上 下
19 / 60

19

しおりを挟む
 廊下の外に出たシャロンは珍しく私達に尋ねた。

「どう思った?」

 私は少々面食らったが率直に答えた。

「誠実な人だと思いました。少なくとも善人だと思います。でなければ自白剤を飲めるとは言えないでしょう。ここに持ってきたのだから効果には自信があるはずですし」

 ローレンスも頷いた。

「それに積極的に犯人を捕まえようとしていた気がします。でなければあんな風に自分の推理を話したりしないでしょうから」

 シャロンは呆れて肩をすくめた。

「そう思わせたいだけかもしれないわよ。彼は専門家だから自分がないと言えばそれを覆すのが難しいのを知っている。アーサーもあり得ないと断言することで自分を容疑者から外す算段かもしれないわ。ただ」

「ただ?」と私は聞き返した。

 シャロンは先ほどまでいた部屋のドアを見つめた。

「彼が善人だっていう意見には同意するわ。悪い人じゃない。だけどだから人を殺していないとは言い切れない。戦争と同じよ。人は正しいと思えば殺人も虐殺も厭わない。平和な世の中だと大量殺人は悪だけど、戦場だとそれは英雄になるのだから」

「それは……そうですが……」

「それに彼も部屋で魔法使っていたわ。コップや鞄から魔法痕が見えたもの。見えないところでは彼でさえ法律違反をしているということになる。まあ、普段から魔法使いがプライベートな空間で魔法を使うのは当たり前だから仕方がないけど」

 そんな。あんなに優しそうな紳士でも人が見てないところでは魔法を使うのか。となると彼も怪しく見えてきた。

 私が混乱しているとシャロンは告げた。

「坊や達も覚えておきなさい。主観や時代によって変わる価値観という名の狂気は思考を鈍らせるわ。いつの時代も頼りになるのは真理と論理。強く生きたいならこれらを求め、磨きなさい」

 いくつもの時代を過ごしてきたからの言葉なのだろう。

 私だって父とは価値観が合わない。祖父となれば尚更だ。時代時代に正義も悪も形を変えていく。

 なら正しさなどというものは悪行に目を瞑るための免罪符でしかないのかもしれない。

 しかし同時に我々軍人はそれがどれだけ悪だとしても上がやれと言えば従うものだ。理不尽さを飲み込み、間違いに目を瞑って任務をこなす。

 果たしてそれが私の求めていた正義なのだろうか?

 一度疑問を抱くとそれは毒のように体内を駆け巡った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

名探偵あやのん(仮)

オヂサン
ミステリー
これはSAISONというアイドルグループのメンバーである「林あやの」さんと、その愛猫「タワシ」をモデルにした創作ナゾトキです。なお登場人物の「小島ルナ」も前述のSAISONのメンバー(正確には小島瑠那さん)です。 元々稚拙な文章の上、そもそもがこのSAISONというグループ、2人の人となりや関係性を知ってる方に向けての作品なので、そこを知らない方は余計に???な描写があったり、様々な説明が不足に感じるとは思いますがご容赦下さい。 なお、作中に出てくるマルシェというコンカフェもキャストも完全なフィクションです(実際には小島瑠那さんは『じぇるめ』というキチンとしたコンカフェを経営してらっしゃいます)。

縁仁【ENZIN】 捜査一課 対凶悪異常犯罪交渉係

鬼霧宗作
ミステリー
【続編の連載を始めました。そちらのほうもよろしくお願いいたします】  近代において日本の犯罪事情は大きな変化を遂げた。理由なき殺人、身勝手な殺人、顔の見えぬ殺人――。常軌を逸脱した事件が日常の隣で息をひそめるような狂った世界へと、世の中は姿を変えようとしていた。  常人には理解できぬ思考回路で繰り返される猟奇事件。事態を重く見た政府は、秘密裏に警察組織へと不文律を組み込んだ。表沙汰になれば世の中が許さぬ不文律こそが、しかし世の中の凶悪事件に対抗する唯一の手段だったのだから。  その男の名は坂田仁(さかたじん)――。かつて99人を殺害した凶悪猟奇殺人犯。通称九十九人(つくも)殺しと呼ばれる彼は、数年前に死刑が執行されているはずの死刑囚である。  これは死刑囚であるはずの凶悪猟奇殺人鬼と、数奇なる運命によって対凶悪異常犯罪交渉係へと着任した刑事達が、猟奇事件に立ち向かう物語。  スナック【サンテラス】の事件奇譚に続く、安楽椅子探偵新シリーズ。  ――今度は独房の中で推理する。 【事例1 九十九殺しと孤高の殺人蜂】《完結》 【事例2 美食家の悪食】《完結》 【事例3 正面突破の解放軍】《完結》 【事例4 人殺しの人殺し】《完結》 イラスト 本崎塔也

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

真理の扉を開き、真実を知る 

鏡子 (きょうこ)
ミステリー
隠し事は、もう出来ません。

有栖と奉日本『ミライになれなかったあの夜に』

ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第八話。 『過去』は消せない だから、忘れるのか だから、見て見ぬ振りをするのか いや、だからこそ―― 受け止めて『現在』へ そして、進め『未来』へ 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

心臓

廃墟のアリス
ミステリー
8月10日僕は天使に会った。 親の約束を破り、学校をサボって歩き続けた僕が立っていたのは知らない森だった。 その森で僕が出会ったのは、とても綺麗な天使。 僕は天使に合うために、毎日森へ通う。 こうして、死にたい僕と死なせたくない君の長いようで短い日々が始まったんだ。

真実【完結】

真凛 桃
恋愛
自分のせいで事件に巻き込まれた彼女を守るため、命懸けの決断をするイケメン俳優。だが、それがきっかけで2人は別れることに… それから3年後。イケメン俳優は新たな真実を知ることになる。2人の行方は……

処理中です...