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〇06 貴方がずっとほしがっている大聖女の立場をあげます
しおりを挟む大聖女の朝は忙しい。
日が昇るよりも前に起きて、教会に赴き、神様にお祈りしなければならない。
その後は、転移台を使用してこの国の各領地に行き、見回り。
魔物がいたら浄化をして、汚染された場所があったら、そこも浄化。
それがすんだら、聖力をこめた護符の作成。
昼食をとった後も、まだまだ仕事は終わらない。
各地の状況を記した報告書を読んで把握。
聖力を伸ばす訓練をこなさなければならない。
夜になったら、社交界に出て貴族達とつきあいをする
私達聖女は、とある施設にいる。聖女を育てて、生活させるためのパレスに住んでいるのだが、お金がないとやっていけないのはどこも同じだ。
貴族達の懐から出たお金で成り立っているから、彼等とのつきあいを蔑ろにはできないのだ。
疲れた肩をもみながら、お風呂につかる。
蒸し風呂で汗を流して、冷水で身を清めるのが一般的だけれど、ここではお風呂が採用されている。
十分な時間休憩できるし、体の芯まで温まる事ができるから。
足を延ばして湯船につかると、遠くで体を洗っている聖女達の声聞こえてきた。
最近パレスに入った後輩たちだ。
けれど、実力があるようだから、やや傲慢になってしまっている子達でもある。
声量を落としているが、話に夢中になっているせいか、こちらまで聞こえてきてしまっている。
「もっと位を高くしたいわ。そうすれば、お給料だってたくさんでるし、危ない仕事に行かなくてすむのに」
「先輩達はいいわよね。特に大聖女は、のんびり休日はお休みできるんだもの」
「私達だって、すぐそれくらいになれるわよ」
彼等は勘違いしている。
確かに大聖女は、彼等から見て多くの給料をもらっているけれど、危ない仕事から遠ざけられているなんて事はないのだ。
むしろその逆だ。
力の強い聖女が割り当てられるのは、その聖女にしか浄化できないほどの強い魔物がいる場合や、汚染された土地がある場合。
決して楽な仕事などではないのだが、一体どうしてそんな思い込みをしてしまっているのだろうか。
「カチュアさんが、このあいだお仕事をさぼって後方で護衛の騎士様とそんな事を喋っていたのよ」
私はそれを聞いて納得してしまった。
聖女カチュア。
私と同じくらい力を持った人物なのだが、彼女は職務に不真面目だった。だから普通の聖女止まり。
ちょくちょく仕事をさぼっては、騎士達にちょっかいをかけているのが彼女の日常だ。
他の子達の意欲にも関わるから、上司に「注意してほしい」と頼んだけれど、上の人間は仕事していないのかもしれない。
それとも注意されても、カチュアが態度を改めなかったのか。
明日の仕事は、そのカチュアと一緒に行わなければならないのだが、嫌な話を聞いてしまったものだ。
「はぁ、面倒くさい。ねぇ、後は貴方がやっておいてよ」
翌日。
カチュアと一緒に仕事をしていた私は呆れていた。
まだ、始めてから五分も経っていない。
今日はこの土地を浄化するのが仕事で、かかる時間は一時間ほど。
護衛に守ってもらいながら、浄化が終わるまでここで集中して力を使わなければならないのだが、彼女はもうやる気の限界らしい。
カチュアはため息をついて、その場に座り込んでしまった。
「もうこれ以上は無理。働けない。だってつまらないもの」
お仕事なんだだから、つまらないも面白いもない。
やるべき事をこなさなければならないというのに。
そうしないとたくさんの人達が困ってしまうだろう。
なのに彼女は、人の事なんてどうでもいいようだ。
「明日やればいいでしょ? もう終わりにしちゃえばいいじゃないの」
「何を言ってるの?」
私は口調を厳しくした。
「明日には明日の仕事があるでしょう? 護衛の人にだってそれぞれ予定がある。貴方の我儘でそれをずらす事なんてできないわ」
「うっさいわね。ちょっと人より力が強いからって調子にならないでくれる」
調子にのってなんてない。
どうしてそうなるのかわからない。
彼女は立ち上がってどこかに行こうとした。
「待ちなさい。まだ終わってないわ」
「もうやめやめ! そんなにお仕事大好きなら、一人でやってれば!」
カチュアは私の注意なんてまったく聞きもせずに、その場からはなれていってしまった。
一度も振り返らずに。
「虫が入ってるわね」
カチュアは一度敵と定めたら、容赦しないタイプだったらしい。
そこにかける情熱をどうして他の所に向けられないのだろうか。
その日から、自分の持ち物が汚されたり、カバンに虫が入れられるようになった。
ロッカーをあけたら、毛虫みたいなのが百匹くらいいた。
彼女が自分でとっているとは思えなかったので、仲の良い護衛の男性にでもやらせているのだろう。
けれどそれだけならまだ良かった。
「カチュア、仕事中よ。よそ見しないで」
仕事をしている時まで人の足を引っ張るのは論外だ。
狂暴化した動物の浄化をしている最中、カチュアが手を抜き始めた。
聖女は護衛に守ってもらえないと、仕事ができない。
だから、早く浄化して仕事を終わらせた方が良いにきまっているのに。
「ちゃんとやってるわよ。そっちがサボってるんじゃないの? 人のせいにしないでよね」
カチュアは反省するどころか文句を言ってきた。
極めつけには、浄化した場所をまた穢れで満たす事までやってきた。
穢れは自然にたまる事が多いが、人為的な行為でためる事もできる。
動物や人をたくさん殺した場所は、穢れが多くなることから、その事実が発見されていた。
と言う事は、カチュアは誰かに命令して生き物を多く集め、殺していると言う事になる。
こうなってはもう、悠長に注意するしてばかりにはいかなくなった。
「あー、いいわね。あんたは、偉くなったら楽ができるんでしょ? 大聖女ってやつは素敵よね。ねぇ、それ私に譲ってくれない?」
「譲れるわけないでしょう。何言ってるの。そんな事よりちゃんと仕事をして」
「まったく、事あるごとに仕事仕事って。どうせ自分は大した事してないくせに」
だから、私は調子にのっている彼女にお灸をすえるために、私の座を上げてみる事にした。
仮病というやつだ。
私はその仕返しの事を、信頼できる上司や護衛に説明し、許可をとった。
そして万が一の事態にならないために、カチュアが仕事する時は護衛を多めにつけてもらう事にした。
私がしなくなった分の仕事は、ぜんぶカチュアにまわっていく。
カチュアは最初は楽ができると思っていたのだろう。
彼女の中では、偉い人間になるほど仕事が楽になるという想像ができていたらしいから。
しかし、実際はそうではなかった。
「ちょっと、ぜんぜん浄化が終わらないんだけど、ほんとうにこれ普段の仕事なの?」
彼女はすぐに過労で、やつれた顔をするようになった。
するとすぐにサボろうとしたけれど、そこは上司にしっかりと見張ってもらう事にした。
さすがに彼女も、上の立場の人間にまではなめた態度をとれなかったらしい。
しぶしぶと言った様子で、ふらふらになながら毎回の仕事を終わらせていた。
狂暴化した生き物の浄化ではかなり切羽詰まっていたようだ。
浄化の最中は聖女は無防備になる。その間護衛が聖女を守る事になるのだが、戦闘が長引くのは良くない。
集中すれば短時間で済む仕事を、カチュアはかなり時間をかけてしまっていた。
護衛を信用できない事と、命の危険が迫っている状況で浄化した経験が少ないせいだろう。
彼女は、見るからに消耗していった。
さらに、貴族達の付き合いや、報告書の作成などの事務仕事もある。全部を一人で行わなければならない時は悲惨だ。
仕事がおわった途端に、その場で倒れてしまった事もあるらしい。
そんな日は、「聖女やめたい」がカチュアの口癖になっていた。
もう十分反省しただろう。
そろそろ本来の彼女の実力に見合った仕事を割り振りなおした方がいいはずだ。
カチュアの様子を見た私は、そう思った。
しかし、最後の日の仕事で予想外の事が起きた。
浄化しなければならない生物が多すぎたのだ。
自分の力量を超えて仕事をしなければならなくなったカチュアはパニックを起こしてしまった。
集中する事ができなくなった彼女は、恐怖でひきつった顔で悲鳴をあげるばかりだった。
遠くから見守っていた私が駆け付けなければどうなっていた事か。
その後は、なんとかして態勢を整えなおした。
幸いな事にも、けが人は出たものの死人はでなかった。
カチュアに対するこれは、遊ばせる余裕がない中での私の我儘だ。
だから、後の面倒はしっかり見なければ。
彼女がやめるというのなら、それを引き留めないし、後の作業は全て私がひきつぐつもりでいた。
それに加えてこれからは、後回しにした仕事が一気にふりかかってくるので大変だろう。
しかし、その一件以来反省したカチュアが仕事に前向きに取り組んでくれるようになったので、思ったよりは大変ではなかった。
やめたいとか言っていたのに、意外と根性がある。
プライドが高いだけかもしれないが。
そういうところは、紛れもない彼女の美徳だろう。
あいかわらず嫌がらせの事はあやまってくれないままだが。
皆が皆、仲良くすごすべきだとは思わないから、誰かの迷惑にならないならそのままでもいいと思っている。
「カチュア、次の仕事の話だけど。ちゃんと聞いてるわよね?」
「当たり前でしょ。もうあんたの前で、腰がぬけるような醜態さらすわけにはいかないんだから」
彼女は成長してきている。
けれど、罪のない生き物を殺めさせたことはしっかり責任をもって、償ってもらわなければならない。
どうやって懲らしめようかと思ったけれど、天罰は向こうからやってきたようだ。
その日は、多くの動物達を浄化する厳しい仕事をカチュアと二人で行っていた。
いつもより、体力が必要なほど、それは多かった。
だから、結果として厳しい現場の中、ピンチに陥ってしまったのだった。
何度死ぬ思いをしたか分からない。
護衛でもかばいきれないほどの動物が私達を襲って来た。
最期の方は、カチュアは右腕をかまれて、使い物にならなくなっていた。
その後の治療がおくれていたら、五体満足ではいられなかったかもしれない。
退院したカチュアは見舞いに来た私に向かって「お優しい事ね」と鼻をならした。
相変わらず馬はあわないし、顔をあわせれば嫌味しかとんでもない。
けれど、それ以降カチュアが仕事で手を抜く事はなくなった。
そんな彼女は数年後に、大聖女に推薦されたけれど、他の聖女を推薦してのらりくらりとにげ回る事になった。
大聖女はもうこりごり、と。
直接彼女に聞かなくても分かるくらいの表情だった。
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