魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和

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 こうして私は晴れてシャロンを補佐することになった。

 クビになることなく、それどころか昇進し、新たな役職である魔法使い補佐まで与えられた。

 字面だけ見れば喜ぶべきだが、これでは実質的な厄介払いだ。しかし軍が合ってなかったというのは事実だった。

 私はスイーツ店の外にあるダイニングエリアで溜息をついた。

 悲しめばいいのか、喜べばいいのか。一晩経っても答えは出ない。

 だが事件の関係者ほぼ全員が自由を失ったことに比べればこうして外に出て紅茶を飲めるだけでも幸せに思わないといけないのだろう。

 なによりローレンスはしばらくどころか一生自由を失った。これからなにをさせられるかは分からないが普通の幸せとは縁遠い人生を送るはずだ。それは彼にとっては幸せなのかもしれないが、そう感じること自体がとても悲しい話だった。

 そして私は私であの後、王から呼び出され、新たな任務を仰せつかっている。その任務とは――

「フレデリックにはなんて言われたの?」

 シャロンに尋ねられ、私は顔をあげた。

「え? いえ、なにも言われては」

 シャロンはクスリと笑った。

「と言うことは呼ばれはしたのね」

「……あ」

 やられた。会ったのになにも言われてないは無理がありすぎる。

 シャロンはスプーンで紅茶を一混ぜした。

「そうね。考えられるのは二つ。まずはわたしに兵器の暗号を解かせろと言われたんでしょうね。見た限りあの設計図は完成していたわ。だけど肝心なところは術者にしか分からないよう暗号化もされていた。本物のシモンは相当な手練れだから簡単に解ける暗号は使わないはず。おそらく解けるのは彼より優秀な魔法使いだけ。この国で該当するのはわたしくらいなものでしょうね。まあ、兵器なんて物騒な物を使えるようになんてしてあげないけど。せいぜいブラフを張ってるがいいわ」

 シャロンは意地悪そうな笑みを浮かべ、スイーツを口に運んだ。

 この人には私の心が読めるみたいだ。それを改めて理解した。

「分かってましたか……。ならもう一つの方も……」

「そちらが今回の本題でしょうね。おそらく不老不死の秘密を探れとか言われているんでしょう? 兵器の暗号を解くことと不老不死の秘密を聞き出す。このどちらかができたらローレンスを解放してやるというのが交換条件かしら」

 そんなことまで見通しているとは……。

 王からは今言われた通りのこと指示された。そして私は了承したのだ。また溜息が出る。

「あなたに対して隠し事をするのは無駄なようですね。でもどうして王が不老不死を求めていると?」

 シャロンはやれやれと肩をすくめる。

「べつに。よくあることよ。どれだけ立派な人間も死には抗えない。歳を取り、人生の終わりが見えてくると誰だって不老不死がほしくなるものだわ。そもそも王家に協力的な魔法使いはたくさんいるのに、その中でもわたしを選ぶ理由があるとすれば事件を解いてもらいたいだけではないはずでしょ? 不老不死の秘密を得たいという下心がなければわざわざわたしを選ばないわ」

「なるほど。呼ばれた時点でこうなることはお見通しだったわけですね」

「まあね。既に息子が実権を握っていたことから、アンナが何らかの病気になっている可能性は高いわ。でもわたしの性格を知ってるから教えるわけがないと分かっているはずよ。プライドも高いし、なにより魔法嫌いだから。でも不老不死になる方法は知りたい。なら間接的に暴き出す以外ないじゃない。きっと城のどこかでわたしを見ていたんでしょうね。城内で魔法を使えばそういうことに不寛容なアンナが出てくるかと思ったんだけど、歳を取って随分丸くなったみたい。出てきたら一言言ってやるつもりだったのに」

 晩餐会でいきなり魔法を連発していたのはそんな理由があったのか。まさか前王女への挑発だったとは。

 そう言えば最初にシャロンが城に来た時、誰も彼女を止めなかった。しかしたしかに視線は感じた。

 それならあの時、城の者達に手出しするなと命令した人がいるはずだ。王は会いたがっていなかったから違うとして、そうなるとそんな命令を出せる人は限られる。それが元女王なら納得できた。

 シャロンはタルトをぱくりと食べた。そして嬉しそうにはにかむ。

 私は最も疑問に思っていたことを聞いてみた。

「……じゃあなんで私を選んだんですか?」

「アンナが本気でわたしを狙っているならフレデリックにこう命じているはずよ。わたしがスパイに狙われていることにして護衛をつけろとね。まあ護衛という名の見張りでしょうけど。断っても目的のためにしつこく言ってくるはず。最悪なんらかの脅しをすることも考えられるわ。断れば面倒なことになる。それなら少しの間とはいえ、知っている人をこちらから選らんだ方がいいと思ったのよ」

「たしかにあの人の母君ならやりそうだ」

「あとは……」

 シャロンはフォークを持ったまま恥ずかしそうに上目遣いで私を見た。

「……だ、抱っこが上手かったから」

 思ってもない理由に私は苦笑した。

「上達しましたか?」

「そ、そうね。最初よりは随分上手くなったわ。これからも精進しなさい」

「かしこまりました」

 これも仕事だ。世界中探してもこんな仕事はないだろうけど。

 ローレンスも言っていた。しがみつけと。軍に居続ければそれが彼の為にもなるかもしれない。ローレンスが自分を犠牲にしてまで守った国だ。おいそれと手放せない。

 私が黙り込むとシャロンは気まずそうにした。

「その……あの時のことは気にしないでいいのよ」

「あの時? ……ああ、電話の時ですか。まあ私はローレンスと仲が良かったですし、警戒するのも仕方ないですよ」

「そうね……。だけどもう少しあなたを信じるべきだったのかもしれないわ。そこはその、ごめんなさい」

 あのシャロンが謝った。こんなことは初めてだ。

 どうやらそれなりに気にしていたらしい。こういうところは王と違う。あの人が求めるのは結果だけで人の心などお構いなしだ。

 なら甘い私にはこちらの方が向いているのだろう。

 私はハンカチを取りだし、シャロンの口を拭いた。

「ついてますよ」

 シャロンは意外そうにしたあと、はにかんだ。

「ありがと。さあ。これを食べたら大佐が言っていた甘味堂にも行ってみるわよ」

「お供しますよ。どこまでも」

 こんな私でも必要としてくれる人がいる。そのことがただ嬉しかった。

 お皿いっぱいのスイーツを食べ終わると、私はシャロンを抱っこし、次の店に向かう。

 いつかこの人の見ている世界が見られたら。そんな希望を胸に抱いて。
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