路地裏のアン

ねこしゃけ日和

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 蒼真と小白は一緒に屋敷を出て夕日に照らされる坂を下った。
 坂を下ると二人は分かれ道の前で立ち止まる。蒼真の住むアパートはここより更に下って歩かないといけない。
「じゃあな」
「うん」
 小白が頷いて振り返ると蒼真はその背中に声を掛けた。
「なあ」
 小白は声に気付いて振り向くと蒼真はいつもより真剣そうに言った。
「ねこもいいけどさ。人間も悪くないとオレは思う。まあ、大変だけどさ」
 いきなり思いも寄らないことを言われて小白はぽかんとしていた。
 蒼真はぶっきらぼうに「それだけ」と言うと走って坂を下っていった。
 小白は一人その場で立ち止まり、小さくなっていく蒼真の背中を見つめていた。
 小さく揺れていた小白の心は次第にその振れ幅を大きくし、小白はなにがなんだか分からなくなってくる。
 よく分からなかった。だからきちんと意味を聞きたかった。
 小白が蒼真のあとを追おうと思い、重心を前に傾けた時だった。
 後ろから声がした。
「ねこはいつだって人の理想だわ」
 小白がハッとして声の方を向くと道路を挟んで右側に小さな赤いねこいた。
 ポストの上に座って小白の方を見ている。
「アン!」と小白が叫んだ時だった。
 アンはなにかに気付いたように坂の上を睨んだ。
 すると坂の上からトラックが下ってきて一瞬アンの姿が隠れる。
 トラックが通り過ぎるとそこにはアンの姿がなかった。
 小白はびっくりすると共に不安になった。辺りを見渡すがアンはどこにもいない。
 どうしようと思って蒼真のいた方を見てみるがこちらもいなかった。
 さっきまで夕日に照らされて燃えるように赤かった坂は少しずつ青みを帯びて暗くなっていく。
 そこに低い声が静かに落ちた。
「ねこは決して祈らない」
 小白が声の方を振り向くと近くにある民家の屋根に黒い影が背筋を伸ばして見えた。
 それは端正な顔立ちをしたスリムな黒いねこだった。緑色の瞳に小白の顔が映る。
「なぜならねこに神はいないからだ」
 いきなりのことに小白は驚いてさっきまでいたはずのアンを探した。
「アン! アンはどこ?」
「あれなら逃げたよ」と黒ねこは言った。「あれは希望しか語らない」
 黒ねこは怖がって口をぎゅっとつぐむ小白を微動だにせず見下ろし続ける。
「お前はどうだ?」と黒ねこは尋ねた。「祈るのか、祈らないのか」
「う、うちは…………」
 答えられない小白を見て黒ねこは振り返った。その背中には白い十字の模様があった。
「それが分かったらまた会ってもいい。お前の答えが持てたのなら。借り物は所詮借り物だからな」
 牧師はそう言うと民家の裏側に飛び降りて見えなくなった。
 一人残された小白は俯き、今も自問していた。目の前に伸びる影が次第に闇へと溶けていく。
「うちは………………」
 小白が顔を上げた時にはさっきまで残っていた明るさは完全に消え、辺りは夜になった。
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