上 下
44 / 60

44

しおりを挟む
 ホテルで夕飯を取るとフロントから連絡があった。

 行くとローレンスが届けさせた紙袋が預けてある。私はそれを受け取りシャロンの部屋に向かった。ドアをノックすると「入って」と声が聞こえた。

 恐る恐る入室すると部屋の奥からなにやらゴリゴリというイヤな音が聞こえた。

 今度はなにが始まるんだとげんなりしながら奥に進むと白い頭巾を頭に巻き、腕まくりしたシャロンがローテーブルの上にすり鉢を置いてなにかを砕いている。

 なぜだか祖母がクッキーを作っているところが思い浮かんだ。

 私はテーブルに紙袋を置いて尋ねた。

「なにをしてるんですか?」

「なにに見える?」

「……魔法の薬かなにかを作っているとか?」

「呆れた。あなたの頭には魔法しかないのね」

 そう言えば実験と言っていたな。でもなんの実験だ?

「それは?」

「死体に付いていた破片よ。量が少なかったから魔法で複製したの。これくらいの魔法使用ならいいでしょ?」

「ダメと言っても聞かないでしょう?」

 シャロンはフフッと笑って「分かってるじゃない」と楽しそうにした。

「それでその粉からなにが分かるんですか?」

「予想が合っているかが分かるわ」

「予想?」

「どうやってシモン・マグヌスが殺されたかよ」

 私は驚いた。

「それがこれで分かるんですか?」

「さあ、かもしれないってだけよ。ほら、中身を出して」

 私は紙袋の中身を取りだした。入っていたのは子供が化学の時間に使うような簡単な実験道具だ。リトマス紙に石灰水。そう言えばこんなのを学校で使ったなと懐かしくなる。

「水を汲んでリトマス紙に付けて」

 シャロンに言われ、私はコップに水を注ぎ、リトマス紙に付けた。

「色は?」

「変わりません」

「そう。よかった。じゃあその水にこれを混ぜて」

 シャロンはすり鉢を渡した。中には白い粉が入っている。私は言われた通り水に粉を入れた。

「もっとよもっと。全部入れて」

「はい」

 こんなことでなにが分かるんだ? 私は怪しみながらも粉を集めて水に入れた。

「かき混ぜて」

 指でするのもどうかと思い、私は紙袋に入っていたガラスの棒を取りだした。

 グルグルと回すと粉が水に溶けていく。それを見てシャロンは言った。

「もういいわ。リトマス紙を付けてみて」

 私がまたリトマス紙を一枚手に取りコップに入れた。

 すると赤いリトマス紙が青く変わった。

「色が変わりました。ええと赤が青くなったから……」

「アルカリ性でしょ」

 シャロンは呆れ、そして目を細めた。

「やっぱりそうなのね」

 悲しげな、それでいて興味深そうな微笑だった。

 しかし私にはなにがなんだか分からない。

「えっと……。なにが分かったんですか? あ。凶器がなにか分かったとか?」

「死体に付いていた破片がアルカリ性だってことが分かったでしょう」

「いや、それは分かるんですが……」

「それが分かれば十分なのよ。少なくとも明日の予定は決まったわ」

 そう言うとシャロンは可愛らしくあくびをした。

「今日はもう疲れたから寝るわ。マッサージはいいからあなたも休みなさい」

「はあ……」

 私は釈然としなかったが、それ以上は深く追求しなかった。してもシャロンはなにも言わないだろう。まだ確信は持ててないからだ。だが真実には近づいている。

 その夜、私は眠くなるまで自室のベッドで青くなったリトマス紙を思い出しながら彼女の視界を想像していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

名探偵あやのん(仮)

オヂサン
ミステリー
これはSAISONというアイドルグループのメンバーである「林あやの」さんと、その愛猫「タワシ」をモデルにした創作ナゾトキです。なお登場人物の「小島ルナ」も前述のSAISONのメンバー(正確には小島瑠那さん)です。 元々稚拙な文章の上、そもそもがこのSAISONというグループ、2人の人となりや関係性を知ってる方に向けての作品なので、そこを知らない方は余計に???な描写があったり、様々な説明が不足に感じるとは思いますがご容赦下さい。 なお、作中に出てくるマルシェというコンカフェもキャストも完全なフィクションです(実際には小島瑠那さんは『じぇるめ』というキチンとしたコンカフェを経営してらっしゃいます)。

真理の扉を開き、真実を知る 

鏡子 (きょうこ)
ミステリー
隠し事は、もう出来ません。

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

有栖と奉日本『ミライになれなかったあの夜に』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第八話。 『過去』は消せない だから、忘れるのか だから、見て見ぬ振りをするのか いや、だからこそ―― 受け止めて『現在』へ そして、進め『未来』へ 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

真実【完結】

真凛 桃
恋愛
自分のせいで事件に巻き込まれた彼女を守るため、命懸けの決断をするイケメン俳優。だが、それがきっかけで2人は別れることに… それから3年後。イケメン俳優は新たな真実を知ることになる。2人の行方は……

わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ
ミステリー
あのイケメンが捜査官? 話せば長~いわけありで。 もしあなたの同僚が、潜入捜査官だったら? こんな人がいるんです。 ホークは十四歳で家出した。名門の家も学校も捨てた。以来ずっと偽名で生きている。だから他人に化ける演技は超一流。証券会社に潜入するのは問題ない……のはずだったんだけど――。 なりきり過ぎる捜査官の、どっちが本業かわからない潜入捜査。怒涛のような業務と客に振り回されて、任務を遂行できるのか? そんな中、家族を巻き込む事件に遭遇し……。 リアルなオフィスのあるあるに笑ってください。 主人公は4話目から登場します。表紙は自作です。 主な登場人物 ホーク……米国歳入庁(IRS)特別捜査官である主人公の暗号名。今回潜入中の名前はアラン・キャンベル。恋人の前ではデイヴィッド・コリンズ。 トニー・リナルディ……米国歳入庁の主任特別捜査官。ホークの上司。 メイリード・コリンズ……ワシントンでホークが同棲する恋人。 カルロ・バルディーニ……米国歳入庁捜査局ロンドン支部のリーダー。ホークのロンドンでの上司。 アダム・グリーンバーグ……LB証券でのホークの同僚。欧州株式営業部。 イーサン、ライアン、ルパート、ジョルジオ……同。 パメラ……同。営業アシスタント。 レイチェル・ハリー……同。審査部次長。 エディ・ミケルソン……同。株式部COO。 ハル・タキガワ……同。人事部スタッフ。東京支店のリストラでロンドンに転勤中。 ジェイミー・トールマン……LB証券でのホークの上司。株式営業本部長。 トマシュ・レコフ……ロマネスク海運の社長。ホークの客。 アンドレ・ブルラク……ロマネスク海運の財務担当者。 マリー・ラクロワ……トマシュ・レコフの愛人。ホークの客。 マーク・スチュアート……資産運用会社『セブンオークス』の社長。ホークの叔父。 グレン・スチュアート……マークの息子。

そして誰かがいなくなった

八代 徹
ミステリー
ある満月の夜に、一人のメイドが姿を消した。 だが他のメイドたちは、もともとそんな人物はいなかったと主張する。 誰がいなくなったかも気づかぬまま、一人、また一人と彼女たちは姿を消し……。

処理中です...