魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和

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 それにしてもこんな時に晩餐会とは。

 それもこんなに豪華な催しだなんて想像もしてなかった。シャンデリアは輝き、シャンパンがグラスに注がれ、豪華な料理が並べられた立食パーティーだ。

 城内の会場に招待された私の体は硬くなっていた。

 一体ここでなにをするのだろうか?

 その疑問もすぐに吹き飛んだ。古城にいるはずの魔法使い達と軍の関係者。そしてローレンスとその部下であるマイロ少尉とジャスパー軍曹がやってきたのだ。

 私は驚きながらローレンスに近づき、尋ねた。

「どういうことだ……? 古城から出さないんじゃないのか?」

「分からない。王の使者と名乗る者がやってきて半ば強引に我々をここに連れてきた。自分は命令に従っただけだ」

 どうやらローレンスも困惑しているみたいだ。それは後ろにいる魔法使いや軍の関係者達も同じで、壁際で彼らを静かに見張る護衛達だけが冷静だった。

 いや、落ち着いているのはもう一人いる。

「ねえ。あのパンケーキを取って。クリームを落とさないでよ?」

 シャロンは私の軍服を引っ張り、テーブルの上に置かれたパンケーキを指さす。

「ほら。早くしないと誰かが取っちゃうかもしれないわ」

 どうやらシャロンはこの状況よりパンケーキの方が優先順位が高いらしい。私は小さく嘆息して皿とフォークを手にパンケーキを取り分けた。

「どうぞ」

 ベリーとクリームに目を輝かせるシャロンへと皿を渡した時だった。

 晩餐会の空気が変わった。ほとんどの者が会場の奥を見つめる。シャロンはおいしそうにパンケーキを頬張り、私はほっぺについたクリームを拭き取ってからそちらを見た。

 王がいた。豪華な衣装に身を包み、マントと王冠という分かりやすい格好で。

 にもかかわらずシャロンの視線はテーブルに向かう。

「あ。あっちのプリンも取ってちょうだい」

「え? いや、でも……」

 王とプリン。私はどちらを選べばいいのか?

 普段ならすぐに分かる問題も混乱すると分からなくなる。

 結論から言うと私はプリンを選び、そして王がこちらにやってきた。

 王はシャロンを見下ろすと楽しそうに笑った。

「こんばんは。ミスシャロン。事の顛末を聞きにやってきました」

「そう。どうでもいいけどそれ、似合ってないわよ」

 シャロンは王の被る王冠を見ながらプリンを食べていた。王は笑って王冠を持ち上げた。

「そうですか? 王様が来たぞーって演出にぴったりだと思ったんですけどねえ」

「そんなシンボルに価値なんてないわ。実力主義者とは思えない発想ね」

 王は笑って自分の額を叩いた。

「これはやられました。その通り。僕が求めているのは結果だけです」

 王はシャロンに顔を近づけるとその笑みに凄みが加わった。

「それはもちろん。あなたに対しても」

 するとシャロンも不敵に笑った。

「あらそう。偉くなったわね」

「ええ。偉くなりました。なにせこの国の王ですから」

 王は笑いながら両手を広げた。

 格と言うのか、オーラと言うのか、よく分からないが分厚い威圧感のようなものを感じる。大型の獣が威嚇しているみたいで側にいるだけで緊張した。

 だがそういうものが効かない人もいる。シャロンは涼しげな顔で頬にカラメルソースを付けていた。王が虎ならシャロンはそれを猫に変える魔法使いだ。

 王は苦笑して肩をすくめると王冠とマントを従者に渡した。

「まあ、威厳を保つためのあれこれはここまでにしておきましょう。僕が聞きたいのはただ一つ。『奇術師』シモン・マグヌスを殺した者は誰なのかです」

 シャロンは再び私に頬を拭かせると自信たっぷりな笑みを浮かべた。

「知りたい?」

「もちろん」

「なら約束は守ってもらうわよ」

「どうぞ。お好きなものを持っていってください。別れの儀式は済ませましたから」

 そう言いながらも王は名残惜しそうだった。国宝級の美術品を取られればそう思うのも無理はない。

 シャロンは「よろしい」と満足そうだ。一体なにを選ぶつもりだろうか? なんにせよ国にとっては多大な損失となりそうだ。

 シャロンはローレンスに尋ねた。

「あれは持ってきた?」

「はい。全員分あります」

「そう。あとで指示するからいつでも出せるようにしておいて」

「分かりました」

 ローレンスは頷くが私にはあれがよく分からない。
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