路地裏のアン

ねこしゃけ日和

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 翌朝。
 真広と真理恵は億劫そうに居間まで下りてきた。二人とも色々と考えたが答えは出なかったという顔だ。
 一方の小白はよく寝られたのか居間から掃き出し窓の外にある庭を眺めている。朝陽に照らされた小白の耳はふわふわとした毛が輝いていた。
 幻想さすら感じる光景に真理恵は半ば辟易としながらも声をかけた。
「ほら。起きてるなら顔を洗ってきて。朝ごはんを作るから。なにがいい?」
「さかな」
 小白は窓の外を見つめたままそう言った。
「だと思った」
 真理恵は呆れながらも台所に向かう。真広はコーヒーを淹れている間にテレビを付けて朝のニュースをチェックする。
 二人は自分がのんびりしているのに気づき、この状況を受け入れつつあることに微かに驚いた。真理恵はそれに困惑し、真広は悪くないという顔をしている。
 小白は真広が置いてくれた木の箱に上がると顔を洗ってからねこのように耳を撫でた。ねこになるためこっそりとやっている習慣だった。
 小白は小白でこの洗面台の使い方を理解していた。
 どれだけ蛇口を捻れば水がどんな勢いで出てくるか。石鹸や歯ブラシはどこにあるか。真広のシェーバーや真理恵の化粧品の場所も分かる。
 小白は鏡の前で色んな角度から寝癖がないかチェックし、最後に耳をぴくりと動かしてからふんと鼻で息をすると、木箱を片付けてから居間に戻った。
 朝食はごはんと味噌汁、そして焼き鮭に納豆だった。小白は焼き鮭を食べながら言う。
「シャケは焼くより生の方がおいしい」
「そうだな。そうかもしれないな」
 真広は同意するが真理恵はどうでもよかった。
「冷蔵庫にプレートがありますから、お昼はそれを温めて食べて。お腹が減ったらお菓子を食べていいけど、お昼を食べてからにすること。いい?」
 小白はこくんと頷いた。真理恵は続ける。
「それとなるべく外には出ないこと」
「それはいや。うちは出たい時に出る」
「危ないじゃない。それにねこはずっと家にいるものですよ」
「うちは野良だからちがう」
 屁理屈をこねる小白に真理恵は呆れ笑いを浮かべる。
「野良ねこが家で朝ごはんを食べるの?」
「…………たまには」
「そう。どちらにせよ家からは出ないで。危ないから。車に轢かれたり、水路に流されたりするわよ」
「車はよける。ねこだから」
「ふざけないで。いいから家にいなさい。いいわね?」
 真理恵は厳しくそう言った。
 小白は不満そうな表情を隠さず、そのまま朝ごはんを食べていた。
 それを聞いていた真広は小白に優しく言った。
「お昼には帰ってくるよ。そしたら少し散歩しよう。仕事が終わってからでもいい」
 それでも小白は不機嫌なままだった。
「散歩するのは犬。うちはねこなのに」
 真広は苦笑した。
「じゃあ、好きなところに行ったらいい。僕はそれについて行くから」
「……それなら、まあ、少しはねこかも」
 二人の会話を聞いて真理恵は顔をしかめた。
「とにかく、誰かと一緒じゃないと外には出ちゃダメ。言うことが聞けないなら夕飯はねずみを出すわよ」
 それを聞いて小白の耳が力なく伏せられた。
「……ねずみっておいしい?」
「知るわけないでしょ」
 不安そうにする小白をよそに真理恵は朝食を食べ終え、空いた皿を流し出しに置いた。そして居間を出る前にもう一度小白に言った。
「しばらくは家の中で遊びなさい」
 真理恵が出て行くと真広は耳をぺちゃんとさせる小白に言った。
「まあ、その、あれだ。本を買ってくるよ。子供でも読めるやつを。あとは紙とクレヨンかな。ほかに欲しいものはある?」
 小白はかぶりを振ってから顔を上げた。
「……多分、ねずみも唐揚げにしたらおいしいと思う」
 真広は返事に困った。
「そうだな……。まあ、案外イケるかもしれないね……。レモンをかけるとか、タルタルソースとかがあれば……。多少は…………」
 真広は自分で言っていて味が想像できなかった。
 小白は耳をぺたんとしたまま珍しく溜息をついて呟いた。
「…………ねこも大変かもしれん」
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