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真理恵が仕事から帰ってくると居間のローテーブルに小白の食事が残っていた。
いつもなら嫌いなもの以外は完食するはずなので真理恵は少し驚いた。
「具合でも悪いんですか?」
真理恵はテレビを小さな音で見る真広に尋ねる。真広は少し困っていた。
「そうだな……。その、なにか悩んでいるらしい。屋敷に連れて行った時はそうでもなかったんだけど、帰りは悲しそうだった。なにかあったのかもしれない」
「喧嘩とか?」
「それならまあ、いいんだが。必要だろう? そういうことも」
「そうですね。仲直りの方法を知らずに育つと大抵苦労しますから。お互い無視し合って、なにも伝えずに空気だけを悪くします。それもいい大人が」
真理恵はなにかを思い出して嘆息し、兄の作ったシチューを皿に盛った。
「その、なにか言われたんだろうか?」
真広は心配そうに聞いた。
「さあ。でもあの子はわがままなところがありますからね。衝突することもあるでしょう」
「なんだかつめたいな……」
「腹をくくれと言ったのは兄さんでしょう? 今更あたふたしないでください」
真広はばつが悪そうにした。
「それはまあ、そうだが……。いざ、こうやって問題にぶつかるとどうしたらいいか分からなくなる……」
「ああ。なるほど。兄さんの方が困ってるわけですね」
真理恵は少し呆れたが、気持ちはよく分かった。真広は図星を指されて肩身が狭そうだ。
「母さんの時もそうだったが、不機嫌はなだめればいいけど落ち込まれるとどう振る舞うべきか分からない。そばにいるべきなのか、見守るべきなのか」
「そうですね。人によってどうされたいかは違うでしょうし」
「それで? どうしたらいい?」
「分かりませんよ。そんなこと」
真理恵は眉をひそめてシチューを食べた。真広は不安そうになる。
「分からないって……」
「だってそうでしょう? 私達はなにも知らないんですから。何一つ経験がないんですよ?兄さんはそれを分かっていてああ言ったんでしょう?」
「……それは……そうだけど…………」
真広は溜息をついて続けた。
「……なにか力になってあげたい」
真理恵はそれに同意した。
「ええ。そうですね」
真理恵は食事中にスプーンを置くと立ち上がった。
「分かりました。少し話を聞いてきます」
真広は安堵して頷いた。
「それがいい」
真理恵はゆっくりと母の部屋に向かい、ふすまを開けた。中は薄暗く、切り取られた居間の明かりがこんもりと膨らんだ布団を照らしていた。
真広が後ろから見守る中、真理恵は布団の横で正座すると少し緊張しながら尋ねる。
「どうかしたの?」
返事はなかった。小白は身動き一つ取らない。真理恵はもう一度話しかける。
「シチューが冷めちゃうわよ」
そう言うと少し間を置いてから布団がもぞもぞと動き出し、ぼそりと声がした。
「…………………………わからん」
「分からない? なにが?」
真理恵は不思議そうにした。するとまた小さな声が聞こえる。
「…………色々と」
「そう。悩んでいるわけね。色々と。大人と一緒ね」
真理恵が溜息をつくとまた布団が動き、可愛らしい耳と共に小白が出てきた。ねこが座るように胸の下に手を置き、真理恵を見上げる。
「……マリエも分からんの?」
真理恵は微笑しながら頷いた。
「そうですね……。色々と分からなくなる時はあるわ。どうにもならないことも多いし」
「……じゃあ、うちはどうすればいい?」
「そうね……。どうすればいいのかしら……」
真理恵は答えに少し悩んだ。そしてゆっくりと口を開く。
「伝えないといけないんでしょうね。自分がどう思っているか。その相手に」
「伝える……」
小白の目が少し大きくなると真理恵はどこか安心しつつも自分の言っていることの難しさに気付いた。小白の瞳に映る真理恵はほんの微かに目を逸らす。
「ええ。多分だけど」
そう言って真理恵は今日あった出来事を思い出した。真理恵はやるせない気持ちになりながらも自分がすべきことは今言ったことなのだと理解する。
すると小白はゆっくりと布団から出てきた。正座する真理恵と目線が合う。
「まだわからん。でもちょっとはわかったかも」
小白がそう言うとお腹が鳴った。
「そう。それはよかった」真理恵は笑った。「じゃあ晩ごはんを食べましょうか」
「たべる」
小白はお腹が減っていたらしく、居間に向かった。
真理恵をその後ろをついていくと真広が既にシチューを用意していた。
妹に呆れられ、兄はぎこちなく口を開いた。
「その、すぐ食べたいだろうと思って。はい。どうぞ」
それから真理恵と小白はシチューを食べ、真広はそれを眺めた。
兄妹は安堵していたが、結局小白がなにを悩んでいたのかは分からないままだった。
いつもなら嫌いなもの以外は完食するはずなので真理恵は少し驚いた。
「具合でも悪いんですか?」
真理恵はテレビを小さな音で見る真広に尋ねる。真広は少し困っていた。
「そうだな……。その、なにか悩んでいるらしい。屋敷に連れて行った時はそうでもなかったんだけど、帰りは悲しそうだった。なにかあったのかもしれない」
「喧嘩とか?」
「それならまあ、いいんだが。必要だろう? そういうことも」
「そうですね。仲直りの方法を知らずに育つと大抵苦労しますから。お互い無視し合って、なにも伝えずに空気だけを悪くします。それもいい大人が」
真理恵はなにかを思い出して嘆息し、兄の作ったシチューを皿に盛った。
「その、なにか言われたんだろうか?」
真広は心配そうに聞いた。
「さあ。でもあの子はわがままなところがありますからね。衝突することもあるでしょう」
「なんだかつめたいな……」
「腹をくくれと言ったのは兄さんでしょう? 今更あたふたしないでください」
真広はばつが悪そうにした。
「それはまあ、そうだが……。いざ、こうやって問題にぶつかるとどうしたらいいか分からなくなる……」
「ああ。なるほど。兄さんの方が困ってるわけですね」
真理恵は少し呆れたが、気持ちはよく分かった。真広は図星を指されて肩身が狭そうだ。
「母さんの時もそうだったが、不機嫌はなだめればいいけど落ち込まれるとどう振る舞うべきか分からない。そばにいるべきなのか、見守るべきなのか」
「そうですね。人によってどうされたいかは違うでしょうし」
「それで? どうしたらいい?」
「分かりませんよ。そんなこと」
真理恵は眉をひそめてシチューを食べた。真広は不安そうになる。
「分からないって……」
「だってそうでしょう? 私達はなにも知らないんですから。何一つ経験がないんですよ?兄さんはそれを分かっていてああ言ったんでしょう?」
「……それは……そうだけど…………」
真広は溜息をついて続けた。
「……なにか力になってあげたい」
真理恵はそれに同意した。
「ええ。そうですね」
真理恵は食事中にスプーンを置くと立ち上がった。
「分かりました。少し話を聞いてきます」
真広は安堵して頷いた。
「それがいい」
真理恵はゆっくりと母の部屋に向かい、ふすまを開けた。中は薄暗く、切り取られた居間の明かりがこんもりと膨らんだ布団を照らしていた。
真広が後ろから見守る中、真理恵は布団の横で正座すると少し緊張しながら尋ねる。
「どうかしたの?」
返事はなかった。小白は身動き一つ取らない。真理恵はもう一度話しかける。
「シチューが冷めちゃうわよ」
そう言うと少し間を置いてから布団がもぞもぞと動き出し、ぼそりと声がした。
「…………………………わからん」
「分からない? なにが?」
真理恵は不思議そうにした。するとまた小さな声が聞こえる。
「…………色々と」
「そう。悩んでいるわけね。色々と。大人と一緒ね」
真理恵が溜息をつくとまた布団が動き、可愛らしい耳と共に小白が出てきた。ねこが座るように胸の下に手を置き、真理恵を見上げる。
「……マリエも分からんの?」
真理恵は微笑しながら頷いた。
「そうですね……。色々と分からなくなる時はあるわ。どうにもならないことも多いし」
「……じゃあ、うちはどうすればいい?」
「そうね……。どうすればいいのかしら……」
真理恵は答えに少し悩んだ。そしてゆっくりと口を開く。
「伝えないといけないんでしょうね。自分がどう思っているか。その相手に」
「伝える……」
小白の目が少し大きくなると真理恵はどこか安心しつつも自分の言っていることの難しさに気付いた。小白の瞳に映る真理恵はほんの微かに目を逸らす。
「ええ。多分だけど」
そう言って真理恵は今日あった出来事を思い出した。真理恵はやるせない気持ちになりながらも自分がすべきことは今言ったことなのだと理解する。
すると小白はゆっくりと布団から出てきた。正座する真理恵と目線が合う。
「まだわからん。でもちょっとはわかったかも」
小白がそう言うとお腹が鳴った。
「そう。それはよかった」真理恵は笑った。「じゃあ晩ごはんを食べましょうか」
「たべる」
小白はお腹が減っていたらしく、居間に向かった。
真理恵をその後ろをついていくと真広が既にシチューを用意していた。
妹に呆れられ、兄はぎこちなく口を開いた。
「その、すぐ食べたいだろうと思って。はい。どうぞ」
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小説投稿サイト『小説家になろう』にて同時掲載中。
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