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〇16 謝れない悪女は、世界終焉を目撃して改心する
しおりを挟むデモネシア・レックスハート。
その悪女は断罪され、想い人から軽蔑された。
彼女は愛しい人に向けてあらゆる言葉を尽くし、「愛している」と訴えたが、想い人はその言葉に耳を貸さなかった。
なぜなら、悪女はとても人には誇れない事をしたからだ。
そしてその行為を謝罪できなかったからだ。
「なぜ自らの行いを謝罪できないのだ、我が婚約者デモネシアよ。頭を下げさえすれば、許すと彼女は言っているのに。非常に残念だよ」
ミョルド領 レイバース魔法学園 広場
国外追放の処分を受けたその悪女の名前はデモネシア。
デモネシアは自分の想い人を奪った女の事が許せなかった。
高貴な者達が集う場所、と彼女が認識している学び舎。
レイバース魔法学園に通う、ルミナスというその女子生徒は平民だった。
貴族だらけの学園の中、特待生として存在していたルミナスはよく目立っていた。
だからデモネシアも、彼女の事を入学当初から認識していた。
貴族至上主義であり、平民を見下していたデモネシアにとって、ルミナスは何となく不快な存在だった。
「平民がこの学校に通うなんて、いったい学園長は何を考えているのかしら」
けれど、その認識が強い憎悪で塗り替えられたのは、自らの想い人の周りで見かけ始めたからだ。
「あの女狐め、また私のイルーク様の周りをうろちょろしていますわ。一体なんのつもりなの?」
デモネシアの想い人の名前は、イルーク。
イルークはルミナスに強い興味をもったようだった。
「君は俺の周りにはいないタイプの人間だな。面白い。もっと君の事が知りたいな」
だから、ルミナスに話しかける事が多くなり、二人は徐々に親密になっていった。
それに危機感を覚えたデモネシアは、二人を引き離そうとした。
「これ以上二人を仲良くさせるわけにはいかない。どんな事をしても、引き離さなければ」
しかし行った数々の策略は失敗。
最後には、イルークに断罪されて、国から追放されるという最悪の形で幕を引いた。
禁忌の精霊の祠
デモネシアは、イルークを責められなかった。
その代わりルミナスを激しく憎み、復讐しようと考えた。
「あの女狐を八つ裂きにしなければ。イルーク様は騙されているだけなのよ」
だから、世界の果てに封印されている禁忌の精霊の元へ赴き、契約を果たし、その力を利用する事にしたのだった。
「これであの女に痛い目を合わせてやれるわ。イルーク様に色目を使った事を後悔させてやる」
しかし、いざ復讐を行おうとなった時、世界の状況は激変した。
原因の分からない災害が各地で多発し、地面が割れ、空から血の様な雨がふってきて、魔物が大量発生し、治安が悪くなっていった。
デモネシアはそのたびに各地で、地割れに飲み込まれていく人々を目撃し、血のような雨に濡れて発狂する人々を目撃し、大量発生した魔物によってのみ込まれていく町々や村々を目撃していた。
デモネシアが無事だったのは、禁忌の精霊と契約していたからだろう。
ある日、目の前で幼い兄弟は両親の亡骸にすがりついて泣いているのを見たデモネシアは、かねてから考えていた事を、禁忌の精霊へとぶつけた。
「もしかして、わたくしがあなたと契約したせいで、こんな事が起きたの?」
禁忌の精霊は否定する。
自分はこの異常には関与していないと。
それは別のーー常闇の精霊と、鮮血の精霊がなした事だろうと、禁忌の精霊は告げた。
名もなき平原
様々な人々の末路や選択を目撃してきたデモネシアは、自分が経験してきた世界がいかに狭いものかようやく分かった。
「お前は婚約者をしっかりと支えるのよ、デモネシア」
「そうだ。自分の事なんて後回しでいい。その人の事を常に考えて生きなさい」
幼い頃から両親によって、婚約者を支える事を成すべき事として刷り込まれてきたデモネシアは、それだけを目標として生きてきた。
そしてイルークのやさしさに触れた後は、その人物だけに目を向け、依存してきた。
だから視野が狭くなり、他の事に目が向けられなくなっていった。
浮気をしたイルークや、人の婚約者に手をだしたルミナスも悪いが。
自分にも悪い所があったのだと、デモネシアは反省する事になった。
ミョルド領 レイバース魔法学園付近
そんな中、禁忌の精霊をつれて故郷へ戻って来たデモネシア。
しかし、復讐すべき対象であるルミナスどころか、イルークも、そして知り合いや家族もとっくの昔に存在しなくなっていた。
胸の内にあった大きな愛や憎悪も、とっくの昔になくなってしまっていたのだった。
途方に暮れていたデモネシアは、とある人物達が襲われているのを目撃する。
彼等を助けたデモネシアは、ルミナスが契約しているはずの光の精霊と時の精霊を見つける。
その二つの精霊は今、でもネシアの目の前で襲われていた人物達に協力しているようだった。
ルミナスがどうなったかは、二つの精霊がここにいる事を見れば、推測がつく事だった。
「あの女狐、いいえルミナスはやはり命を落としたのね。こんな世界ですもの、当然なのかも」
地下研究所
「ありがとうございます。デモネシアさん。あなたがいなければ我々は命を落としていたでしょう」
「ただの気まぐれよ。過剰に恩を感じる必要はないわ」
しかしどうしても何かお礼をしたいと言ったその人たちは、助けれくれたお礼にと、地下に案内された。
窮地に陥っていた彼等はその地下空間で、魔法の研究者として秘密の研究を行っていたらしい。
そこには、複雑な魔方陣がいくつも描かれていた。
何のためにこんなものを作っているのか、疑問を口にしたデモネシアに、研究者達は答えた。
「時を戻して世界を救うためです、と」
デモネシアは、そんな事が可能なのかと驚いた。
「時を戻す、だなんて聞いたことがないわ。魔法学園にいたときも、空想の域を出ないと言われていたのに」
研究者達は「非常に困難な事ですが」と前置きしたあと、簡単な仕組みを説明し、可能性はゼロパーセントではないと答えた。
成功に懐疑的なデモネシアは、辞めた方がいいのではと考えたが、世界の破滅は加速的に進行していた。
何もしなければ、数か月以内には人々は絶滅しているだろう。
そう考えたデモネシアは、自らの推測を口に出す事はしなかった。
かつて世界が平和だった頃。
己の感情や意向を口にする事にためらわなかったデモネシアは、世界の窮状を見て言葉選びには慎重になっていた。
なにげない言葉やささいな言葉が、誤解を生んだり、惨劇をうんだりする様子を何度も見てきたからだ。
復讐という目標をなくしたデモネシアは、空虚な心を抱えたまま、これからの事に思いを寄せた。
これからどう生きていくべきか、と考えた所で、世界の終末が迫っているのだからどうにもならないだろうと思いなおす。
そんなデモネシアは、禁忌の精霊が警告の言葉を発したのを耳にした。
侵入者が、地下に侵入してきたというらしい。
それらを研究者達に伝えたデモネシアは、地下への入口へと向かう。
「私が侵入者を撃退してくるわ。別にあなた達のためじゃないの。私がここで静かに体を休めたかったからだけよ」
デモネシアは、久々に正常な人間との会話を行えたお礼として、ならず者たちの撃退をしてやろうという気になったのだ。
しかし、そこでデモネシアは予想外の状況にでくわした。
炎熱の精霊と氷結の精霊を従えた男スパイクが、数十人の人間を従えてやってきたからだ。
「なんだ?ここらでは見かけない女がいるな。一体どこからやってきた女だ」
「あなたに教える必要はないわ。というか、何者なの?」
「俺達は、リロードという組織の人間さ」
その集団ーーリロードという組織は、訓練された者達のように見えた。
奇妙に思ったデモネシアは彼等に問う。
組織が機能しているのかと、人々を統率するものがいるのかと。
すると相手は「半分正解だ」と答えた。
人々を統治するものはいなかった。
彼等が所属する組織は、ただ生き延びるためにどこかに潜んでいるだけだったからだ。
しかし、時を戻す魔法について情報を得た彼等は、過去に戻るためにこの場所を訪れたという。
デモネシアは考える。
性格は褒められたものではなかったが、デモネシアの頭脳は人並み以上にはすぐれていた。
だから、彼らの狙いが平和を呼ぶものではないと分かった。
目の前の者達からは危険な匂いがしたのだ。
世界を救うため、ならばこのような手段には出なかっただろう。
過去に戻るというのは嘘ではないだろうが、それは彼等にとって通過手段でしかなく、その後自分達の都合のいいように世界を動かすつもりなのだと。
「ちょうど良かったわ、復讐相手がいなくて困っていたの」
デモネシアは彼等を徹底的に叩きのめす事に決めた。
しかし、訓練された組織と二体の精霊と契約した者。
デモネシア一人では太刀打ちできない戦力だった。
瀕死の重傷を負ったデモネシアは、土の上に倒れ伏し、彼等の通行を許す事になった。
彼等が奥へ向かった後、デモネシアは争いごとの音を耳にしたが、その場から動く気力はなかった。
世界は救われるだろう。
けれど、よからぬ者達の手によって、好き放題にされてしまう。
そう思ったデモネシアは、自分の中に他者への思いやりが芽生えていた事に気が付いた。
崩壊に向かう世界を見てきたデモネシアは、混沌と化す世界の中でも希望を失わない者達を、善意を忘れない一握りの者達を見てきた。
そんな彼等が幸せに生きられるのなら、時を巻き戻すべきだと考えていた。
デモネシアの心境の変化。
それが影響してなのか、彼女の元にルミナスと契約していた光の精霊と時の精霊がやってきた。
二体の精霊はデモネシアに力を貸して、彼女を動けるようにする。
治癒の力と、体の状態をまき戻す力を受けたデモネシアは、奥へ向かう。
わずかに回復していく体力を感じながら、体をひきずるように這っていったデモネシアは、奥で魔法陣が起動しているのを見た。
魔法が使用されるのに、一刻の猶予もない。
研究者達は拘束されて身動きが取れないようだ。
彼等に妨害の手段はない。
そう思ったデモネシアは力を振り絞って、その魔方陣の中へと飛び込んだ。
先に到着していたならず者達は、デモネシアがまさか動ける状態だったとは思わず、油断をつかれてしまう。
魔方陣の中へ倒れ込んだデモネシアは、意識が遠のいていくのを感じた。
一年前 ミョルド領 レイバース魔法学園 広場
およそ一年。
世界の時は巻き戻った。
しかし皮肉な事にそれは、デモネシアが追放処分を受けた直後の事だった。
イルークとルミナスに呼び出されたデモネシア。
周囲には多くの証人と見物人の貴族達。
大勢の人の気配を感じたデモネシアは、一年前は嫌悪感を感じていたその状況に胸が熱くなるのを感じた。
「まだこの時代には、人が大勢生きているのね。当たり前の事だけれどーー」
しかし感慨にふけってはいられない。
世界の破滅が起こるまでのタイムリミットは一週間ほどしかないのだから。
その分岐点を過ぎてしまえば、世界の破滅は確定してしまう。
世界を救うにはそれまでに、出来る事をしなければならなかった。
「何か、言いたいことはあるか?」
「デモネシアさん、素直に過ちを認めてください」
思索にふけっていたデモネシアに、言葉をかけるイルークとルミナス。
この後デモネシアは、イルークにすがりつくようにして彼に見放されないようにあらんかぎりの言葉をつくすのだが。
今のデモネシアはそうしようとは思えなかった。
「申し訳ありませんでしたわ。数々の非礼をお詫び時ます。イルーク王子、ルミナス様」
長い間身にまとう事のなかったドレスの裾をつまみ、「失礼します」とその場を後にするデモネシア。
まさか素直に謝罪されるとは思わなかったイルーク達は、呆然とした心境でそれを見送った後、我に返った。
すぐにデモネシアを「まだ話は終わっていない」と引き留めようとしたが、デモネシアは振り返らずに答えた。
「追放処分なら甘んじて受けます、ですが身一つで国外へ出るための準備をどうかさせてください。たとえ仮初であったとしてもわたくしはあなたの婚約者だったのでしょう?」
イルークは自分達が言い渡すはずだった処分を言い当てられ、今度こそ言葉をなくしてしまったのだった。
常闇の精霊の祠
それからのデモネシアは忙しく動くことになった。
なぜならば、時間の猶予があまりなかったからだ。
必要最低限の資金を持ち出し、国外へ出たデモネシアは各地にいる有名な魔道具や魔法使いの力を借りて、できるだけショートカット。
「貴族令嬢出会った事がこんな事で役に立つなんてね。でも、あの人たち宝石や貴金属をちゃんと換金できるかしら。ちゃんとした所じゃないと騙されて痛い目を見るのだけれどーー」
持ち出した品物を使って、移動していった。
そして。
「何者だ!なぜこんなところに女がいる!」
「何者ですって?今はまだ何もでもないわね。とりあえずあなた達を倒す前は、ただ一人の男に降られたみじめな女よ」
はじめに常闇の精霊が封じてる祠にたどり着き、それを壊そうとしていたならず者達を撃退した。
いつもならば厳重に警備されているはずの祠は、運悪く人がはけている状態だった。
そこを「高価なものがあるに違いない」と勘違いしたならず者達に目をつけられたようだった。
デモネシアは彼らを拘束し、しかるべきところへ突き出した。
「うわっ、なんだこいつら。縄で拘束された連中が転がってるぞ。誰がこんなことをしたんだ?」
鮮血の精霊の祠
そして、次の目的地。
鮮血の精霊が封印されている祠へと向かう。
けれど、そこにはリロード達の魔の手が忍び寄っていた。
「彼等には、記憶はなさそうね。成功したのは私だけみたい」
同じように時を超えたはずの彼らだが、様子を見るに彼らは失敗したようだった。
過去の世界のまだその時は、ただの傭兵集団だったらしい。
ただ普通に鮮血の精霊の力を借りようと考えたスパイクが、この地にやってきたのだった。
「鮮血の精霊の力を手に入れる事ができれば、俺はもっと強くなれる」
この精霊が、彼らの手に負える相手ではないことは、未来を見るに明らかだ。
スパイクは本来の歴史でも同じことをやって、撃退されているのだろう。
彼がどうやってその後生き延びたのかは分からないことだったが。
「あなた達、見つけたからには大人しくお縄についてもらうわよ」
「女一人?なんだ、自分の力も分からないで俺達に挑みにきたのか?」
「少なくともあなた達よりは強いわよ」
デモネシアは警告の言葉を聞かない彼らを力技でとらえることにした。
同じく時を超えてきた、禁忌の精霊の力を借りて死闘を潜り抜ける。
この時点でも強かったスパイクは、様々な抵抗を見せたが、精霊持ちにはかなわなかった。
スパイクに勝利したデモネシアは、世界を守ることができたと実感したのだった。
けれどその勝利は無傷で得たものではなかった。
傭兵らしい戦い方で知恵をまわしたスパイクは、武器に致死の毒をぬっていた。
そのためデモネシアは動けなくなってしまった。
そのままであればデモネシアは命尽きていただろう。
「悪女にふさわしい末路ね」
しかし、天はデモネシアを見はなさなかった。
その洞窟に忍び込んだ子供たちが二人。
まだ世界を救うまでの頭脳を持たない、子供だった頃の研究者たちがデモネシアを見つける。
彼らに記憶はない。
週末の世界、拘束されていた彼らは、魔法陣の恩恵を受けることができなかったからだ。
しかし、誰かを救いたいという気持ちは子供の頃から変わらなかった。
彼らは息のあるデモネシアに対処をして、その命を長らえさせた。
デモネシアの功績は誰も知らない。
世界の人々は、自らが一人の悪女に守られたことを知るすべをもたない。
けれど、デモネシアはそれでもよかった。
かつての自分を捨てて、生きていける世界がある。
そのことに満足していた。
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