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〇26 生まれたばかりの赤ちゃんが勇者の転生体だった

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 俺は勇者だ。
 だが、敵にやられてもうすぐ死んでしまう。

 俺は、おおくのひとの希望を背負った勇者なのに。

 このままでは人間達は全滅してしまう。

 せめて、希望を残さなければならない。

 そう思った俺は、かつての仲間達の方へ視線を向けた。

 俺を心配している仲間達。

 俺を英雄にしてくれようと、頑張ってくれた良い奴等。

 でも、本当はもっといい暮らしができたのに。

 人々を守るために、我慢なんかして。俺についてきてくれた。

 あいつら、俺が死んだあとどうするんだろう。





 小さな村の小さな家の中で、「おぎゃあ」と泣き声が響いた。

 我が家にかわいい赤ちゃんが生まれた。
 うちの妻は、どうにも子供ができにくい体質だったらしくて、長い間辛い思いをしていた。
 けれど、その思いが実ったらしい。赤ちゃんの出産にとても喜んでいた。

 これから僕達夫婦二人で、この赤ちゃんを立派に育てていかなくちゃな。

 さっそく名前を決めようと思った所で、その赤ちゃんに異変が起きた。
 突如どこからか現れた光が赤ちゃんに突撃!

 光は赤ちゃんに吸い込まれてしまった。
 あわあわとしていると、今までふぇふぇ泣いていた赤ちゃんが突如きりっとした顔になって、くわっと目を見開いた。

 そして、はっきりとした声で。「ふむ、転生成功だな」とか言った。

 えっ、どういう事?

「もう危な……所には…るなよ」

 うろたえている間に赤ちゃんがなんか言ってる。

 えっ、そもそも今何気にすればいい?

 なんて、混乱している間に、赤ちゃんは浮遊魔法を使って、開いていた窓から出ていってしまった。

 慌てて追いかけたが、赤ちゃんは早い早い。

 あっという間にどこかへ飛び去ってしまったのだった。

 後に残された僕達は、ぽつんと佇むしかない。

 えっ、これ夢?




 魔族と人間との戦争が長引いて、何十年。

 当初は人間の優勢で終わると思われていた戦は、魔族の新兵器で思わぬ展開になった。

 魔族の命を使った特攻兵器が、戦の火を拡大させたのだ。

 いくつもの町や村が、なぎはらわれて、人間達は大ダメージをくらってしまった。

 弱体化してしまった人間の軍と違い、みるみる強化されていく魔族軍。

 人間達は、そのうち苦戦を強いられるようになっていた。

 そんなわけで、俺達人間は魔族の脅威におびえながら暮らしていたのだが。

 最近人間の軍が盛り返しているらしい。

 英雄の再来だとかなんとか。

 みるみる魔族の軍を押しのけていっているようだ。

 占領された土地も解放し、国土が広がっていると聞く。

 でも、遠くの出来事だ。

 そんな事より、我が子を探さないと。





 しかし、まったく魔族とは関係のない脅威におびえる事になろうとは。

 まさか、赤ちゃんが窓から飛び去って行方不明になるとは思いもしなかった。

 僕達は待望の赤ちゃんをあのまま放っておくことができず、毎日あちこちを探し回った。

 しかし、見つからない。

 初日こそ、謎の浮遊赤ちゃんの噂が絶えなかったが、それも最初の日だけ。

 次の日から目撃情報は、めっきり聞かなくなってしまった。

 そんなこんなで、時間は十年以上も経つ。

 その間に、俺達は、三人の男の子と二人の娘を授かって大家族に陰謀していた。

 あの謎の赤ちゃんが産まれてから、嘘みたいに子宝に恵まれてしまったのだ。

 想いもよらない授かりものだが、それなりに幸せに暮らしている。

 しかし、やっぱり最初に生まれた赤ちゃんの行方が気がかりだった。






 こちらも変化したが、世界の状況も着々と変化。

 魔族軍の幹部が討伐されたり、行方不明だった人間の王様が保護されたり。

 魔族に有効な武器が開発されたりしている。

 でも、そんな事より行方不明になった我が子が気が気じゃない。

 もう死んでしまっただろうか。

 赤子が一人で生きていけるわけがない。

 そう思うものの、諦めきれなかった。

 親である自分達が、諦めたてどうすると、毎日妻と励まし合った。





 そんなこんなで十五年の月日が経過した。

 他の子供達は順調に成長し、様々な道に歩んでいった。

 中には、生まれ育った場所から離れる子供もいたけれど、自分達は子供が戻ってくるかもしれないと思って、ずっとここに住み続けていた。

 そうしたら、

「○○様と○○様ですね、王都まで来てはいただけないでしょうか」

 なぜか豪華な馬車に乗った豪華な使者がやってきて、国の主要都市である王都へ連れられてしまった。

 そこで、なぜか王様から歓待を受けたり、魔族の王討伐の英雄を生んだ者達としてもてはやされた。

 なにがなんだかわからない。

 いつのまにか魔族の脅威はすっかりなくなっていたようだ、

 戸惑う自分達に、王様は告げる。

 ずっと探していたあの行方不明になった子供は、実は英雄の生まれ変わりだと言う事を。

 僕や妻がいなければ、生まれたばかりのあかちゃんに転生できずに、人類は終わっていたのだと。

 しかし、そんな事を急に言われても戸惑うばかりだった。

 ただ僕達は普通に子供を産んだだけなのに。

 英雄は立派に務めを果たして、魔族の頭と相打ちしたそうだ。





 それからも僕達は、裕福な暮らしを送る事になったけれど。

 やっぱり合わなかったから、謹んでお断わりさせてもらった。

 身の丈に合わない生活をおくって、大切な物を見失いたくないから。

 英雄の生まれ変わりである子供は、きっと僕達の子供として生まれてくるべきじゃなかったんだろう。

 もっとすごくて、偉い人の子供として生まれてくれば良かったのに。

 どうして、僕達のところを選んだんだろう。

 僕と妻は、住み慣れた我が家の壁を見つめる。

 そこにはかつて戦った仲間の形見がかざられていた。

 しかしさすが英雄の赤ちゃんだった。

 最初から、最良の判断をしていた。

 怪我を負って現役引退した僕達に、危ない場所にはくるな、なんて言うんだから。

 何も知らない頃から的確な判断ができるなんて、持てる者は違うんだな。


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