魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和

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 気のせいかシャロンから余裕が感じられなくなっていた。

 抱っこすると体温が伝わる。それが少しだが低いような気がした。

 しかし気持ちはよく分かった。

 もしアーサーとルイス少佐が共犯なら少佐には逃げられたことになる。

 犯罪の証拠がなければアーサーを起訴することも難しいだろう。私としてもあの男がそんな大それた犯罪を起こすとは思えないが、もしかしたら裏では悪い男なのかもしれない。

 だとしたらやはりルイス少佐が犯人なのか。

 もし犯人なら主犯なのか? それとも共犯なのか?

 新しく入った情報だと、ローレンスの部下が送った駅ではルイス少佐を見た者はいなかった。となると逃亡は列車以外の移動手段を用いた可能性が高い。

 さらに給仕の話ではルイス少佐は部屋に入ってから一度も外に出てこなかったらしい。ルームサービスも全て無視だ。

 おそらく密室殺人や逃亡のための準備をしていたのだろう。犯行が深夜ならそれに合わせて昼は寝ていた可能性もある。

 あの密室は簡単には作れない。大掛かりな仕掛けが必要なら誰かを中に入れたり、ドアを開けて覗かれたりするのを嫌がるのは当然だった。

 部屋には痕跡一つ残していない点から考え、念入りに練られた計画なのだろう。

 真実はどうなのか。それを知る術は少佐を捕まえるしかない。しかしその少佐は今頃イガヌかどこかの国に亡命し、名前も経歴も変えて別の人間として生きるための準備をしているだろう。

 そんな人間をどうすれば捕まえられるというのか? 私にはさっぱり分からなかった。

 唯一の手がかりはルイス少佐の上の部屋にいるアーサーだけだが、会って話してみると反応は悪かった。

「ルイス少佐? 誰それ?」

「魔法反対派の軍人です」とローレンスは簡潔に説明した。「今し方容疑者に挙がり、その少佐はあなたの部屋の下に泊まっていました」

「うん。で?」

「その……、お知り合いではないかと思って……」

「知らないよそんな人」アーサーは明らかに不機嫌だった。「大体さ。この部屋は僕が決めたわけじゃないんだよ? なのにたまたま下の階の人が怪しいからって僕を疑う? ちょっとおかしいんじゃない?」

 たしかに部屋を指定したのはアーサーではない。ルイス少佐も含め、警護側が勝手に決めたのだろう。

 ならルイス少佐は単独犯か? だがそれだとどうやって三階に辿り着くことができる?

 まさか少佐も魔法使いだった……なんてことはないだろう。我々軍人は入隊の際に魔力適正を調査される。これは古くからの風習で魔法使いを軍に入れないためだ。

 今では時代錯誤だと見直しが叫ばれているが昔はそれだけ魔法使いを警戒していた。だから少佐が魔法使いであることはまずないと言っていい。

 あの密室で魔法が使われていないとは言え、あそこ以外でも使わずに犯行を成立させるのは不可能だ。

 ならやはりアーサーが怪しく思える。それこそ魔法を使えば部屋が真下になくてもどうにかなるんじゃないのか? だが偶然互いに上下となり、運良く魔法を使わず部屋に迎え入れた。

 そう考えたのは私だけではないようだ。ローレンスが気になる情報を出してきた。

「本当に面識がないんですか? ルイス少佐が所属する基地はビックスロープにあります。あなたの店がある街です」

 なるほど。それなら面識があってもおかしくない。予め打ち合わせしておけばあらゆる場面に対応できる。

 怪しむには十分の情報に思えたが、アーサーは顔をしかめた。

「あのさ。あの街に一体どれくらいの人がいると思う? ナルンの次に大きな都市だよ? 軍人だってたくさんいるし、同じ街に住んでるからって面識なんてないって。え? もしかして同じ街に住んでるからって疑われてるの?」

「……いえ。ただの確認です」

「だといいけど」

 アーサーは腕を組んでムッとした。そして私に抱かれて大人しくしているシャロンを見て不思議がった。

「あれ? どうしたの?」

「……べつに。ちょっと疲れただけよ」

 シャロンはそう言うと面倒そうに顔を私の胸に押しつけた。

「ねえ。君も言ってあげてよ。そんなことで疑われたら全員が犯人になっちゃうよ」

「……そうね。その可能性も考えていたわ。魔法使い全員が犯人だという可能性も」

 私達は目を見開いた。まさかそんなことを考えていたとは。

 たしかにそれなら口裏を合わせることも可能だし、互いに互いをかばい合うこともできる。同じフロアの魔法使いから決定的な証言が出てきていないのも納得できた。

 しかしその可能性はルイス少佐という存在のせいで完全に消え失せたようだ 

 シャロンは嘆息して目を瞑った。

「だからわたしは誰も外に出さなかった。証拠を持ち出させないためにね。なのに知らない間に脱出した人物がいるなんて……。また一からやり直さないといけないわ。なので今のわたしは憂鬱なの」

「あー……。そうなんだ……」アーサーはなんとも困っていた。「疑われてたのは心外だけど、気持ちは分かるよ。イケると思ってたレシピがいまいちだったって感じでしょ? 実際にやってみると瑕疵が見つかってダメだった。料理にもよくあるんだあ。食べてみるまで分からないってことが」

「……わたしの推理とあなたの料理を一緒にしないで」

 そう言うとシャロンは不機嫌そうにアーサーを睨んだ。アーサーは肩をすくめる。

「とにかく僕はルイスなんて男は知らない。本当かどうか確かめたいなら店の従業員でも軍の関係者でも聞き込みしておいでよ。大体こういうのはその少佐を捕まえてから来るべきでしょ? 失礼しちゃうなあ」

 アーサーが呆れるのも分かる。結局はどれも推論でしかなく、決定的な証拠はまだない。

 唯一分かったのはルイス少佐が事件の鍵を握っているということだが、彼を見つけるのは至難の業だ。

 王は犯人が逃げたと言って納得してくれるのだろうか?

 まず間違いなくローレンスは責任を取らされるだろう。客人を殺されただけでなく、犯人を逃がしてしまったのだから免職は免れない。

 私としても犯人を連れてこいと言われているのでなんらかのペナルティーは受けるはずだ。少なくとも評価は下がり、出世の道は絶たれるだろう。クビもあり得る。

 アーサーの部屋をあとにした私は天井を見上げて呟いた。

「これはいよいよ本気で再就職を考えないとな……」

 それを聞いてローレンスは嘆息した。

「責任は取るさ。任じられれば前線で塹壕掘りでもなんでもする。それがこの国のためになるなら本望だ。だがもしクビになったら実家に帰って家業を手伝うよ。せっかく士官学校に行かせてくれた両親にせめてもの恩返しだ」

「そうか。実家はなにをやってるんだ?」

「タンウェブっていう田舎町でドーナツ屋をやってる。もし来てくれたらサービスするよ」

 そう語るローレンスの背中には覚悟と哀愁が漂っていた。

「やることがあっていいな。私にはなにもない」

「ならしがみつけ。きっとお前はクビにはならない。しがみつきさえすればいつかチャンスは訪れるだろう」

「……だといいけどな」

 俯くとそこには不満そうなシャロンの顔があった。

 シャロンは自分の足で絨毯の上に立つと腰に手を当てて私達を睨んだ。

「さっきから聞いていれば二人とも失礼ね。それだとわたしが犯人を捕まえられないみたいじゃない」

「みたいと言うか……。なあ?」

 私がローレンスに同意を求めると「厳しいだろうな」と返事をした。

 シャロンはむっとして歩き出した。

「まだルイスって奴が犯人と決まったわけじゃないわ。ならやれることをすべきよ」

「と言うと?」

「もう一度シモンの部屋に行ってみましょう。なにか手がかりがあるかもしれないわ」

 そう言うとシャロンは隣にあるシモン・マグヌスの部屋へと歩いていった。
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