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〇87 乙女ゲーム世界に転移してしまった不良令嬢、破滅街道を突っ走るヒロインをどうにかして救いたい

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 ある日。

 乙女ゲームをしていた私は思った。
 ヒロインが良い子過ぎる、と。

「何この子! いい子過ぎる! こんな子が存在していいの!? あっ、フィクションだからいいのか!」

 私がやっていた乙女ゲーム「アース・ブレイク」は、「一人をとるか、世界をとるか」究極の選択を迫られるゲームだ。

 世界は色々めちゃくちゃで、人間は生きていくのがやっとの状態。

 そんな世界には、定期的に災厄が訪れるが、「アース・ブレイク」では一人の犠牲を選べば世界が救われる、けれど一人をとったら世界滅亡まっしぐら!

 というシリアスオブシリアスなお話だ。

 けれど、ヒロインが良い子過ぎて、トゥルールート以外はどのルートを通っても、自ら犠牲になってしまう。
 両想いになっていても、だ。

 攻略対象と添い遂げる事が、乙女ゲームでは普通はハッピーエンドなのにね。
 結婚したり、婚約したりしても、ヒロインは自己犠牲街道を突っ走るのだ。

 ヒロインやばい。

 だから、私はその乙女ゲームをやるたびに、ヒロインが生き延びる未来が当たり前にならないかな、と思っていたのだ。

 だって可哀想じゃないか。
 ヒロインは優しいし、いい子だけど、一人の人間で、ただの恋する女の子。
 そんな女の子の肩に世界の行く末を、全部のっけなくちゃならないなんて。

 なんて思っていたからか、まさかの異世界転移。

「まさかすぎる。異世界に行く事になるとは」

 乙女ゲームの世界に転移してしまった。





 転移した瞬間に空から落っこちでもしたのかな?

 頭の痛みで目覚めた私は、現実ではありえない羽の生えた犬が目の前を通っていくのをみて、そこが異世界だと思い知った。

 しばらく、びっくりしていた私は、めちゃくちゃ挙動不審で慌ててたけど、その間に事故・事件に巻き込まれなかったのは幸い。

 異世界で困っていた私に手を差し伸べてくれるような親切な人達がいたのは、人生で一番の幸運だった。

 その人達が子供を亡くしたばかりの夫妻だったっていうから、なおさら。

 人の弱みにつけこむようで、なんだか良心が痛むけれど、「よろしくお願いします!」とお世話になる事を決定。

 私は精いっぱい彼等の力になった。

 困っている事はありませんか?

 何かしてほしい事はありませんか?

 そんな感じに。

 そしたら、子供が欲しいって言われて。

 気が付いたら、正式な手続きをしに然るべき役所へGO。

 彼等の養子になっていた。

 しかも彼等は、そんじょそこらの家では頭が上がらない程の富豪だったという事が判明。

 役所の人が、あの家についに子供が!? なんておったまげてたよ。

 半信半疑だったけど。

 別邸から本邸に移動した時、大豪邸を目にした時は。

「まさかのお金持ち!?」

 と叫んじゃったよ。

 最初に出会った時は、そこそこ良いお店の仕事を斡旋してくれる、中小企業の社長みたいな人達かなと思っていたら。

 その世界では知らない人はいない、装飾品会社の社長さんだったなんて。

 そんななりゆきでその世界の、大富豪の家の養子になった私は、色々あってグレて悪女化してしまった。






 え?

 どしてそうなるのかって?

 いや、良い人達だったんだけどね。

 彼等は良い人過ぎたんだよ。

 困っている人達を放っておけなくて、がけ崩れで事故にあった馬車を見かけて、それで助けようとしてしまったらしい。

 けれど、そこにまた崖崩れが起きて、って流れで。

 この世の人達ではなくなってしまった、というわけ。

 その知らせを聞いた時は、そんなに早く死ななくてもって思ったよ。

 私は、受けた恩を返す事ができていなかったのに。

 けれど、不幸はそれだけじゃない。

 泣き面に蜂!

 そこにつけこむように、いけ好かないイケメンが私と婚約してきた。

 だって、仕方がなかった。

 社長が亡くなった事によって経営が悪くなっていたから、歯止めをかけるために他の家の力が必要だったんだよ。

 でも、それがまさかあんな性格の悪いイケメンだとは思わなかった。

「今日から、経営は全て俺がやる」って言って、仕切りだして、逆らった奴は追い出しはじめる。それ、ただの乗っ取りじゃん。

 私、許可出した覚えないんですけど。

 そんな文句を言っているうちに、あれよあれよという間に会社は婚約者の物に。

 私の身の回りも、婚約者が手を回した連中ばっかりになっていって。

 気付いたら私は、何も口出しできないようになっていった。

 それで、グレた貴族令嬢の完成だ。

 私が悪役令嬢だったら、これも納得の未来なのかもしれないけど!

 アイアムモブだからね。

 理不尽だって、かなり嘆いたよ。

 一人になった時は、婚約者の似顔絵に落書きしたり、ビリビリ破いたりしてストレス発散しまくってた。








 そんなだから、プツンと来たのかもしれない。

 ついでだからヒロインもグレさせて、不良化させようって思っていた。

 ヒロインの生存エンドのためにも。

 いま、原作開始の時期になったから、ちょうどいい事にヒロインと同じ学園に通えるようになったんだし。

 婚約者の監視は相変わらずで、「へたな事はするな」とか「家や会社の事情は話すな」とかそんな事ばっかり言ってくる。

 命令ばっかりだし、しきってるばっかり。

 人の意見なんて聞いてくれない。

「あなたが好きにして良いものじゃありませんけど」って毎回言うのも疲れちゃってるから、今はもう何も言っていない。

 私に手を差し伸べてくれた夫妻には悪い事をしているけれど。

 私は特別なスキルを持った人間なんかではなくて、普通の人間だから。
 
 だから、グレた不良令嬢化がどんどん進んで行く。

 授業をさぼったり、お金を使って贅沢したり、もうやりたい放題。

 我ながら、人間としてどうなのかって思うけど、私の頭じゃこの状況をひっくり返すような名案が、良い方法が思いつかないんだもん。






 そんな私は、ヒロインを見かけるたびにちょっかいをかける事にした。
 
「というわけで、ヒロインちゃん。お菓子一緒に食べない?」
「は、はぁ。大変な人生を送っているみたいですね。えっと、ありがとうございます?」

 真面目にやってないで、楽をしようよ。楽しい事しようよ。
 みたいにね。

 最初は遠慮したり、怒ったり、注意していたヒロインだけど、だんだん染まって来たかも。

 今では私につきあって、ちょっとだけお菓子を食べてくれたりしている。

 保護欲をかきたてる小柄な少女が隣で、お菓子をちびちび食べている光景。

 攻略対象者が惚れるわけだ。かわいい。

 でも、そんな少女がやがては世界の為に犠牲にーー。

 やっぱりそんな未来あっちゃいけない。

 良い人が犠牲になる未来なんて、私には耐えられそうにない。

 そんな事を考えられているヒロインちゃんは、ポツリと呟いた。

 イケメンをはべらせて周囲からたまに嫌がらせされてたり、優秀さを発揮して教師から褒められまくっているヒロインちゃんが。

「皆、私を見る時は嫉妬の目だったり、すごいって目で見ているのに。貴方だけはいつも可哀想っていう目で見てくるんです。どうしてですか?」

 それは、彼女がずっと前から気になっていた事だと言う。

「私、そんなに接点ないですよね。あなたとはクラスメイトだけど、あんまりお喋りとかしていませんし。でも気が付いたら目が合っている事が何度かあって、そういう時は決まって可哀想な人を見るような目で見られるんです。あっ、怒っているとかそういうわけじゃなくて、ただーーどうしてなのか気になって」

 まさか、そんな事に気が付かれているとは思わなかった。

 ヒロインちゃんは洞察力が高いな。

 その通りだ、私はヒロインちゃんを意識している。

 というか、乙女ゲームの世界にいるのだから、意識しない方が当然なんだけど。

「まあ、ヒロインちゃんは色々人を引き付ける力を持っているからね~むしゃむしゃ」

 答える私は、お菓子を食べながら。
 人に対する礼儀がなっていない。

 周りから不良令嬢と呼ばれるのも、納得の態度である。

 ヒロインちゃんムッとなる。

 ぷくっと膨らませた頬、つつきたい。

「まじめに答えてくださいよ」
「ごめん、ごめんて」

 私は、ふと思った。
 可愛くぷんすかするヒロインを前にして。

 ここで、もし未来の事を話したら何かが変わるのかと。

 この真面目で優しいヒロインでもさすがに、未来の事を知ったら私みたいになっちゃうんじゃないかと。

「ヒロインちゃん。実は私、未来が分かるんだよね」

 だから、私は自分が知っている事を可能な限り話した。
 そして、信憑性を高めるために、これから起こるであろういくつかの予言もしておく。

 ヒロインちゃんは最初は半信半疑だった。

 しかし、いくつかのイベントが起きるたびに、私の予言が的中するのを見て、信じざるを得なくなったようだ。

 ヒロインちゃんは、悩む日が多くなった。






 そんな感じでヒロインちゃんとの日々があったり、普通の不良の日々があったりして、学生期間が過ぎていく。

 婚約者は相変わらずだけど、監視の人間は飽きてきたらしい。

 私が不良しているのをみて、「大した事はできまい」と判断したらしく、見張り仕事が杜撰になっていった。

 今では真面目に、私を見張っている時間の方が少ない。






 そして、とうとう原作のラストまで進んでいく。

 途中でヒロインの幼馴染に邪魔されるものの、ヒロイン闇落ち計画は順調に進んで行く。

 今ではヒロインちゃんは、よく一緒に授業をさぼる仲になっていた。

 そんなヒロインが出した答えとはいかに!?

 世界の危機を前にして、ヒロインと攻略対象は悩む。

 私は陰からこっそり見守る。

 事態はしっかり進行する。

 あっ、ちなみに説明すると。

 この世界あと、一時間で滅びます。

 何もしなければ。

 空からは邪神の卵ーー(※いんせき)が降ってくる最中で、その卵をとめるためには、ヒロインが命を使ってすべての力を空に放つしかないという状況。

 さて、どうなるか。

 ヒロインちゃんは、なぜかちらっと私が隠れている柱の影を見た。

 私はささっと隠れる。

 えっ、勘が良すぎない?

 私が見てた事ばれたの?

 ややあって、ヒロインちゃんは選択をした。

「私は死にたくありません」

 その言葉を聞いた途端、私はガッツポーズ。

 やった。

 これでヒロインを助ける事ができたんだ。と。

 でも違った。

「だけど、皆が死ぬのはもっと嫌。だから私の命を使って、助けたいです」

 それを聞いて頭が真っ白になった。

 数秒あって、再起動。

 私は思わず、柱の影から出ていく。

 そして、「なんで」とか「どうして」とか色々、言葉にならない事を言いながら彼女に詰め寄った。

 自分でも何が言いたいのか分からない。

 けれど、何かを言わずにはいられない。

 私が突然出てきた事で攻略対象達はびっくりしているけど、今はそいつらにかまってられない。

 私はヒロインちゃんに向けて、こみあげてくる数々ーー言葉にならない思いをぶつけていく。

「私の話聞いたでしょ!? どうしてそんな結論になるの!? ふつう怖くないの!? 死んじゃったら全部終わりなんだよ。もう何もできない! それに、残された人達がどんな気持ちになるか分からないの!?」

 思ったより取り乱しているな、と頭のどこかで考える。

 そういえば、前世ではどうしてあんなにヒロインの事が可哀想だと思う様になったんだろう。

 ああ、そうだ。

 今さらながらに思い出した。

 前世の私は養子だったから。生みの親は他人を助けて、事故に巻き込まれて死んじゃってた。

 それを知ったのは、高校の長い休みの期間。

 偶然育ての両親が長期間家をあける事になって、出来心で色々部屋を見て回っていたら、そんな話がかかれた書類を見つけてしまったんだ。

 それで、ぐちゃぐちゃな思考のまま家を飛び出して、事故にあって死んだ。

 転移したわけじゃなくて、この世界に転生していた私は、ひどい親の元、ひどい境遇の中でひっしに生き延びようとしていたんだけど、そこから逃げ出す際にどこかで頭を打って記憶喪失になっていたようだ。

 やっと思い出した。

「お願いだから死なないでよ。どうして死ななくちゃいけないの? あなたは普通の女の子なんでしょ? まだ人生これからなのに、楽しい事だっていっぱいあるはずなのに!!」

 ここで生きる選択をすれば、主人公達だけは生き続ける事ができる。

 少人数用のシェルターがあるから、それに入ればなんとかなる。

 地上の環境だって、少し経てば元に戻るのに。
 人間はいなくなるし、文明もなくなるし、建物なんかも綺麗さっぱり消え去ってしまうけど。

 私はそう言うけど、ヒロインは微笑みを返す。

 それはもう覚悟を決めた人間の顔だった。

「心配してくれてありがとう。でも、あなたが生きて私の事を忘れないでいてくれたら、それでいいんです」
「そんな風には、私は思えない」

 その場に膝をつく。
 言葉をなくした私は、目の前でヒロインが最後の選択をして、命を使い切っていくのをただ眺めるしかできなかった。
 




「まったく。不良令嬢だと評判を落とさないでほしいな。お前の評判が落ちると、俺まで社交界で悪く言われるんだぞ」

 学生期間が終了し、乙女ゲームシナリオのエンディングを迎えた後、私達は卒業。

 攻略対象達は、世界を良くするために、それぞれの道へ歩き出した。

 私は、婚約者が幅を利かせている屋敷で、余計な事をしないようにずっと監禁されていた。

 養子とは言え、夫妻に育てられたのはこの私。あんたじゃない。

 ここは私の屋敷なのにね。

「だがこれからは、ずっとここで監視できる。これで俺の邪魔をするものはいなくなったな」

 部屋がしめられて、鍵をかけられる。
 足音が遠ざかっていくった。
 何かを言う気力なんて、今の私にはない。

 窓を見ると、そこには鉄格子。
 人間が出られるような隙間はない。

 おそらく一生ここで飼い殺しされるのだろう。

 ぼうっと外を見ていると、石ころが窓ガラスにあたった。

 窓を開けてみると、攻略対象の一人が手紙を持っていた。

「あいつからの手紙だ。どういう仲なのか知らんが、最後の戦いの前に「手紙を渡してくれ」って頼まれたからな」

 受け取った手紙の筆跡はヒロインちゃんのものだった。

 一体何が書かれているんだろう。

 手紙を取り出して読んでみる。

 だいたいは、あたりさわりのない話題とか、これからの私の生活を心配した内容が書かれていた。

 お菓子はほどほどに、とか。

 貯金は大事、とか。

 けれど後半には。

『貴方の言うおとめげーむの事は詳しくは分かりませんけど、そのげーむを作った人は、きっと優しい人だったんでしょうね』

 その言葉の意味が分からず、私は首をかしげる。

『だから貴方が私に語った、「げんさくが始まる前の情報」は抜けている事があった』

「え?」

『めたじょうほう、というものなのでしょうか? いつか貴方が教えてくれた。登場人物がめたーーえっとげーむの向こう側の事を喋る事みたいなもの? 間違っていたらごめんなさい』

「どういうこと?」

『私は子供の頃、おとめげーむの作り主さんが遣わした人から、いくつかのめたじょうほうを教えてもらっていたんです。その時は意味が分からなかったけどーー』

「まさか、そんな事って」

『たとえあなたが将来、死を選んだとしても、それはきっと無駄にはならない。繋がれていくのだと言われました。世界の向こう側の人達の多くは忘れたりしないって。そんなような事を。それを聞いて私は、自分の未来について決心しました』

「嘘」

『私は、あなたが優しい人だと知っています。だから生きて欲しい。決してなげやりにならないで、絶望しないで。私の幸せを否定しないで。あなたから見たら不幸でしょう。私の下した選択であなたもきっと不幸になってしまいます。でも確かに、私は幸せなんです。それは絶対に、本当の事なんです。どうか私を可愛そうな人だと貶めないで』

 どうしてそんな事が起こっていたのか、詳しい事は分からない。

 でも、心の中に確かな火が宿った。
 もう一度頑張るための火が。

 私は努力を否定されたばかりだというのに。
 不思議な気持ちだった。

 思えばずっと、人の事を可哀想だと思うばかりで、満足して死んでいった可能性を排除していた気がするな。

 手紙に同封された一枚の紙に視線を落とす。

 そういえばヒロインって、家がお金持ちだって設定があったなと今さらながらに思い出す。

 婚約者と縁をきっても、これだけあれば、なんとかなるかもしれない。
 その後の未来は自分の努力次第だけど。

 私は、窓の外に目を向ける。

 ずっとそこで、立ち去らずに見守っていた攻略対象の事を。

 ヒロインは確かこの人のルートに入っていたな。
 だから、こんな大事なものを託されたのか。

「で、どうするんだ? そこでずっとうじうじしてるのか、不良令嬢」
「そんなわけないでしょ。すぐにここから出てやるわよ。でも、一人じゃ無理だから。手伝ってくれる?」
「乗り掛かった舟だ。いいぜ」

 私は滲んだ涙をぬぐう。

 手紙の文面は、落ちた水滴で読めなくなっていたけど、内容はもう心の中に全て入っているから、問題ない。

 私は顔をあげて、前を向いた。

 もう決して、下を向かない。そう思いながら。













 ゲーム開発が終わった後。
 会社のオフィスでとある開発者は、はぁとため息をついた。

 疲れた体が重い。

 早く家に帰って、眠りたいところだ。

 けれどその前に。

 ゲームの開発に携わった者達の中の一人に、「どうしてあんな小細工をしたんですか。」と訪ねてみた。

 ゲーム画面には出てこないシナリオを、プログラムの隙間にこっそりしのばせるなんて。

 意味がないのでは?

 すると、その人は悪戯っぽく言う。

「ひみつ」


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