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46-2.別れ

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 穏やかに談笑するその姿を、ふたつの人影が眺めていた。
 簡単な旅装に身を包み、それぞれ片手に小ぶりな籠を提げている。約束どおり『勇者』と彼らの仲間を迎えに来た、クロスとレリックである。
 城からカディスへと転移した後、同じく撤退していた王国軍の主力部隊と合流を果たした。
 その際、打ち合わせの通り、すべては解決したと伝えている。
 存命だった先代勇者についても、うまく城内で潜伏していたということにした。苦しい言い訳だったが、他にどういいようもないのだから仕方ない。
 だが、幸いにもその場は騒然としていた。原因は竜を倒したとする証拠品である。伝説上の生物とすら思われていた竜、その角と鱗。騒ぎになるのは当然だった。それらの衝撃によって、多少の怪しい発言は綺麗に流された。
 後は本人が帰還してから上手く誤魔化すだろう。そう半ば投げやりに思ったクロスは、恐らく悪くない。
 後始末の為に残った先代勇者たちのために、とネコを希望すれば、すぐさま近隣から数匹のネコが届けられた。
 そして4日目の朝、その中から選んだ二匹のネコを携え、クロスとレリックは城を訪れたのである。主力部隊は未だカディスに駐屯させたままであり、護衛のためにとつけられた数人の兵士も、城の結界より手前で待機させた。
 そうして城門まで来てみれば、そこには既に仲間たちの姿があった。
 メリルとフレイ、そして5代目勇者スノウ。
 彼らはちょうど別れの挨拶をしているようだった。
 薄らと開いた扉の前には、見知った魔物の姿がある。結界によってクロスたちの存在には気付いていたのだろう、側近の魔物二人が先にこちらの姿を捉える。
 その視線は冷たいものだが、敵意や警戒といった色はない。どうやら、この件に関しては多少の信を得たようである。
 とはいえあまり近くに寄るのも憚られ、レリックとクロスは会話が聞こえないギリギリの場所に留まった。勇者たちは城を後にするところである。こちらから近づく必要はないだろう。

「なあ、レリック」

 暫く彼らの様子を眺めていたクロスが、ふと思い出したように声を投げる。城の結界内ということを慮ってか、声量は控えめだ。

「何?」

 応じてレリックも自然と抑えた声で尋ねる。

「おれはさ、間違ってねえよな」

 ぽつりと零された言葉に、レリックは思わずクロスを見つめる。

「魔物は敵で、勇者は人を守る。それで、正しいんだよな」
「……ああ。間違ってないよ、誰も」

 クロスの言わんとすることを察して、レリックは頷く。互いの苦い表情が、その内心を現していた。
 二人の視線の先では、魔物の長と勇者が穏やかに笑っている。
 勇者の中にいた魔物と、魔物の中にいた勇者。その特殊な関係だったからこその光景だということは誰の目にもわかっていた。そしてだからこそ、戸惑うのだ。
 何が正しくて、何が悪なのか。
 クロスは、密かに考えていた。すべてが元通りとなった時、どうすることが正しいのか。
 クロスにとっては魔物は『悪』であることに変わりない。いくら取引をし、勇者と中身が入れ替わった特殊な事情だとしても、人に仇なす魔物を看過できるはずもなかった。
 だから、元の姿を取り戻した5代目勇者が「魔物を倒す」と言えば加勢をしようと思っていた。卑怯だと謗られようと、勝てる見込みがなかろうと、人類の為にはそうすべきだと思った。
 だが、スノウはそうしなかった。彼の仲間もまた。
 穏やかに仲間に笑いかけ、同じように魔物にも笑いかけた。そうするのが当然だというように。そして魔物の長もまた、勇者と同じように笑いかけた。己の仲間にも、勇者にも。
 その光景は不思議としか表現できなかった。互いに敵だと理解しながら、誰も剣を向けずただ笑みのみを向けている。それはクロスの胸に淡い恐怖をもたらした。
 これが『正しい』と、そう感じてしまった。
 魔物は敵。心ないケダモノ。そう教えられて信じて生きてきたクロスの目にも、目にしている相手がそうでないことなど、はっきりわかっている。
 両者が入れ替わっていたことを誰も気付かなかった。本人たちですら疑いもしなかった。
 その事実が告げている。魔物も人も、互いに心を持ち、感情を持っていること。ならば、こうして笑いあう日がきたとしても不思議ではない。
 けれどそれを認めるのがひどく恐ろしかった。
 魔物と共存できるかもしれないと。それこそが正しいのだと。
 そう思ってしまうことが、酷く恐ろしい。
 正義だと信じてきたものがぐらぐらと揺れる。正義などないのではないか。魔物にしてみれば、勇者など単なる殺戮者でしかないのではないか。

「……困ったな」

 内心の動揺が、そのままクロスの口から零れた。
 レリックは苦笑して頷く。

「そうだな……けどまあ、見捨てる気はないんだろ」
「そりゃアイツは稀代の勇者だから」

 半分は本音で半分は嘘だ。スノウが人に仇なす存在ならば、クロスは躊躇いなく断罪する。だが彼は、恐らく噂通りの人物だろう。
 魔物の姿であったときに、向けられた強い目を思い出す。突きつけられた言葉は、どれも正鵠を射ていた。18歳という年齢に不釣合いな程成熟した人格を備えた、稀代の勇者。
 稀なる勇者だと分かるから尚、クロスは恐ろしかった。彼の判断に、納得してしまうであろう自分が怖かった。

「できることはするさ。幸い事情を把握してるのはおれ達くらいだからな……なんとでも繕える。せいぜい5代目勇者には英雄になってもらわなきゃな」

 おれはお役御免だよ、とクロスは笑う。

「どうかなあ……竜倒しちゃったしね?」
「倒したのはおれじゃねぇよ。5代目勇者だ」

 そういう話にもなっているし、事実あの場で竜を倒すために奮闘したのも『スノウ』である。スノウの体自体はほぼ傍観していたが。

「協力したって筋書きなんだろ? いくら彼が稀代の勇者だっていっても、クロスもそれなりに功績が認められるんじゃないかな」

 レリックの言葉に、クロスは渋面になる。

「嫌だ。絶対嫌だ。こんな堅苦しい肩書き、何が何でも返上してやる」

 余程今回の件は堪えたのか、横を向いてクロスが吐き捨てる。
 そんなクロスを横目に、レリックは軽く肩を竦めて笑う。
 口ではどう言おうとも、彼の正義感はよく知っているのだ。

「まあ……面白くなりそうじゃないか?」
「……だな」

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