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第一章 ウルベス・ジディアラーツ
第16話 信頼の証
しおりを挟む私は彼に向けて口を開く。
そろそろバテて来た。
走りながら喋るのはかなり辛いのだ。
「う……ウルベス様、何をお悩みなんですの?」
「私は……ハーフエルフだ」
「ええ、存じておりますわ」
「先祖は森の奥で墓守をしていた一族だった。迷える魂をあの世に送る方法は、父から教えてもらっている」
前置き長いですか?
そう聞きたかったが、無言で続きを促す。
要点に辿り着くまで話が長くなるのは、彼との会話の特徴だ。
「だが、その方法に失敗したら、君を危険にさらしてしまうかもしれない。だから私が囮になって引き付ける。その隙に、君は別の方向に逃げるんだ」
「ウルベス様……」
優しさと労わりに満ちたその言葉に、私は言葉を失ってから、そして一週目と同じように言う。
「何を寝ぼけた事おっしゃいますの? 一人で逃げるだなんて、死んでも御免ですわ」
そして私はその流れで「とやっ!」っと、つい先ほどの散歩で拾い集めた綺麗な石ころで、自分の額を打った。
痛い。
血が流れた。
「婚約者殿……っ?」
走り回っていては言いたい事が満足に言えない。
突然の私の奇行に目をむくウルベス様。
だが、私は立ち止まって彼にたたみかけるように言葉を続けた。
「冷静に考えましょう。私が別の方向に逃げたとします。一時は安全でしょうけれどしかし、ウルベス様が失敗した場合、私が別の方向に逃げても意味はないのでは?」
「それは……」
あの怨霊に対抗できるのは、唯一ただ一人。ウルベス様のみだ。そんな彼が敗れてしまうのなら、ほんの少しばかり私が生き延びたとしても意味のない事だろう。
彼は愚かではない。
分かっているはずなのだ、私が言った可能性の事を。
それでも彼は、感情を優先してくれた。
その事を嬉しく思うと同時に、ほんの少し悲しくなる。
「では、感情的に言いましょう。ウルベス様、私は貴方を見捨てて逃げたくありません。私は形だけでも貴方の婚約者ですもの。たとえ互いの気持ちがその事実に追いつていないとしても、夫婦となるものは互いが一連托生の間柄ですのよ。どちらか一人か、なんてそんなのありえませんわ」
「しかし」
理屈で考える人はこれだからもう、と私は額から流れて来た血をぬぐう。
「この傷は信頼の証ですわ。私自身の手によってつけられたものだから、決して致命傷になりません。そして、私はこれ以降私を傷つけません。だから、貴方が守ってくださるなら、私の体に傷がつく事は絶対にありませんの。私はウルベス様を信じてます。きっと優しい貴方ならどんな怨霊でも鎮める事ができますわよ」
「……まったく、君には敵わないな」
説得の言葉を受けたウルベスは、苦笑をもらして、答えを返した。
「覚悟を決めよう。アリシャ殿。二人で生きる。だから私に命を預けてほしい」
「やっと名前を呼んでくださいましわね」
「今気にするのは、そこだろうか?」
呼び方も大事な事だ。
二週目の記憶が残る中で、婚約者殿などとよそよそしい呼び方をされるのは寂しかったのだ。
私達は、そのまま怨霊がこちらに追いつくのを待った。
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