理由は、屋敷の中にある大きな物置の清掃をする事になったからだ。
 何年も忘れられたように放置されたその部屋は、普段全く使用されていないのだが、父の仕事の関係で昔の荷物を引っ張り出す事になったので、それを機に綺麗に掃除する事になったのだ。

 雨で湿度が高いなら、あまり埃が飛散しないのでやりやすいのだろう。

 だが、その物置で問題が起きた。

「あああぁぁぁ!」

 近くを通りかかった時に突如トールが絶叫して、物置を掃除をしていた人間につめよったからだ。

「ななな、何故それがそこにあるっ! どういう事だ!!」

 彼はそんな風に狼狽しながら声を震わせて、清掃にいそしんでいた女性へと近づいていった。

「トール、落ち着いて。どうしたの!?」

 トールが肩を掴んで詰め寄っている使用人の女性を見る。
 その手には、一枚の丸められた画用紙が握られていた。

 その画用紙を丸めたリボンには見覚えがあった。
 用紙の端の方には、子供の頃の私が書いた私にしか分からないへたな名前の文字。

 それは私がトールにあげた似顔絵をまとめたものだった。
 そうだ。
 この屋敷にやってきたばかりの頃のトールに直接手渡したのを、つい先アリオに再会した時に思い出していたのだった。

 ならば、その画用紙はトールの部屋にあるはずではないのだろうか……。

「いつの間に私の部屋から、一体どうして」

 とりあえず疑問を解消する前に、私はまず錯乱気味のトールを落ち着かせる事にした。
 かなり大切にしていた様なのが見て取れたので、そこは嬉しいが取り乱されるのは少々怖かった。

「お、落ち着いてトール、とにかく見つかったのなら。良かったじゃない。いつまでもそうしてると、原因が分からないわよ」
「はっ、すみません。とんだ醜態をお見せしてしまって」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

長女は悪役、三女はヒロイン、次女の私はただのモブ

藤白
恋愛
前世は吉原美琴。普通の女子大生で日本人。 そんな私が転生したのは三人姉妹の侯爵家次女…なんと『Cage~あなたの腕の中で~』って言うヤンデレ系乙女ゲームの世界でした! どうにかしてこの目で乙女ゲームを見届け…って、このゲーム確か悪役令嬢とヒロインは異母姉妹で…私のお姉様と妹では!? えっ、ちょっと待った!それって、私が死んだ確執から姉妹仲が悪くなるんだよね…? 死にたくない!けど乙女ゲームは見たい! どうしよう! ◯閑話はちょいちょい挟みます ◯書きながらストーリーを考えているのでおかしいところがあれば教えてください! ◯11/20 名前の表記を少し変更 ◯11/24 [13] 罵りの言葉を少し変更

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

Wヒロインの乙女ゲームの元ライバルキャラに転生したけれど、ヤンデレにタゲられました。

舘野寧依
恋愛
ヤンデレさんにストーカーされていた女子高生の月穂はある日トラックにひかれてしまう。 そんな前世の記憶を思い出したのは、十七歳、女神選定試験が開始されるまさにその時だった。 そこでは月穂は大貴族のお嬢様、クリスティアナ・ド・セレスティアと呼ばれていた。 それは月穂がよくプレイしていた乙女ゲーのライバルキャラ(デフォルト)の名だった。 なぜか魔術師様との親密度と愛情度がグラフで視界に現れるし、どうやらここは『女神育成~魔術師様とご一緒に~』の世界らしい。 まあそれはいいとして、最悪なことにあのヤンデレさんが一緒に転生していて告白されました。 そしてまた、新たに別のヤンデレさんが誕生して見事にタゲられてしまい……。 そんな過剰な愛はいらないので、お願いですから普通に恋愛させてください。

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

完 モブ専転生悪役令嬢は婚約を破棄したい!!

水鳥楓椛
恋愛
 乙女ゲームの悪役令嬢、ベアトリス・ブラックウェルに転生したのは、なんと前世モブ専の女子高生だった!? 「イケメン断絶!!優男断絶!!キザなクソボケも断絶!!来い!平々凡々なモブ顔男!!」  天才で天災な破天荒主人公は、転生ヒロインと協力して、イケメン婚約者と婚約破棄を目指す!! 「さあこい!攻略対象!!婚約破棄してやるわー!!」  ~~~これは、王子を誤って攻略してしまったことに気がついていない、モブ専転生悪役令嬢が、諦めて王子のものになるまでのお話であり、王子が最オシ転生ヒロインとモブ専悪役令嬢が一生懸命共同前線を張って見事に敗北する、そんなお話でもある。~~~  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

乙女ゲーの王子に転生したけどヒロインはマジでお断りです

きょんきち
恋愛
 乙女ゲー好き暴虐姉に使いパシリさせられてトラックに轢かれた弟は気付いたら姉がプレイしていた乙女ゲーの王子に転生していた。 乙女ゲーのヒロインって貴族社会で考えるとありえないよね!悪役令嬢?いやいや言ってる事は貴族として真っ当だから! あれ?このヒロイン何かおかしくねえ?いやまさかお前!?

めんどくさいが口ぐせになった令嬢らしからぬわたくしを、いいかげん婚約破棄してくださいませ。

hoo
恋愛
 ほぅ……(溜息)  前世で夢中になってプレイしておりました乙ゲーの中で、わたくしは男爵の娘に婚約者である皇太子さまを奪われそうになって、あらゆる手を使って彼女を虐め抜く悪役令嬢でございました。     ですのに、どういうことでございましょう。  現実の世…と申していいのかわかりませぬが、この世におきましては、皇太子さまにそのような恋人は未だに全く存在していないのでございます。    皇太子さまも乙ゲーの彼と違って、わたくしに大変にお優しいですし、第一わたくし、皇太子さまに恋人ができましても、その方を虐め抜いたりするような下品な品性など持ち合わせてはおりませんの。潔く身を引かせていただくだけでございますわ。    ですけど、もし本当にあの乙ゲーのようなエンディングがあるのでしたら、わたくしそれを切に望んでしまうのです。婚約破棄されてしまえば、わたくしは晴れて自由の身なのですもの。もうこれまで辿ってきた帝王教育三昧の辛いイバラの道ともおさらばになるのですわ。ああなんて素晴らしき第二の人生となりますことでしょう。    ですから、わたくし決めました。あの乙ゲーをこの世界で実現すると。    そうです。いまヒロインが不在なら、わたくしが用意してしまえばよろしいのですわ。そして皇太子さまと恋仲になっていただいて、わたくしは彼女にお茶などをちょっとひっかけて差し上げたりすればいいのですよね。    さあ始めますわよ。    婚約破棄をめざして、人生最後のイバラの道行きを。       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ヒロインサイドストーリー始めました  『めんどくさいが口ぐせになった公爵令嬢とお友達になりたいんですが。』  ↑ 統合しました

完全無欠なライバル令嬢に転生できたので男を手玉に取りたいと思います

藍原美音
恋愛
 ルリアーノ・アルランデはある日、自分が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界に転生していると気付いた。しかしルリアーノはヒロインではなくライバル令嬢だ。ストーリーがたとえハッピーエンドになろうがバッドエンドになろうがルリアーノは断罪エンドを迎えることになっている。 「まあ、そんなことはどうでもいいわ」  しかし普通だったら断罪エンドを回避しようと奮闘するところだが、退屈だった人生に辟易していたルリアーノはとある面白いことを思い付く。 「折角絶世の美女に転生できたことだし、思いっきり楽しんでもいいわよね? とりあえず攻略対象達でも手玉に取ってみようかしら」  そして最後は華麗に散ってみせる──と思っていたルリアーノだが、いつまで経っても断罪される気配がない。  それどころか段々攻略対象達の愛がエスカレートしていって──。 「待って、ここまでは望んでない!!」

処理中です...