上 下
75 / 81

46-2.別れ

しおりを挟む

 穏やかに談笑するその姿を、ふたつの人影が眺めていた。
 簡単な旅装に身を包み、それぞれ片手に小ぶりな籠を提げている。約束どおり『勇者』と彼らの仲間を迎えに来た、クロスとレリックである。
 城からカディスへと転移した後、同じく撤退していた王国軍の主力部隊と合流を果たした。
 その際、打ち合わせの通り、すべては解決したと伝えている。
 存命だった先代勇者についても、うまく城内で潜伏していたということにした。苦しい言い訳だったが、他にどういいようもないのだから仕方ない。
 だが、幸いにもその場は騒然としていた。原因は竜を倒したとする証拠品である。伝説上の生物とすら思われていた竜、その角と鱗。騒ぎになるのは当然だった。それらの衝撃によって、多少の怪しい発言は綺麗に流された。
 後は本人が帰還してから上手く誤魔化すだろう。そう半ば投げやりに思ったクロスは、恐らく悪くない。
 後始末の為に残った先代勇者たちのために、とネコを希望すれば、すぐさま近隣から数匹のネコが届けられた。
 そして4日目の朝、その中から選んだ二匹のネコを携え、クロスとレリックは城を訪れたのである。主力部隊は未だカディスに駐屯させたままであり、護衛のためにとつけられた数人の兵士も、城の結界より手前で待機させた。
 そうして城門まで来てみれば、そこには既に仲間たちの姿があった。
 メリルとフレイ、そして5代目勇者スノウ。
 彼らはちょうど別れの挨拶をしているようだった。
 薄らと開いた扉の前には、見知った魔物の姿がある。結界によってクロスたちの存在には気付いていたのだろう、側近の魔物二人が先にこちらの姿を捉える。
 その視線は冷たいものだが、敵意や警戒といった色はない。どうやら、この件に関しては多少の信を得たようである。
 とはいえあまり近くに寄るのも憚られ、レリックとクロスは会話が聞こえないギリギリの場所に留まった。勇者たちは城を後にするところである。こちらから近づく必要はないだろう。

「なあ、レリック」

 暫く彼らの様子を眺めていたクロスが、ふと思い出したように声を投げる。城の結界内ということを慮ってか、声量は控えめだ。

「何?」

 応じてレリックも自然と抑えた声で尋ねる。

「おれはさ、間違ってねえよな」

 ぽつりと零された言葉に、レリックは思わずクロスを見つめる。

「魔物は敵で、勇者は人を守る。それで、正しいんだよな」
「……ああ。間違ってないよ、誰も」

 クロスの言わんとすることを察して、レリックは頷く。互いの苦い表情が、その内心を現していた。
 二人の視線の先では、魔物の長と勇者が穏やかに笑っている。
 勇者の中にいた魔物と、魔物の中にいた勇者。その特殊な関係だったからこその光景だということは誰の目にもわかっていた。そしてだからこそ、戸惑うのだ。
 何が正しくて、何が悪なのか。
 クロスは、密かに考えていた。すべてが元通りとなった時、どうすることが正しいのか。
 クロスにとっては魔物は『悪』であることに変わりない。いくら取引をし、勇者と中身が入れ替わった特殊な事情だとしても、人に仇なす魔物を看過できるはずもなかった。
 だから、元の姿を取り戻した5代目勇者が「魔物を倒す」と言えば加勢をしようと思っていた。卑怯だと謗られようと、勝てる見込みがなかろうと、人類の為にはそうすべきだと思った。
 だが、スノウはそうしなかった。彼の仲間もまた。
 穏やかに仲間に笑いかけ、同じように魔物にも笑いかけた。そうするのが当然だというように。そして魔物の長もまた、勇者と同じように笑いかけた。己の仲間にも、勇者にも。
 その光景は不思議としか表現できなかった。互いに敵だと理解しながら、誰も剣を向けずただ笑みのみを向けている。それはクロスの胸に淡い恐怖をもたらした。
 これが『正しい』と、そう感じてしまった。
 魔物は敵。心ないケダモノ。そう教えられて信じて生きてきたクロスの目にも、目にしている相手がそうでないことなど、はっきりわかっている。
 両者が入れ替わっていたことを誰も気付かなかった。本人たちですら疑いもしなかった。
 その事実が告げている。魔物も人も、互いに心を持ち、感情を持っていること。ならば、こうして笑いあう日がきたとしても不思議ではない。
 けれどそれを認めるのがひどく恐ろしかった。
 魔物と共存できるかもしれないと。それこそが正しいのだと。
 そう思ってしまうことが、酷く恐ろしい。
 正義だと信じてきたものがぐらぐらと揺れる。正義などないのではないか。魔物にしてみれば、勇者など単なる殺戮者でしかないのではないか。

「……困ったな」

 内心の動揺が、そのままクロスの口から零れた。
 レリックは苦笑して頷く。

「そうだな……けどまあ、見捨てる気はないんだろ」
「そりゃアイツは稀代の勇者だから」

 半分は本音で半分は嘘だ。スノウが人に仇なす存在ならば、クロスは躊躇いなく断罪する。だが彼は、恐らく噂通りの人物だろう。
 魔物の姿であったときに、向けられた強い目を思い出す。突きつけられた言葉は、どれも正鵠を射ていた。18歳という年齢に不釣合いな程成熟した人格を備えた、稀代の勇者。
 稀なる勇者だと分かるから尚、クロスは恐ろしかった。彼の判断に、納得してしまうであろう自分が怖かった。

「できることはするさ。幸い事情を把握してるのはおれ達くらいだからな……なんとでも繕える。せいぜい5代目勇者には英雄になってもらわなきゃな」

 おれはお役御免だよ、とクロスは笑う。

「どうかなあ……竜倒しちゃったしね?」
「倒したのはおれじゃねぇよ。5代目勇者だ」

 そういう話にもなっているし、事実あの場で竜を倒すために奮闘したのも『スノウ』である。スノウの体自体はほぼ傍観していたが。

「協力したって筋書きなんだろ? いくら彼が稀代の勇者だっていっても、クロスもそれなりに功績が認められるんじゃないかな」

 レリックの言葉に、クロスは渋面になる。

「嫌だ。絶対嫌だ。こんな堅苦しい肩書き、何が何でも返上してやる」

 余程今回の件は堪えたのか、横を向いてクロスが吐き捨てる。
 そんなクロスを横目に、レリックは軽く肩を竦めて笑う。
 口ではどう言おうとも、彼の正義感はよく知っているのだ。

「まあ……面白くなりそうじゃないか?」
「……だな」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

異世界のリサイクルガチャスキルで伝説作ります!?~無能領主の開拓記~

AKISIRO
ファンタジー
ガルフ・ライクドは領主である父親の死後、領地を受け継ぐ事になった。 だがそこには問題があり。 まず、食料が枯渇した事、武具がない事、国に税金を納めていない事。冒険者ギルドの怠慢等。建物の老朽化問題。 ガルフは何も知識がない状態で、無能領主として問題を解決しなくてはいけなかった。 この世界の住民は1人につき1つのスキルが与えられる。 ガルフのスキルはリサイクルガチャという意味不明の物で使用方法が分からなかった。 領地が自分の物になった事で、いらないものをどう処理しようかと考えた時、リサイクルガチャが発動する。 それは、物をリサイクルしてガチャ券を得るという物だ。 ガチャからはS・A・B・C・Dランクの種類が。 武器、道具、アイテム、食料、人間、モンスター等々が出現していき。それ等を利用して、領地の再開拓を始めるのだが。 隣の領地の侵略、魔王軍の活性化等、問題が発生し。 ガルフの苦難は続いていき。 武器を握ると性格に問題が発生するガルフ。 馬鹿にされて育った領主の息子の復讐劇が開幕する。 ※他サイト様にても投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

処理中です...