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 私はシャロンを抱っこして砂浜を歩いた。

 一歩ごとに足が沈み、革靴の中に砂が入る。シャロンは無言で髪を押さえて海の向こうを眺めていた。

 天気も晴れて美しい景色だった。だが私の心は曇ったままだ。

 猫と喋ってなにが分かる? たとえなにかが分かったとしても証人として連れてくることはできない。シャロンはただあのカチューシャを使ってみたかっただけじゃないのか?

「やっぱりあのカチューシャは世紀の大発明ね」

 シャロンがボソリとそう言うと私は益々不安になった。

 砂浜を岬の方に歩いて行くと磯にぶつかった。シャロンは私から降りるとそこをてくてくと歩いて行く。

「滑ると危ないですから気を付けてください。さっき会った漁師もここらは海流が速いから落ちると大変だと言ってましたし」

「大丈夫よ。いざとなったら飛ぶから」

 そんなこともできるのか。まったくなんでもありだな。

 一人になった私は足下を横切るカニを見つけて昔を懐かしんだ。

 海なんていつぶりだろう。最後に来たのが士官学校の夏休みだから十年近く来ていない。

 あの頃はつらかったが同時に楽しかった。教官にしごかれ、罵倒されて涙を流し、そして仲間と慰め合う。自分の生い立ちや夢を語り合い、たまの休みに仲間同士で遊びに出る。金欠だからろくに買い物もできないが仲間と一緒にいるだけで楽しかった。

 その仲間達とも離ればなれになり、それどころか私は軍をクビになろうとしている。

 だがたとえクビになってもあの思い出さえあればどうにかやっていける気がした。それだけ大事なものを私は学び、共有したのだから。

 そもそも私は性格的に軍と合っていない気がする。仲間からも優しすぎるとよく言われた。自分でそう思ったことはないが、前線で人を殺せと言われたら躊躇するだろう。

 だから士官になり、比較的安全な中央での勤務を望んだと言うのに。

 どうしてこうなったんだろうか? 私がなにかミスをしたのか?

 いや、違うな。私はなにも成し遂げなかった。だからその報いを受けている。

 そこまで考え、私は小さく嘆息した。

 ああ。ダメだ。まだ終わってないのに気が抜けてしまう。

 海はいつだって人の心を裸にさせる。波の音がそうさせるのだろうか。それとも潮の香り? あるいはこの自由を感じさせる風のせいか?

 なんにせよもうすぐ日が暮れる。今から古城に戻ってもできることは限られるだろう。

 万策尽きた。なら今考えるべきはこれからどう生きるかだろう。

 出世の道が絶たれた軍で細々とやっていくか、それとも別の道を探して生きるか。

 私は……なんだ? なにができる? なんの価値がある?

 情けなくなって小さく溜息をつくとシャロンが戻ってきた。

 私はもうなにもかもどうでもよくなっている。そのせいか怒りも不安も湧いてこない。

 穏やかな気持ちで私は聞いた。

「なにか見つかりましたか?」

 シャロンは少し高い岩にジャンプして私と目線の高さを揃える。

 そして私に小さな手を伸ばすと柔和に微笑んだ。

「ええ。これで事件は解決できるわ」
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