上 下
3 / 60

しおりを挟む
 大変なことになった。

 王室を出てからも私はその言葉を心中で繰り返していた。

 士官学校を出て五年。中尉となった今までも気苦労が多かったが、それら全て大したことのないように思えるほどだ。

 魔法使いにはこれまでも何度か会ったことがある。子供の時は街の祭りで見たし、士官学校では対魔法について学んだ。出会った魔法使いはどれも怪しげで歳を取った変わり者だった。おそらく今回もそのような人だと思う。

 しかし爆弾のような老婆とは一体どんな人だろう? 王が直々に頼むほどの関係なのだから怒らせれば私など造作もなく消し飛ぶに違いない。

 そうでなくても事件を解かなければ左遷は免れないのだ。一体どんな事件かは分からないが、この三日で私の人生は決定づけられるのは確実だった。

 従者の話では私がこの役に選ばれたのは数人の上官から推薦されたからだそうだが、その実誰なら損な役回りを押しつけてもいいかを話し合い、贄として差し出されたのだろう。

 実際私はこれといった特徴もない平凡な人間だ。そんな男に三日はあまりにも短すぎる。こうなれば王が呼んだ魔女とやらに私の命運を託すほかないだろう。

 私は大きく嘆息して言われた通り応接間で魔女を待っていた。

 置かれた鏡には黒髪の私が俯いているのが映っている。軍人というにはあまりに線が細い。これでも鍛えているのだが、ずっと筋肉は付かないままだった。だからこそ私は士官になったのだが、こんなことになるなら前線に出るべきだったのかもしれない。

 王室もそうだがどこもかしこも豪奢で目がチカチカした。椅子も机も見たことすらない高級品だ。頭上に煌めくシャンデリアだけで私の年収を軽く越えるだろう。

 それにしても女か……。正直得意ではない。むしろ苦手だ。なにせずっと軍という男社会で生きてきた。粗暴な男も苦手だが、気分屋の女は理解すらできない。

 一体どんなご婦人がやってくるのか。できれば優しげな老婆であればありがたいが。

「お見えになりました」

 ノックと共にドアが開き、老執事がそう言った。私はすぐに立ち上がり姿勢を正す。

 とにかく笑顔だ。女性にはそれがいいと昔同僚が言っていた。

 私はなんとか笑顔を作った。しかしそれは入ってきた女性を見て凍り付く。

「こちらがシャロン・レドクロス様でございます」

 従者から聞いてた名前が老執事の口から出た。だが、この姿はまったくの想定外だ。

 シャロンと呼ばれたその女性はどこからどう見ても少女にしか見えない。それもまだ小さい。百七十五センチの私が立つと腰くらいの高さに頭がある。

 長く綺麗な白銀の髪に切れ長の瞳。肌は白くて陶器のようだった。真っ赤なドレスには黒いフリルがあしらわれ、厚底のブーツと手袋が四肢を包んでいる様は子供が欲しがるドールみたいだ。先の曲がった赤い帽子をかぶり、ねじ曲がった杖を持っていなければ彼女が魔女だと気付くのは難しいだろう。

 シャロンは混乱する私を見上げ、値踏みするように眺めた。

 見られるとすぐにただの子供じゃないことが分かった。先ほど会った王とは違う緊張感がある。王より鋭く、分厚い。それにあてられ、私は身動きできないでいた。

「気が利かない子ね」

 シャロンはそう言って私を睨んだ。私は思わずハッとする。

「え、遠路はるばるご足労いただきありがとうございます」

「そう。遠かったわ。この体で移動するのはとても大変なの。なのにあなたは帽子も受け取らないし、椅子も勧めない。失礼にもほどがあるわ」

「申し訳ありません……。配慮が足りませんでした」

 私が頭を下げるとシャロンは呆れていた。そして辺りを見回す。

「フレデリックはどこ?」

 フレデリックとはルヒク三世のことだ。本名はルヒク・フレデリック・マルコ・ネルコという。

「お、王はここにはいません。私があなたのお世話を仰せつかりました」

 私がそう言うとシャロンの機嫌が更に悪くなる。

「あの馬鹿。人を呼びつけておいて出迎えもしないつもり? 王になったからってわたしに対してそんな振る舞いが許されると思っているなら大間違いだわ」

 シャロンは怒って廊下に出た。

「どちらに行かれるのですか?」

「決まってるでしょう。あの子のところよ」

 シャロンはそう言うと王室に向かって歩き出した。私は慌ててあとを追う。

「お待ちください。許可がなければお会いすることはできません」

「呼んだのだから許可ならあるでしょう? いいから黙ってついて来なさい。たしかここを右だったわね」

 来たことがあるのかシャロンはどんどん城内を進んでいく。それにしてもおかしい。守衛がまったくいない。いや、誰かに見られている気配は感じる。つまりいるのだが止める気はないらしい。

 おそらく王の指示だろう。でなければ私だってとっくの昔に足止めされているはずだ。

 シャロンが王室の前に着くと大きな扉がひとりでに開いた。これも魔法なのだろうか?

 扉の奥では豪華な椅子に王が座っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

名探偵あやのん(仮)

オヂサン
ミステリー
これはSAISONというアイドルグループのメンバーである「林あやの」さんと、その愛猫「タワシ」をモデルにした創作ナゾトキです。なお登場人物の「小島ルナ」も前述のSAISONのメンバー(正確には小島瑠那さん)です。 元々稚拙な文章の上、そもそもがこのSAISONというグループ、2人の人となりや関係性を知ってる方に向けての作品なので、そこを知らない方は余計に???な描写があったり、様々な説明が不足に感じるとは思いますがご容赦下さい。 なお、作中に出てくるマルシェというコンカフェもキャストも完全なフィクションです(実際には小島瑠那さんは『じぇるめ』というキチンとしたコンカフェを経営してらっしゃいます)。

異世界子ども食堂:通り魔に襲われた幼稚園児を助けようとして殺されたと思ったら異世界に居た。

克全
児童書・童話
両親を失い子ども食堂のお世話になっていた田中翔平は、通り魔に襲われていた幼稚園児を助けようとして殺された。気がついたら異世界の教会の地下室に居て、そのまま奴隷にされて競売にかけられた。幼稚園児たちを助けた事で、幼稚園の経営母体となっている稲荷神社の神様たちに気に入られて、隠しスキルと神運を手に入れていた田中翔平は、奴隷移送用馬車から逃げ出し、異世界に子ども食堂を作ろうと奮闘するのであった。

人狼ゲーム『Selfishly -エリカの礎-』

半沢柚々
ミステリー
「誰が……誰が人狼なんだよ!?」 「用心棒の人、頼む、今晩は俺を守ってくれ」 「違う! うちは村人だよ!!」  『汝は人狼なりや?』  ――――Are You a Werewolf?  ――――ゲームスタート 「あたしはね、商品だったのよ? この顔も、髪も、体も。……でもね、心は、売らない」 「…………人狼として、処刑する」  人気上昇の人狼ゲームをモチーフにしたデスゲーム。  全会話形式で進行します。  この作品は『村人』視点で読者様も一緒に推理できるような公正になっております。同時進行で『人狼』視点の物も書いているので、完結したら『暴露モード』と言う形で公開します。プロット的にはかなり違う物語になる予定です。 ▼この作品は【自サイト】、【小説家になろう】、【ハーメルン】、【comico】にて多重投稿されております。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

7月は男子校の探偵少女

金時るるの
ミステリー
孤児院暮らしから一転、女であるにも関わらずなぜか全寮制の名門男子校に入学する事になったユーリ。 性別を隠しながらも初めての学園生活を満喫していたのもつかの間、とある出来事をきっかけに、ルームメイトに目を付けられて、厄介ごとを押し付けられる。 顔の塗りつぶされた肖像画。 完成しない彫刻作品。 ユーリが遭遇する謎の数々とその真相とは。 19世紀末。ヨーロッパのとある国を舞台にした日常系ミステリー。 (タイトルに※マークのついているエピソードは他キャラ視点です)

裸の王様社会🌟

鏡子 (きょうこ)
エッセイ・ノンフィクション
そんなつもりじゃなかったのに、こんな展開になっちゃいました。 普通の主婦が、ネットでサイバー被害にあい、相手を突き止めようとしたら、C I Aにたどり着きました。 レオナルド・ダ・ヴィンチの魂(原告)による訴えをもとに、神様に指示を受けながら、サイバー被害の探偵をします。 ◎詳細 『真理の扉を開く時』の件は、解決しました。 妨害ではなかったようです。 お騒がせしました。 って書いた後、色々な問題が発生… やっぱり、妨害だったかも? 折角なので、ネットを通じて体験した不可思議なことを綴ります。 綴っている途中、嫌がらせに合いました。 そのことが、功を奏し、アイルワースのモナ・リザが ルーブルのモナ・リザ盗難時の贋作であるとの、証拠が掴めました。 2019.5.8 エッセイ→ミステリー部門に、登録し直しました。 タイトルは、「こちらアルファ“ポリス”サイバー犯罪捜査官」にしました。 ↓↓↓↓ 2019.5.19 「普通のおばさんが、C I Aに目をつけられてしまいました」に、 タイトル変更しました。 ↓↓↓↓ 2019.5.22 度々のタイトル変更、すみません。 タイトルを 「こちらアルファ“ポリス”裸の王様社会のあり方を見直す」にしました。 ◎ 2021.01.24 カテゴリーを、経済・企業から、ミステリーに変更します。

縁仁【ENZIN】 捜査一課 対凶悪異常犯罪交渉係

鬼霧宗作
ミステリー
【続編の連載を始めました。そちらのほうもよろしくお願いいたします】  近代において日本の犯罪事情は大きな変化を遂げた。理由なき殺人、身勝手な殺人、顔の見えぬ殺人――。常軌を逸脱した事件が日常の隣で息をひそめるような狂った世界へと、世の中は姿を変えようとしていた。  常人には理解できぬ思考回路で繰り返される猟奇事件。事態を重く見た政府は、秘密裏に警察組織へと不文律を組み込んだ。表沙汰になれば世の中が許さぬ不文律こそが、しかし世の中の凶悪事件に対抗する唯一の手段だったのだから。  その男の名は坂田仁(さかたじん)――。かつて99人を殺害した凶悪猟奇殺人犯。通称九十九人(つくも)殺しと呼ばれる彼は、数年前に死刑が執行されているはずの死刑囚である。  これは死刑囚であるはずの凶悪猟奇殺人鬼と、数奇なる運命によって対凶悪異常犯罪交渉係へと着任した刑事達が、猟奇事件に立ち向かう物語。  スナック【サンテラス】の事件奇譚に続く、安楽椅子探偵新シリーズ。  ――今度は独房の中で推理する。 【事例1 九十九殺しと孤高の殺人蜂】《完結》 【事例2 美食家の悪食】《完結》 【事例3 正面突破の解放軍】《完結》 【事例4 人殺しの人殺し】《完結》 イラスト 本崎塔也

処理中です...