29 / 60
29
しおりを挟む
魔法使いは嘘つき。
それは分かっていたつもりだったが、まさか実力自体を偽っていたとは。
あのあとアーサー・スコットは「あくまで可能性の話だけどね」と言っていたが、話を聞く限り予想は間違ってないように思える。
しかしシャロンはその可能性を捨ててなかった。
「あなたを陥れるため惚けた可能性もあるわね。あるいはきちんと魔方陣を見てなかったのかも。なによりその話自体が嘘で自分が犯人であることを気付かれないようにしているだけかもしれないわ」
アーサーは反論したが、疑いを解くことは最後までできなかった。
当然だ。なにを話そうと分かっている限りではアーサーが最後にシモンの部屋を訪れた魔法使いなのだから。
しかし彼の話が本当なら益々厄介なことになる。
今まではシモン・マグヌスが飛び抜けた実力を持つ魔法使いだったから殺す理由があった。しかし彼がただの老人ならどうして殺さないといけないのだろうか?
遅かれ早かれみんなが気付いただろう。そしたらただ追放すればいいだけで殺す必要なんてありはしない。
しかしシモン・マグヌスは殺された。ただのペテン師をわざわざ密室を作ってまで排除する理由がどこにある?
「…………一体なんなんだ。この事件は……」
聞き込みが一段落すると私達は古城を離れ、首都で最も豪華なホテルで夕食を取っていた。並べられた最高級のご馳走もこんな気持ちじゃ楽しめない。
しかし隣に座るシャロンはまったくそんなことはなさそうにシャンパンの入ったグラスを持って香りを楽しんでいた。
「さすがはホテルエンペラー。置いているお酒も超一流ね」
シャロンはそう言うとシャンパンを飲み、おいしそうには微笑んだ。
ここが個室でよかった。そうでなかったら子供に飲酒をさせていると思われ、私は白い目で見られていただろう。
ローレンスは仕事があるからと古城に残っている。容疑者と言えど残りの魔法使いも立派な客人だ。これ以上の殺しがないとも限らない。犯人があの中に潜んでいるなら別の被害者が出る可能性はあるだろう。その警備も兼ねているみたいだ。
明日の朝に再び迎え来てもらう算段だが、私はもうあそこに行きたくなかった。
あまりにも不可解で不可思議。人と魔法使い、本当と嘘が混じり合ったあの古城はいるだけで頭が痛くなる。
まるで洞窟だ。出口に向かって奥へと向かっているはずがどんどんと枝分かれして行き、挙げ句の果てに今自分がどこにいるのかすら分からない。そんな気分だった。
少しずつクビが現実的になってきた。再就職、どうするか……。
頭を悩ませる私を気にするそぶりもなくシャロンはご機嫌そうにロブスターを食べる。
私は彼女の頬についたソースをナプキンで拭きながら少し皮肉を込めて言った。
「順調そうですね」
「まあね。悪くはないわ」
あまりの余裕に私はムッとした。
「今日が終われば明日と明後日しかありません。あと二日で犯人が見つかるとでも?」
「さあ。でもいくらだってやりようはあるわ」
「どういう意味ですか?」
「今は前に進めていているわ。そして進めなくなれば道を作ればいいだけよ」
道を作る? どういう意味だ? ますます分からなくなった。
それに私は全く前に進んでいる気分じゃなかった。むしろどんどん道を外れていっているみたいだ。
この人は本当にこの道で合っていると思っているのだろうか? 迷子になっているのを隠しているだけじゃないのか?
なにせ魔法使いは嘘つきだ。
「疑ってるって顔に出てるわよ」
シャロンに言われ、私はハッとして平常心を取り戻した。たとえ嘘をついていたとしても、今の私が頼れるのはこの人だけだ。なら疑っても意味がない。
シャロンはフッと笑った。
「まだ二日も残ってるのよ? 焦るのは早いわ。情報を得て、考え、実行する。何度も言っているけどやれることはそれだけなんだから。焦って観察も思考も推察も行動も疎かになれば待っているのは失敗のみよ。今のあなたは闇雲に手を動かしてなにかをやっている気分になりたいだけ。そんなこといくらやっても無駄よ。分かったらお酌をなさい」
シャロンは空になったグラスを私に向けた。私は渋々シャンパンを注いだ。
私だって自分だけのためならこれだけ焦りはしない。むしろこんな難事件を解くことなど無理だととっくに諦めているだろう。
しかし一緒に苦楽をともにした同期の命運がかかっているとなればそうはいかない。なにかしてやれることはないかと思うのは当然だ。
私の気持ちもよそにシャロンはシャンパンを飲むと笑顔になり顔をほんのり赤くした。
それは分かっていたつもりだったが、まさか実力自体を偽っていたとは。
あのあとアーサー・スコットは「あくまで可能性の話だけどね」と言っていたが、話を聞く限り予想は間違ってないように思える。
しかしシャロンはその可能性を捨ててなかった。
「あなたを陥れるため惚けた可能性もあるわね。あるいはきちんと魔方陣を見てなかったのかも。なによりその話自体が嘘で自分が犯人であることを気付かれないようにしているだけかもしれないわ」
アーサーは反論したが、疑いを解くことは最後までできなかった。
当然だ。なにを話そうと分かっている限りではアーサーが最後にシモンの部屋を訪れた魔法使いなのだから。
しかし彼の話が本当なら益々厄介なことになる。
今まではシモン・マグヌスが飛び抜けた実力を持つ魔法使いだったから殺す理由があった。しかし彼がただの老人ならどうして殺さないといけないのだろうか?
遅かれ早かれみんなが気付いただろう。そしたらただ追放すればいいだけで殺す必要なんてありはしない。
しかしシモン・マグヌスは殺された。ただのペテン師をわざわざ密室を作ってまで排除する理由がどこにある?
「…………一体なんなんだ。この事件は……」
聞き込みが一段落すると私達は古城を離れ、首都で最も豪華なホテルで夕食を取っていた。並べられた最高級のご馳走もこんな気持ちじゃ楽しめない。
しかし隣に座るシャロンはまったくそんなことはなさそうにシャンパンの入ったグラスを持って香りを楽しんでいた。
「さすがはホテルエンペラー。置いているお酒も超一流ね」
シャロンはそう言うとシャンパンを飲み、おいしそうには微笑んだ。
ここが個室でよかった。そうでなかったら子供に飲酒をさせていると思われ、私は白い目で見られていただろう。
ローレンスは仕事があるからと古城に残っている。容疑者と言えど残りの魔法使いも立派な客人だ。これ以上の殺しがないとも限らない。犯人があの中に潜んでいるなら別の被害者が出る可能性はあるだろう。その警備も兼ねているみたいだ。
明日の朝に再び迎え来てもらう算段だが、私はもうあそこに行きたくなかった。
あまりにも不可解で不可思議。人と魔法使い、本当と嘘が混じり合ったあの古城はいるだけで頭が痛くなる。
まるで洞窟だ。出口に向かって奥へと向かっているはずがどんどんと枝分かれして行き、挙げ句の果てに今自分がどこにいるのかすら分からない。そんな気分だった。
少しずつクビが現実的になってきた。再就職、どうするか……。
頭を悩ませる私を気にするそぶりもなくシャロンはご機嫌そうにロブスターを食べる。
私は彼女の頬についたソースをナプキンで拭きながら少し皮肉を込めて言った。
「順調そうですね」
「まあね。悪くはないわ」
あまりの余裕に私はムッとした。
「今日が終われば明日と明後日しかありません。あと二日で犯人が見つかるとでも?」
「さあ。でもいくらだってやりようはあるわ」
「どういう意味ですか?」
「今は前に進めていているわ。そして進めなくなれば道を作ればいいだけよ」
道を作る? どういう意味だ? ますます分からなくなった。
それに私は全く前に進んでいる気分じゃなかった。むしろどんどん道を外れていっているみたいだ。
この人は本当にこの道で合っていると思っているのだろうか? 迷子になっているのを隠しているだけじゃないのか?
なにせ魔法使いは嘘つきだ。
「疑ってるって顔に出てるわよ」
シャロンに言われ、私はハッとして平常心を取り戻した。たとえ嘘をついていたとしても、今の私が頼れるのはこの人だけだ。なら疑っても意味がない。
シャロンはフッと笑った。
「まだ二日も残ってるのよ? 焦るのは早いわ。情報を得て、考え、実行する。何度も言っているけどやれることはそれだけなんだから。焦って観察も思考も推察も行動も疎かになれば待っているのは失敗のみよ。今のあなたは闇雲に手を動かしてなにかをやっている気分になりたいだけ。そんなこといくらやっても無駄よ。分かったらお酌をなさい」
シャロンは空になったグラスを私に向けた。私は渋々シャンパンを注いだ。
私だって自分だけのためならこれだけ焦りはしない。むしろこんな難事件を解くことなど無理だととっくに諦めているだろう。
しかし一緒に苦楽をともにした同期の命運がかかっているとなればそうはいかない。なにかしてやれることはないかと思うのは当然だ。
私の気持ちもよそにシャロンはシャンパンを飲むと笑顔になり顔をほんのり赤くした。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
名探偵あやのん(仮)
オヂサン
ミステリー
これはSAISONというアイドルグループのメンバーである「林あやの」さんと、その愛猫「タワシ」をモデルにした創作ナゾトキです。なお登場人物の「小島ルナ」も前述のSAISONのメンバー(正確には小島瑠那さん)です。
元々稚拙な文章の上、そもそもがこのSAISONというグループ、2人の人となりや関係性を知ってる方に向けての作品なので、そこを知らない方は余計に???な描写があったり、様々な説明が不足に感じるとは思いますがご容赦下さい。
なお、作中に出てくるマルシェというコンカフェもキャストも完全なフィクションです(実際には小島瑠那さんは『じぇるめ』というキチンとしたコンカフェを経営してらっしゃいます)。
縁仁【ENZIN】 捜査一課 対凶悪異常犯罪交渉係
鬼霧宗作
ミステリー
【続編の連載を始めました。そちらのほうもよろしくお願いいたします】
近代において日本の犯罪事情は大きな変化を遂げた。理由なき殺人、身勝手な殺人、顔の見えぬ殺人――。常軌を逸脱した事件が日常の隣で息をひそめるような狂った世界へと、世の中は姿を変えようとしていた。
常人には理解できぬ思考回路で繰り返される猟奇事件。事態を重く見た政府は、秘密裏に警察組織へと不文律を組み込んだ。表沙汰になれば世の中が許さぬ不文律こそが、しかし世の中の凶悪事件に対抗する唯一の手段だったのだから。
その男の名は坂田仁(さかたじん)――。かつて99人を殺害した凶悪猟奇殺人犯。通称九十九人(つくも)殺しと呼ばれる彼は、数年前に死刑が執行されているはずの死刑囚である。
これは死刑囚であるはずの凶悪猟奇殺人鬼と、数奇なる運命によって対凶悪異常犯罪交渉係へと着任した刑事達が、猟奇事件に立ち向かう物語。
スナック【サンテラス】の事件奇譚に続く、安楽椅子探偵新シリーズ。
――今度は独房の中で推理する。
【事例1 九十九殺しと孤高の殺人蜂】《完結》
【事例2 美食家の悪食】《完結》
【事例3 正面突破の解放軍】《完結》
【事例4 人殺しの人殺し】《完結》
イラスト 本崎塔也
病院の僧侶(プリースト) と家賃という悪夢にしばられた医者
加藤かんぬき
ミステリー
僧侶サーキスは生き別れた師匠を探す旅の途中、足の裏に謎の奇病が出現。歩行も困難になり、旅を中断する。
そして、とある病院で不思議な医者、パディ・ライスという男と出会う。
中世時代のヨーロッパという時代背景でもありながら、その医者は数百年は先の医療知識と技術を持っていた。
医療に感銘を受けた僧侶サーキスはその病院で働いていくことを決心する。
訪れる患者もさまざま。
まぶたが伸びきって目が開かない魔女。
痔で何ものにもまたがることもできなくなったドラゴン乗りの戦士。
声帯ポリープで声が出せなくなった賢者。
脳腫瘍で記憶をなくした勇者。
果たしてそのような患者達を救うことができるのか。
間接的に世界の命運は僧侶のサーキスと医者パディの腕にかかっていた。
天才的な技術を持ちながら、今日も病院はガラガラ。閑古鳥が鳴くライス総合外科病院。
果たしてパディ・ライスは毎月の家賃を支払うことができるのか。
僧侶のサーキスが求める幸せとは。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
有栖と奉日本『ミライになれなかったあの夜に』
ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第八話。
『過去』は消せない
だから、忘れるのか
だから、見て見ぬ振りをするのか
いや、だからこそ――
受け止めて『現在』へ
そして、進め『未来』へ
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)
そして誰かがいなくなった
八代 徹
ミステリー
ある満月の夜に、一人のメイドが姿を消した。
だが他のメイドたちは、もともとそんな人物はいなかったと主張する。
誰がいなくなったかも気づかぬまま、一人、また一人と彼女たちは姿を消し……。
わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に
川喜多アンヌ
ミステリー
あのイケメンが捜査官? 話せば長~いわけありで。
もしあなたの同僚が、潜入捜査官だったら? こんな人がいるんです。
ホークは十四歳で家出した。名門の家も学校も捨てた。以来ずっと偽名で生きている。だから他人に化ける演技は超一流。証券会社に潜入するのは問題ない……のはずだったんだけど――。
なりきり過ぎる捜査官の、どっちが本業かわからない潜入捜査。怒涛のような業務と客に振り回されて、任務を遂行できるのか? そんな中、家族を巻き込む事件に遭遇し……。
リアルなオフィスのあるあるに笑ってください。
主人公は4話目から登場します。表紙は自作です。
主な登場人物
ホーク……米国歳入庁(IRS)特別捜査官である主人公の暗号名。今回潜入中の名前はアラン・キャンベル。恋人の前ではデイヴィッド・コリンズ。
トニー・リナルディ……米国歳入庁の主任特別捜査官。ホークの上司。
メイリード・コリンズ……ワシントンでホークが同棲する恋人。
カルロ・バルディーニ……米国歳入庁捜査局ロンドン支部のリーダー。ホークのロンドンでの上司。
アダム・グリーンバーグ……LB証券でのホークの同僚。欧州株式営業部。
イーサン、ライアン、ルパート、ジョルジオ……同。
パメラ……同。営業アシスタント。
レイチェル・ハリー……同。審査部次長。
エディ・ミケルソン……同。株式部COO。
ハル・タキガワ……同。人事部スタッフ。東京支店のリストラでロンドンに転勤中。
ジェイミー・トールマン……LB証券でのホークの上司。株式営業本部長。
トマシュ・レコフ……ロマネスク海運の社長。ホークの客。
アンドレ・ブルラク……ロマネスク海運の財務担当者。
マリー・ラクロワ……トマシュ・レコフの愛人。ホークの客。
マーク・スチュアート……資産運用会社『セブンオークス』の社長。ホークの叔父。
グレン・スチュアート……マークの息子。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる