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第一章 ウルベス・ジディアラーツ
第8話 好感度が低いようです
しおりを挟む手当てをした後は、ウルベス様を私の部屋へ案内して、イスを進める。
トールは気を効かせて部屋の外で待機だ。
彼は、日常のだいたいの事を任せられる私専用の使用人なのだが、やはりそこは立場というものがある。
いつもこちらの世話を焼きたがる彼だが、主人と婚約者との数日ぶりの逢瀬に割り込む事まではしなかった。
部屋に入ってテーブル越しにウルベス様へと向かう私は、あたりさわりのない所から話題を提供するのだが……。
「ええと、一週間前にもこちらにいらっしゃいましたわね。お久ぶりという程の事でもないと思いますけど、わざわざ当屋敷に足を運んでくださって嬉しいですわ。ウルべス様」
「そうか」
「……」
「……」
会話が続かなかった。
婚約者を気にかけてマメに訪問してくれるのは嬉しいのだが、彼はあまり話をするタイプではないのがとても困った。
それに、ずっと「婚約者殿」呼びのままでこちらと距離を詰めてこようとする気配がないので、どう接して良いのか分からなくなりそうだ。
ゲームでプレイしていた頃は、そこら辺の心の機微を感じ取り、彼の内心に踏み込むところででかなり苦労した。
迂闊に喋ると好感度が下がって「生きたまま餌」エンドだから余計に。
現状を見るに、ウルベス様に対する好感度はそこまでひどくはなさそうだが、これからどうなるか分からない以上、気が抜けなさそうだった。
「あの、ウルべス様、美味しいお茶を取り寄せましたの。よろしかったら、一緒にいただきませんか」
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
とりあえず、お客が来たらお茶を出すという一般的な行動にならって私は動く事にした。
ちょうどよく部屋に使用人がやって来て、頼んでいたものをテーブルに並べていってくれたので助かった。
暖かな湯気をうっすらと放つお茶を一口飲んでみて、甘やかな花の香りとすっきりした味わいに心が奪われそうになる。
これは良い品物だ。
「美味しいですわね」
「そうだな」
心からの感想と、おそらくそれに答えただろう彼の反応。
しかし生まれた会話の内容はそれだけだった。
「……」
「……」
無言が気まずい。
ここまでで、二週目とはまったく変わった行動はとっていない。
行動は先程の一部を除いて、まったく前回のままだった。
だがそれでは、一週目の焼き増しになるだけだ。
状況がより良くなるために、ゲームの知識だけではなく、プラスとなるものを自分で考えて行動しなければならない。
「そういえば、ウルベス様はフルートを嗜んでいらっしゃるそうですわよね」
「ああ、それが何か」
「機会があった時で構いませんので、よろしければお聞かせいただけないかしら」
「そうだな、気が向いたら」
そこで「喜んで」とならない辺り、まだ惚れ込むほどの好感度はなさそうだった。
ほんの少しだけつれない態度の婚約者様に、私はひっそりと肩を落とす。
手作りらしい通常の物より小さな楽器であるが、フルート自身はいつでも持ち歩いているらしい。
だというのに、出して見せる事もしてくれないようだ。
「ラブ・クライシス」の攻略対象者は皆、楽器に多少関係していてそれぞれ得意な楽器があるのだが、その楽器をヒロインの前で奏でてくれる事自体が、一つの好感度確認の作業でもあった。
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