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食事を終えると七時半になった。
叔父の家に行って帰るだけで三時間以上かかる。そろそろ連絡が付かないと困る時間だった。
店から出ると真広は叔父に電話した。だがやはり出ない。
「明日ってことかな? でも明日は仕事が……」
「私が送りますよ。電車でならですけど」
「うん。そうするしかないな……」
真広は困ったような、でもそれを嫌がってないような表情でエンジンを付けた。そして後部座席に座る小白に振り返る。
「その、今日もうちで泊まることになりそうなんだけど、大丈夫かい?」
「べつにどこでもいい」
「そう。よかった」
真広は嬉しそうに笑うと前を向き、車を走らせた。
いっぱい食べて眠くなったのか小白は後部座席ですやすやと寝ていた。それを真広はバックミラーで確認してフッと微笑む。
家に向かう途中、真理恵はずっと心配そうな顔をしていた。
「なにかあったのかしら?」
「そうだな……。なにか仕事でトラブルがあったのかもしれない。まあ、そのうち電話が掛かってくるよ」
「かかってこなかったら?」
「連れて行くしかない。それか……」
「それか?」
「……しばらくうちで預かるか」
真広は小声でそう言った。真理恵は驚いて目を見開く。
「そんな急に」
「分かってるよ。分かってる。……でもそれしかないとしたら、そうするべきだ」
「私は反対です」真理恵は小声で反論した。「あの子は、その、とっても難しい子ですよ」
「誰でもそうさ。難しいところを持ってるもんだ」
「ええ。そうかもしれませんね。でもそれを手に負えるかどうかは別問題です」
「悪い子じゃない。一週間くらいいても」
「一週間?」
真理恵は目を見開いた。
「……仮定の話だよ。それくらいいても僕は全然問題ない」
「ねこを飼うんじゃないんですよ? なにかあったらどう責任取るんですか?」
「責任?」真広は物騒な言葉に驚いた。「……ああ。うん。それは考えてなかったな」
「でしょうね。怪我や病気をしたらどうなるか……」
「それはまあ……うん。大変だ」
真広もようやく真理恵の心配を共有できた。同時に自分がこういうことについてまるで知識がないことも理解する。
するとさっきまであった根拠のない自信は崩れ去り、現実的な問題が立ちはだかった。
それは真広が今まで一度も対処したことのない問題だった。
真広はどうしたらいいか分からなかった。だが、どうしようもないとも思わない。
だから真広はやはり無言になり、後ろで寝ている小白を起こさないよう丁寧な運転で家に向かった。
真広が黙ると真理恵はいつも居心地が悪くなる。自分の意見を言ってくれれば反論するなり同意するなりできるが、黙られてしまうとなにも言えなくなった。なにせいくらこっちが意見を言っても聞いているのかいないのか分からない態度を取られてしまう。
だがそういう時こそ兄は妹の意見をきちんと聞いていて、それでいて考えていることを真理恵は知っていた。そして考えがまとまるとなにも言わずに行動してしまうことも。
二人は夫婦ではない。恋人でも友人でもない。
血を分けた、産まれてから三十五年間を一つ家の下で過ごす双子の兄妹だった。
だから真理恵は真広がなにを考えているのか大体分かるし、真広はそれを知った上で考え、行動してくる。
この小さなゲームは周りが思うより複雑で、そして意外にも兄側が長けている。
なので真理恵はまた別の心配もしなければならない。
この狭い車内で真広は考え、真理恵は警戒し、小白は口を開けて寝ていた。
叔父の家に行って帰るだけで三時間以上かかる。そろそろ連絡が付かないと困る時間だった。
店から出ると真広は叔父に電話した。だがやはり出ない。
「明日ってことかな? でも明日は仕事が……」
「私が送りますよ。電車でならですけど」
「うん。そうするしかないな……」
真広は困ったような、でもそれを嫌がってないような表情でエンジンを付けた。そして後部座席に座る小白に振り返る。
「その、今日もうちで泊まることになりそうなんだけど、大丈夫かい?」
「べつにどこでもいい」
「そう。よかった」
真広は嬉しそうに笑うと前を向き、車を走らせた。
いっぱい食べて眠くなったのか小白は後部座席ですやすやと寝ていた。それを真広はバックミラーで確認してフッと微笑む。
家に向かう途中、真理恵はずっと心配そうな顔をしていた。
「なにかあったのかしら?」
「そうだな……。なにか仕事でトラブルがあったのかもしれない。まあ、そのうち電話が掛かってくるよ」
「かかってこなかったら?」
「連れて行くしかない。それか……」
「それか?」
「……しばらくうちで預かるか」
真広は小声でそう言った。真理恵は驚いて目を見開く。
「そんな急に」
「分かってるよ。分かってる。……でもそれしかないとしたら、そうするべきだ」
「私は反対です」真理恵は小声で反論した。「あの子は、その、とっても難しい子ですよ」
「誰でもそうさ。難しいところを持ってるもんだ」
「ええ。そうかもしれませんね。でもそれを手に負えるかどうかは別問題です」
「悪い子じゃない。一週間くらいいても」
「一週間?」
真理恵は目を見開いた。
「……仮定の話だよ。それくらいいても僕は全然問題ない」
「ねこを飼うんじゃないんですよ? なにかあったらどう責任取るんですか?」
「責任?」真広は物騒な言葉に驚いた。「……ああ。うん。それは考えてなかったな」
「でしょうね。怪我や病気をしたらどうなるか……」
「それはまあ……うん。大変だ」
真広もようやく真理恵の心配を共有できた。同時に自分がこういうことについてまるで知識がないことも理解する。
するとさっきまであった根拠のない自信は崩れ去り、現実的な問題が立ちはだかった。
それは真広が今まで一度も対処したことのない問題だった。
真広はどうしたらいいか分からなかった。だが、どうしようもないとも思わない。
だから真広はやはり無言になり、後ろで寝ている小白を起こさないよう丁寧な運転で家に向かった。
真広が黙ると真理恵はいつも居心地が悪くなる。自分の意見を言ってくれれば反論するなり同意するなりできるが、黙られてしまうとなにも言えなくなった。なにせいくらこっちが意見を言っても聞いているのかいないのか分からない態度を取られてしまう。
だがそういう時こそ兄は妹の意見をきちんと聞いていて、それでいて考えていることを真理恵は知っていた。そして考えがまとまるとなにも言わずに行動してしまうことも。
二人は夫婦ではない。恋人でも友人でもない。
血を分けた、産まれてから三十五年間を一つ家の下で過ごす双子の兄妹だった。
だから真理恵は真広がなにを考えているのか大体分かるし、真広はそれを知った上で考え、行動してくる。
この小さなゲームは周りが思うより複雑で、そして意外にも兄側が長けている。
なので真理恵はまた別の心配もしなければならない。
この狭い車内で真広は考え、真理恵は警戒し、小白は口を開けて寝ていた。
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