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〇17 婚約破棄するならお金を返してください
しおりを挟むこの世界は、契約の神が見守っている世界だ。
だから、約束事や契約は絶対。
そのために、破る事ができない専用の誓約書が存在していた。
助かる人達は多いだろう。
でも、私はそれでだいぶ困っていた。
「婚約者の男性の変わりに私が金を払う」みたいな書いた覚えのない誓約書が存在するせいで。
どうやら私は婚約破棄されるらしい。
婚約者に呼び出されて向かってみれば、これだ。
忙しい中、日程をあけてきたというのに。
イスにふんぞりかえっているその婚約者がしかめ面で、予想通りの言葉を言って来た。
「君との婚約を破棄する」
きっと、もう利用しおえたから要らない、という内心があるのだろう。
私は勘初入れずに、大事な事を述べる事にした。
「本当に?」なんて聞き返す事もしない。
「正気ですか?」なんて事も。
前々から思い付きで行動する男だったし、正気じゃできない事をやる男だったから。
こんなのと婚約してしまうなんて、私は男を見る目がなかったのかもしれない。
「じゃあ、お金返してください」
「はぁ?」
婚約破棄を申し出てきた相手の男性は、意味が分からないといった顔をした。
私は額に青筋を浮かべながら、懇切丁寧に説明していく。
そうだ、彼は馬鹿だった。
馬鹿なら、仕方がない。
悪知恵だけが働く、かしこくない人間。
敵を作る事がどういう事は分からないから、あちこちで問題を起こすのだ。
でも説明しなければ、分からないのはしょうがない。
話が進まないし。
説明しても断った時に怒ればいい。
だから我慢我慢。
額の青筋さん。あなたは、まだ出番じゃないからすっこんでて。
話題に出すのは、まだこの男の事がよく分かっていなかった時の事
「数か月前、おばあさまがご病気だと偽って、私の家が出した治療費をふんだくっていきましたよね」
それは、婚約したての頃。
彼が言い出した事だ。
身内が病気だけど、急にお金を作れないので、貸してほしいと。
少なくない額だったけれど、将来家族になるのだから、婚約者の家族だって自分の家族同然だと思ったから。
だから私の家は、治療費を快く貸したのだ。
しかしその数日後、それは嘘だと分かって激怒する事になった。
そのおばあさま、めちゃくちゃ元気に道を歩いてた。
あの時のお金は未だに返してもらっていない。
「そんな細かい事どうでもいいだろ」としか言わない男から。
私は次の話題を出す。
「それに、一か月前。お酒に酔って町中で暴れた時の修繕費を負担したのはこちらの家です」
それは婚約者が、この町にある闘技場で試合を観戦した後の事だ。
酔っぱらった彼がお酒のお店を壊してしまったらしい。
酔いつぶれた彼を引き取りに行ったときに、お金を負担してそのまま返してもらっていない。
「あとは二週間前。これが一番額が大きいですよ。
はるばる国の中央からやってきたお偉いさん貴族の、お気に入りの服をよごしてしまった時の事。
乗馬の経験もなしに、馬車をひいている馬を見て、乗ってみたいなんて無茶を言った婚約者がやらかした時の事。
暴走した馬が、泥水の上を駆けて、お偉いさんに盛大にひっかけていったのだ。
あの時は肝が冷えた。
幸いにもその人は寛容な人だったから、衣装の洗濯費用だけで許してもらえたけれど。
私達は貴族といえど、下っ端の方なのだから、国の要人であるお偉いさんの気分を害したら、へたしたらとんでもない事になってしまう。
それなのに、彼はまるで危機感を感じていないようだったから注意したら。
「たかが服の洗濯代くらいだろ。けちけちするなよ」と言っていた。
私は「それがどうした」みたいな顔をしている目の前の男に告げる。
「婚約破棄して浮気女と一緒になりたいなら、借金返してからにしてください」
すると、彼は顔を真っ赤にした。
「なっ、証拠でもあるのか。俺を侮辱する気か!」
この町でさんざん新しい女性とデートしておきながらいまさらだ。
目撃者は多数。
うちの屋敷の使用人だって見ているのに。
彼は「そんなのはでたらめだ」とか「嘘だ!」とか言うばかり。
私はこのままではらちがあかないと判断した。
もうこの話題は、切って捨てよう。
ここで誰の言葉に信憑性がある、なんて言い争っても意味がない。
私達の関係は、修復する気のない関係性なのだから。
しかし、ここで何もしないでいたら、この男はいつかこの家に借りがある事すら忘れてしまうだろう。
だから、強硬手段だ。
「では、最後にこの屋敷の庭園をながめていきませんか? 遠い異郷からとりよせた珍しい青い薔薇があるんですよ」
「なんでそんな事をしなければならないんだ」
「私のお願いをきいてくれたら、これ以上は婚約破棄に関してうるさくいいませんわ」
婚約破棄に、関しては、だけど。
相手はそれで面倒が終わるなら、と思ったのか、しぶしぶ了承した。
「ちっ、少しの間だけだぞ」
庭園を回り終わった後、私の望みは達成された。
使用人が裏で作り、用意していたそれを受け取る。
そして私は、絶対に破る事が出来ない宣誓書を掲げて言った。
「あなたは、一年以内に私が肩代わりした金額約100万を払わなければいけないわ」
宣誓書は、効力がある事を示すように、淡く光り輝いている。
文面は、抜け穴が無いようにしっかりと考えられたものだ。
「いつの間に! 自分の血をまぜたインクで書かないと効力を発揮しないはずなのに」
婚約者は驚いていた。
そして、手の指を見てああっと声を出す。
彼は庭園を見回っているうちに、青い薔薇に興味を惹かれて触れていたのだ。
そこで、怪我をしていた。
私はその血を利用して、使用人たちの協力の元で秘密裏に宣誓書を作り上げたのだ。
「卑怯だぞ!」
「どの口が言いますか。刃物なんて物騒な贈り物をした時に、手当するふりをして私の血をとったくせに」
「くっ、こんなものは無効だ! 貸せ!」
私から宣誓書を奪った婚約者は、紙を破こうとしたが、突如発生した雷にうたれてビリビリしてしまった。
契約の神による天罰だ。
一応手加減しているらしいので、死にはしないだろう。
私は使用人に頼んで、「うっ、うそだ。せっかく苦労して、自由にできる馬鹿な女の財布を手に入れてたっていうのに。こんな事なら、好き勝手やらなかったのに」と力なく嘆いている彼を馬車に押し込んだ。
「さようなら、次に会う時は借金を全部返した時ですわね。契約は絶対なので逃げる事は許されませんよ」
婚約者は悔しそうな様子で馬車の中で何か叫んでいたようだが、私は耳をかさずにその場を後にしていった。
契約書にかかれた契約が不履行になった時や、約束事が反故にされた時は、みな神様の気のすむままに色々不幸な目に遭ってしまうらしいが、いくら元婚約者でもそこまでは知った事ではなかった。
私は、これまでに出た損害の分のお金が返ってくる事だけを心配しながら、家の中に戻っていった。
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