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〇08 掟の村

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 鎖に繋がれている魔物がいるらしい。

 村の外れにある小さな小屋には、どうしてか人に敵対する魔物がいるらしい。

 人間と魔物は長い間争いあってきていた。
 共存する事は不可能で、意思疎通も不可能。
 魔物は人より頑丈で、体力が多くある。
 人間は魔物よりひ弱で、力もあまりない。

 だから、人間は知恵を使い魔物に抵抗した。

 二者の関係は単純だ。
 出会ったが最後、生き延びる為にはどちらかがどちらかを滅ぼし合うしかない。

 そんな魔物が、村の小屋に閉じ込められている。
 十数年前からずっとだ。
 何のために村の外れにいるのか。
 誰も答えてくれない。

 大人達は口々に「近づいてはいけないよ」と言っていたが、それだけだ。

 これは村の掟だからと言っていたが、それだけだ。

 ぼかすだけで、誰も教えてはくれない。

 だから、どうにも耐えられなくなって、見に行く事にした。

 魔物との争いの被害で生まれた、孤児たちをお世話している家をこっそり抜けだして、同じ境遇の子供達に口裏合わせをお願いした後に。





 古ぼけた小屋だった。
 魔物は力一杯だという話なのに、閉じ込める為の小屋は粗末だった。

「ごめんくださーい」

 言葉なんて通じるわけがないのに、長年の習慣は抜け落ちなかったようだ。

 掟の厳しい村で生まれ育った影響だ。
 この辺りにいる子供は誰でも、どんな時でも礼節を重んじている。

 人と会ったら必ず挨拶をしなければいけないし、
 村の外に出るなら、必ず誰か大人についてもらわなければならない。
 何かをする時は必ず大人の人に言ってからではないと、げんこつものだ。

「誰もいませんかー、いませんねー、入りまーす」

 けれど、だからと言って遊び盛りの子供の好奇心が抑えられるはずもない。
 怖いもの見たさも手伝って、時々は村の外にも出かけていくし、禁止された事でもこっそりやっている。

 だから、その日も軽い気持ちで小屋の中へと侵入していた。

 鍵はかかっていなかった。
 誰かが偶然かけ忘れたのだろう。

 小屋の中は真っ暗だった。

「誰かいませんかー」

 息遣い一つしない小屋の中を見て、「ああ、アレは子供をしつけるためのただの噂話だったのか」と納得。

 しかし、一瞬後にはすぐ近く目の前に二つの光があった。

 あけ放った入り口から差し込む光を反射した、生き物の目が。

 すぐ、目の前に。

 相手は「人間?」と喋る。

 それは、小首を傾げながらこちらをまざまざと見つめてきている。
 じゃらり、と音がした。

 重たい鉄の輪が動く音。
 魔物をしばる鎖の音だ。

 こちらは「魔物?」だ。

 互いが互いに対する第一声の、この何と間抜けなことか。

 そんなこと、状況を考えれば、目で見れば、分かることだろうに。

 目の前のそれはしわがれ声で「く、く、く」と笑った。
 何がおかしい。

 胸の内の動揺を悟られたように思えて、頭にかっと血が上った。

「やい、魔物。お前なんかぜんぜん怖くないんだからな。第一、こんなちっさな小屋からも出られない奴をどう怖がればいいってんだ」

 口だけを動かして、威勢のいい言葉を話すこちらに対する返事はない。
 それは、首をぐるぐる動かしながら、しげしげとこちらを眺めまわしていた。

「何が、珍しい。何が、おかしい」

 魔物は再び「く、く、く」と笑う。

「哀れな……。哀れな…、実に哀れな」

 魔物はおかしくてしょうがないと言った風に笑い続けながら喋った。

 ひびわれたしわがれ声で。
 のどもとに手を当てながら。

「掟が何の為にあるのかも知らないで、真実からお前たちを隠す為にあるとも知らないで。哀れな……」

 暗くて気が付かなかったが、魔物の喉元には太い杭が刺さっていた。
 だが、真ん中ではない、わずかにずれている。

 杭を打ち込むときに場所を間違えたのかもしれない。
 捕らえられる時は、魔物はきっと元気だったから、暴れててずれたのかもしれない。

 他の魔物はどうか知らないが。
 この魔物は喋れない、というのは嘘で、喋らなかっただけだったのだろう。

「哀れな」

 目の前の魔物は、本当にこちらを憐れんでいる様だった。
 捕らわれの身であるはずなのに、自由なはずのこちらこそが可哀想だと言わんばかりに。

 魔物は反応できないこちらへと「その昔……」と語り始めた。

 ――
 その昔、魔物と人の大規模な争いがあった。
 だが魔物は、知恵を有した人間の脅威に抗う事もできず徐々に少なくなっていった。
 そして、百年もする頃になれば、とうとう滅びかけしまったのだ。
 たった、数百人の魔物を残して。
 ――

「そんなの嘘だ。だって、今でも戦いは続いているって」

 大人達が言っている事は嘘になる。

 だから、
 魔物が言っている事の方が嘘に違いない。
 そう思った。

 けれど反論しながらも、奇妙に納得している自分がいた。

 掟に厳しい村。
 子供達は外に出た事はない。
 礼節を重んじる風習。
 子供達は、大人の言いつけ以外の事はしない

 それは外の状況を見せないためだったのではないか?

 魔物はこちらの顔色を読んでニヤリと、笑った。

 けれど、どうして、そんな嘘を?

 迷うこちらに、「嘘だと思うなら外に出て見ればいい」魔物はそう囁いた。

 隠れ住んでいる魔物の里の場所を教えてくれた。






 村の外にこっそり出て行く。
 掟破りになるが、いてもたってもいられなかった。

 村の外に広がっている木々の間を駆け抜け、森の中を進んで行った。

 帰り道の事など考えられなかった。

 やがて遠くに見えるのは小さな村だった。

 魔物の村だ。

 魔物達は、みすぼらしい格好をして、歩き回っていた。

 何をしているのか分からないけれど、土の上にたてられたお墓に対して何かを一生懸命に話しかけている。

 だぶん死者を悼んでいるのだろう。

 遠すぎて何を喋っているのか分からない。

 聞き取れても、彼らとは言葉は通じないだろうけれど、誰かを悲しむ感情はあるようだった。
 
 彼らはもう負けるだろう。
 なのにどうして大人達はまだ争いが続いているというのだろうか。





 それからは穏やかな日が続いた。

 あんな事があったというのに、平穏な日が続くのはおかしかったけれど、続いているのだからしょうがない。

 子供達はいつも通り挨拶をして、はしゃぎすぎる子供には大人が窘めている。

 けれど、事件は起こった。

 どうやらこちらが小屋に入った事が、とうとう大人にばれたらしい。

 だから、その日はよく遊んでいる子供達に無視されて、一言も口を聞いてもらえなかった。

 村で一番大きな家に住んでいる村長の家に呼び出されてしまった。

 僕は、緊張してカラカラになった喉で「なにか用ですか」そんなしわがれ声をだした。

 小屋に入った罰を言い渡される、とそう覚悟していたがこちらの言葉には何も言わずに、大人達は互いに話し合っていた。

 そして、何かしらの結論が出た後に、こちらに告げられた言葉は予想外だった。

「やはり、この子の言葉は聞き取れませんか、恐れていたことが起きてしまったようですね」

 何を言われたのか分からなかった。
 でも、分かる事はある。
 さっきの事だ。
 確かにちゃんと喋ったはずだというのに、大人達は返事をしなかった。

「変声期を迎えるにつれて魔物の血の影響が出始めたのだろう」

 こちらを見て大人の一人が指を刺した。
 誰が魔物だというのだろうか。
 まさか。
 まさか。

「仕方がありません。この村の誰かが混血の子だとは思っていましたが、まさかこの子だったとは。そういえば体力がありあまって、面倒を見るのが大変だと言っていましたね」

 気付くのが遅すぎたのだ。
 
 きっと小屋にいたあの魔物は早く真実に気づいて、こちらにここから逃げろと言っていたのだ。
 その時になって、あの掟が何の為にあったのか、ようやく分かったのだった。

「あの魔物おやも中々口を割らないから扱いに困っていたが、これで家族ともども処分できるな」

 ぼくはしわがれ声で何かを喋ったけれど、当然魔物の言葉なんてものに大人にんげん達は耳を傾けてれなかった。


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