もふってちーと!!

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もふって就職!

◆もふって激闘!

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「ふふっ、ふははっ…人間にこの姿をお披露目するのは初めてかな? だが、残念だったな。お前らは此処で死ぬのだ。後世に我の姿を見聞する事はできぬぞ!」

 漆黒の翼をはためかせて空中に留まるドラゴンが言う。

「…せっかくだ、名も、名乗っておこうではないか。我はアリル。して人間よ、お前は名を何と申す?」

「…チアキだよ。お手柔らかによろしくね?アリルさん」

「随分と余裕綽々だな。まぁ、それも所詮は自身の弱さを隠す為の物だろうがな」

「ふふっ、断定は、負けフラグだよ」

 言葉の意味が分からずに首を傾げ、隙を見せるアリルにチアキが四分の三程のスピードで攻撃を仕掛ける。

 だが、惜しくもその攻撃はアリルには届かずに腕を掴まれてしまう。

 体制を崩した状態の千明は為す術なく攻撃を受けてしまった。

「……!!」

 アリルが突然攻撃をやめて唖然とした表情で千明を見つめる。

「……はは、ははっ! 初めてだ! この姿を見せるのも! 我の攻撃を全て・・受け止めたのも!!」

「……流石にドラゴンか、腕が痛いよ……ってか、話が違くない?……ギルド員はSSSランクなんてすぐって言ってたのに……それくらい強い筈なのにこんなにダメージ負うとか……」

「……ふむ、これは我もいつも以上の力を出さなければ勝てぬな……闘いとは恐ろしいものだな」

 千明の言葉を耳にして更に唖然とした表情を浮かべたが、それでもアリルは面白い、という顔をして初めてまともな構えをした。

「!! ……ようやく、ちゃんとした闘いをしてくれるんだ?」

 それを見た千明がこれまた面白いという顔をしてアリルと相対する。

 二人が見合ったまま動かない、というよりは動けない状況に陥って辺りが静寂に包まれる。

 その静寂を切り裂くように東から強烈な風が吹き抜け、二人の間を膨大な量の葉が通過し、両者の司会を奪う。

 これを好機チャンスとみたか、先に動いたのはアリルだった。

 先程とは一段も二段も違う速さで千明に肉薄し、直ぐ様死角へと潜り込み、それに成功したアリルは『勝った…!』と勝ちを確信した笑みを浮かべる。

 しかしその確信は泡沫へと葬られてしまう。

 千明はその攻撃を読み、先に対策を打っていた。

「……! …っな!!」

「……やっとまともに攻撃が入った……!」

「小癪な!! 糞っ!」

 千明の全力の膝蹴りをもろに脇腹にくらってしまったアリルは直ぐ様千明から飛び退き体制を整える。

 千明をじっと睨むその顔には青筋が浮かび上がり、先程の攻撃をまともにくらってしまったことに対して激しい怒りを覚えたようだった。

「……流石に、腹が立ったぞ……」

「………」

 覇気の篭った声で千明を睨みつけながら威嚇する。

 一歩。

 たったの一歩でさえも動いてはいけない気がした。

 千明は、今自分が立っている場所以外、全て溶岩のように思えた。異様な程に暑く、動悸が止まらない。

 「……殺す」

 アリルが言葉を発した瞬間にその場所から消えた。比喩等ではなく、本当に消えた。

 「……っ!」

 後ろから途轍もない殺気を浴びせられて即座に受け身を取る千明。どんな衝撃にも耐えてみせようと、目をつむり眉間に皺をよせる。

 しかし、いつまで経っても来るはずの物凄い衝撃が来なかった。

 恐る恐る目を開け、周りを見渡す。

 すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 アリルが進んできていた方向とは逆方向に地面が抉られていて、その場には一人の男性が立っていた。

 唖然として呆けているとその男性はこちらに近寄ってきて、声をかけてきた。

 「大丈夫ですか?」

 「あ……」

 驚き過ぎてすぐに声が出てこない。ただ、ただその男性の顔を見つめて呆けていた。

 「あの……」

 男性に困ったような顔をされて「はっ……!」と正気に戻る。

 「あっ、ありがとうございました! 大丈夫ですっ!」

 「ふふ…それはよかった」

 男性は安心したのか先程よりも口元が緩んで気の抜けた顔をしている。

 しかし、その表情は険しい物へと変貌する。

 「…流石に、あれじゃあ倒れてくれないか……仮にもドラゴンってことだな」

 大量の土の中から力強く這い上がって来たのは、まさに今地面に打ち落とされたばかりのアリルだった。

 ところどころに切り傷や擦り傷が見えるが、そこまで激しく消耗しているようにも見えない。

 「……ふぅ………」

 アリルは首を鳴らしながらゆっくりと瞼を開く。

 「痛いじゃないか。…だが、それも、いい。久しく我に傷を付けるものが現れた。それだけで、いい」

 「…戦闘狂の人はちょっと苦手なんだけどなぁ……」

 こちらを見つめて独り言を呟くアリルに向かって男性が苦笑いしながら言葉を返す。

 「いいじゃないか。どうせもう余裕もないんだ、最後まで楽しもうじゃないか」

 「それはどっちか……なっ!」

 男性が思い切り力んで剣を振る。しかし、アリルには剣先すらも届かず虚しく空を切った。

 力み過ぎて大振りになってしまった男性はそのまま剣の遠心力によりバランスを崩してしまう。

 その一瞬の隙を見逃さずにアリルは直ぐ様男性の懐に潜り込み上げ打ちを放つ。

 「ぐあっ………」

 なんとか右足を上げ、アリルの上げ打ちを防いだが、そのスピードと相成って勢いがつき、骨にダメージが入ってしまった。

 そのせいか男性の右足は赤く腫れ上がってしまっていた。

 「………っ! いってぇぇ………お前本気出し過ぎだろ!」

 「我も我が身が可愛いのでな。そうやすやすとやられるつもりはない。文句を言うならば本気を出したらどうだ?」

 「ぐっ……超正論だ……反論の余地が全くないぜ! ……だが、本当にいいのかな? 俺に本気を出させちゃって。お前、死ぬよ?」

 「……ほう? それは楽しみだ」

 お互いに本気の戦いをする意思を表明する。

 「んじゃ、ま、やりますかね」

 「…あぁ」

 アリルが言葉を短く切ってすぐ、両者の姿が消えた。

 いや、実は消えたのではなく、途轍もないスピードで戦っているのかもしれない。しかし、少なくとも舞達には二人が消えたようにしか見えなかった。それ程速かった。

 「……ふっ……くっ………やる……ねっ!」

 「…ふん………貴様こそ……やる…………なっ!」

 右手と右手、左手と左手、右脚と右脚、左脚と左脚が次々と交差し、衝撃波を生み互いに弾かれる。

 何度も何度も繰り返し放たれる攻撃はいつまでたっても両者の体に叩きこまれない。 

 一進一退の攻防を続けること数分。先に痺れを切らしたのはアリルの方だった。

「…いい加減、諦めろッ!」

 声を張り上げて拳を固く握りその一撃に全力を注ぐアリル。

 一方の男性もアリルの声を皮切りに、攻撃を止めて力を貯めていた。

 力と力がぶつかりあい激しい衝撃波の奔流が舞や涼華を襲ってくる。

「わっ!」

「ふぁっ!?」

 激しく激しい波に飲まれ二人は尻もちをついてしまう。そのままで上空で戦っている男性を見ると、

「ぐッ…!!」

 と、苦しそうな呻き声を上げている男性の姿が見えた。その表情は時間が経つにつれて段々と険しくなっていく。

 額に汗が流れ、歯軋り音が一段と響き、眉間に寄せた皺はその深さを一層増していく。

「諦めろ。お前はここらで諦念、というものを覚えたほうがいい」

 先程とは打って変わって涼しい顔をしてるアリルが、語りかけるように、諭すように男性に言葉を投げる。

「……か」

「…?」

「ばーかって、言ったんだよ」

「なッ……!」

 突然意味不明な罵声を浴びせられ顔を真っ赤に燃え上がらせる。

「俺が、そんなに、諦めのいい人間だと思ってるのか? 散々俺のした事を見てたんだろ? だったら、お前が俺を説得するのを諦めたほうがいいと、俺は思うね」

「…貴様……」

 俯き、ぶつぶつと言を唱えるアリルが、突然目の前から消えた。

 ──刹那、男性が真上に吹き飛んだ。

 頬は殴られたのか張られたのかわからないが、もとの形を保てず、力に押されるままにその形を歪める。

「──ッッ! ごぁッ!」

 吹き飛んでから少し遅れて男性から苦しそうな声が聞こえた。

 見れば男性は変形した頬だけでなく、片腕まで曲がるべきでは方向へと曲げられている。

 激しい激痛の中、男性はなんとかして空中で体勢を整えるが、またしても見えざる攻撃の魔の手が男性に迫っていた。

 次から次へと押し寄せる攻撃の波は留まることを知らずに男性を襲い続ける。

「あぐッ……!」

 その呻き声を最後に、男性はぐたりと体から力を抜いて動かなくなってしまった。

「…ふん。我に罵声を浴びせるなど、人間の分際で……分不相応だ。消えろ」

 男性にそう告げてアリルはゆっくりと腕を上空に持ち上げる。

 そしてそのまま一直線に腕を振り下ろし、男性の首を体から切り離した。

 ──かに見えた。しかし、その最後の一撃は対象を失い、ただただ虚しく空を切るだけだった。

「……どこだ?」

 アリルが辺りを満遍なく見渡すが、どこにも男性の姿は見えない。

 今度は突然、アリルが上空へと吹き飛ばされた。

 アリルが何事かとすぐさま体勢を整えて、もう一度辺りを見渡すがやはり何もない。

「……おい! でてこい!」

 雲が悠々と泳いでいる空に向かって声一杯に叫ぶアリル。男性の見えない攻撃が感に触るようで、その額には心なしか青筋が浮きだっているように見える。

 一瞬、アリルが体を揺らした時、アリルの髪が激しく波打った。

「…危ないではないか」

 小さく、されど強かに呟かれた一言は言葉では形容できないほどの怒気を含んでおり、威圧とも、攻撃とも取れるほどの重圧が乗っていた。

「おーいおい。そんなにプレッシャーかけたら下のかわいこちゃん達が泣いちまうぜ?」

 アリルの後ろに突如として姿を表した男性。体に叩きこまれたはずの拳のあとはどこにも見当たらず、それどころか全く攻撃を受けていないかのような、真新しい風貌でそこに佇んでいた。

「………わからん。貴様には、確かに拳を叩き込んでやったはずなのだがな」

「なーに言ってんだよ。本気じゃねぇお前の攻撃なんて痛くても致命傷になんてならねぇよ」

 二人の会話に首を傾げる転生者三人。

「…ふぅ、疲れた。もう、いいか?」

 呆れたような顔でため息を吐き、それから顔を上げて言った。

「いやいや、すこーしくらい本気出してくれよ。あっちのお嬢さん達にいいとこみせたいんだよ」

「…貴様は……本当に面倒な男だ」

 そう言って先程と同じように戦う姿勢を見せるアリル。それを見た男性は「よっしゃっ」と、小さくガッツポーズを作っていた。

「お楽しみはこれからってなぁ!」

 開始の合図も何もなしに戦闘が始まる。今さっき見せられた戦いとは別の意味で魅せられてしまう。

 衝撃波と衝撃波がぶつかりあって互いを相殺する。

 端から見ればそれは、ただただ木の葉が幻想的に舞っているだけだ。

「……気の逸い男は嫌われるぞ」

「へへっ、心配無用! それよりもかっこいいとこ見せつけてやるからよォッ!」

 語尾を強くして一気に力みアリルを吹き飛ばす。その姿を見て豪快に笑い、千明達に笑いかける。

 印象を良くしようと頑張っているのだろうが、良くも悪くも熱い男としてしか見られていなかった。どちらにしろ、戦っている時とそうでない時の差が激しすぎて三人とも引き気味ではあったのだが。

 熱血にアリルを殴り続けるワンパターンな攻撃に対してアリルは自身の攻撃のバリエーションを見せつけるかの様に多彩な攻撃を仕掛ける。

 脚が出たかと思えば次は裏拳、掌底など、次へ次へと新しい技や型の違った攻撃をする。

 しかし男性もこれ手練か、その攻撃を初見でほぼ見切っている。現に、男性にクリーンヒットした攻撃は、ない。

「ハッ! よくもまぁ、そんなぬるい攻撃でドラゴン名乗れんなぁ!」

「…性格が変わり過ぎだぞ、お前」

 互いに皮肉を素で交わし合い、挑発を重ねる。

 どちらも譲らぬ攻防戦。それの戦況が少なからずとも動いた。

 ──アリルの足掛けによって。

「ッ……!!」

 咄嗟の事で反応ができずに体勢を崩す男性。この機を見逃さずに男性を追い詰める。

 男性の身に迫るのは、拳。その小さいながらも途轍もない威力を含んだその拳の雨霰が男性に降り注ぐ。

 それは、形容するならば、流星群のようだった。

「……戦闘狂の奴が嫌いとか追ってる割には、お前も戦闘狂だよ」

「……あぁ、俺もそう思うね」

 笑いを含んだ声が聞こえたのは、アリルが連打を放ったはずの場所からだった。

 まさか、ありえない、と、アリルは自身の連打によって発生した霧を払う。

「あぁ、俺、そこにいないぜ」

「なに!?」

 咄嗟にバックステップを踏み、後ろを振り返ると、凄まじい殺気と威圧感を放つ男性がそこにいた。

 男性は口の端を少しだけ吊り上げて静かに、小さく笑いをこぼした。

「はは、ははっ……! いやぁ、今のは少しだけ危なかった」

 常人には一撃必至の致命傷のはずなのだが、男性はそれを風のように左右にかき分けて逃げ出していた。

 更には、その命の危機が迫った一瞬を振り返っては、笑って、楽しんでいる。

「……はぁ、まったく、末恐ろしい」

「なぁ」

 突然の問いかけにアリルの攻撃態勢が解かれる。どうやら、一旦バトルフェイズから話しあいフェイズに移行したようだ。

「ちょっとだけ、本気ださねぇ?」

「ださん」

 男性から持ちかけられた提案を一瞥するまもなく鋭く切り捨てる。

「おー、怖い怖い」

 飄々とした態度で誤魔化すが、一瞬、アリルからでた冷たい威圧は、その効果を遺憾なく発揮して男性を怯ませること成功していた。

 そうした隙をまたも使わぬ手立ては無いと戦闘態勢を崩していたにもかかわらず、一気に男性に攻め立てに行く。

 アリルが眼前にまで迫ってきてようやく、男性はその体を危機感で動かせるようになった。

 が、遅かった。幾秒か。それともコンマの世界か。なんにせよ、男性が回避行動を取るのも、防御態勢を取るのも遅かった。

 男性はもろにアリルの攻撃を食らってしまい、遥か彼方へと吹き飛ぶ。

 それこそ、まるで紙のように軽やかにアリルは男性を殴り飛ばした。

「づぁッ…!」

 流石に堪えたのか、男性は苦痛に顔を歪ませる。

 なんとか空中で静止し、顔をしかめながらも膝に手をついて息を整える。

 アリルは無表情のまま男性に突っ込み、追撃をかます。

 男性は為すがままに殴られ、蹴られ、吹き飛ばされる。

 その光景に、違和感を覚えたのは、涼華だった。

「…ねぇ、お姉ちゃん」

「ん? なーに?」

「あれ、男の人何かしてない? だって─」

 涼華が言うには、つい一分前のアリルの速さならば、この追撃を躱せないのもしょうがない話ではあるが、今のアリルは一分前のアリルの半分の速さにも満たない。

 まだ召喚されて間もなく、動体視力もクソもない三人ですらぎりぎり視認できるのだ。

「…なるほど」

「じゃあ、考えられるのは……力をためてるとか?」

 顎に手を添え、考える仕草を見せる舞の横からひょこっと顔を出して意見を前面に押し出す。

「うん…それ以外に考えられない」

 三人は空を見上げ、ただただ無抵抗に打ちのめされる男性を見て、驚愕した。

「なに…あれ?」

「……魔法…それも、ダメージ吸収型の…」

 男性の体が淡く光りはじめ、戸惑いを隠せない三人。しかし、それに驚いたのは三人だけではなく、アリルもまた同様に驚愕していた。

「ふぅ、痛かったぜ。でも、ありがとなぁ、お前が攻撃してくれたおかげで、威力は保証できる」

「まさか…」

 痛い分、威力は高い。覚悟しとけ、と言い放ち、淡い光はその明るさをたちまち大きくしていき、次第に強い、太陽な発光をする。

「まぁ、俺もお前も、お疲れってことで」

 男性の体が人体とは思えないほどに光る。光を放つ。

 アリルへ向けられた拳は気が付けばアリルの土手っ腹に突き刺さっており、今この魔法を発動したら内側からボロボロにされるのは目に見えている。

 しかし、アリルは抜け出せなかった。

「光の自傷魔法、ペイナーだ、ゆっくり咀嚼して味わえよ」

 光が満ちる。太陽すらも眩んで見えるほどに。先程よりも遥かに強い光で辺り一帯を呑み込む。

 光の中心がさらに強い光を放ち、円状に広がっていく。

 待っていたのは、光故の高熱、そして高熱故の、爆発だった。遥か上空で戦っていたはず、なのにも関わらず衝撃は三人のもとまで、その勢いは衰えず、そっくりそのまま届いていた。

 三人とも木の影に隠れ、なんとか衝撃をやり過ごすと、目の前には大きなクレーターが出来上がっていた。

 すると、ふいに上空からなにかが落ちてくるのが見えた。

「あれ………あの男の人…」

 舞が指で空を指し小さく言葉をこぼす。その指先をたどるように涼華と千明の視線が空に向かう。

 そこに居たのはボロボロになってゆっくりと地面に吸い寄せられていく男性の姿で、アリルはどこにも見当たらなかった。

「あれ、アリルは?」

「あっ! あそこ!」

 突然声を跳ね上げて男性とは反対方向の空を指を指す。

「嘘…まだ立ってるの?」

 当然の様に空に立っていたのはアリルだった。体には複数の傷跡が見られるが、それでも致命傷、そう言える傷は一つも見当たらなかった。

「これって、結構まずい?」

「うん」

 絶望したかのような表情を浮かべ、口をあんぐり開けている舞の横で、二人が緊張など感じていないような軽い感じで顔を見合わせる。

 しかしすぐに事態の大変さに気付いて、顔を真っ青に染める。

『よし、逃げよう』

 二人で出した意見は簡単なものだった。悪く言えば敵前逃亡、よく言えば戦略的撤退。どちらにしろ、逃げるという行為には変わりがないのだが。

 そうと決まれば善は急げと一気に走り出す。遅れはしたが、舞も何とか逃げようとすくんだ脚を必死に前に前にと動かし逃亡を企む。

 しかし、そうは問屋が卸さないと予想通りアリルは三人の目の前に降りてきた。

「ふん…浅ましいな。我がそんなに怖いか? 実力の差も測れぬ弱き者は恐怖に打ちひしがれ、逃げるのか。せめて、一矢報いようという気はないのか」

 口早に不満と文句をぶつけるアリルの表情は戦闘時の楽しそうな顔ではなく、酷く冷めきった、感情の灯らぬ顔だった。

「……確かに、実力の差も測れないけど、一度退いて、実力をつけてまた来る。一矢報いようとする気はあるけど、さっきの戦闘を見てて私達は何一つ対抗できないってことが分かった。だから、力をつけてから、貴女を、アリルをぶちのめす」

 その挑発が効果的だったのかは分からない。だが、今この場においては限りなく正解に近い答えだったのだろう。

 アリルはギリギリまで顔を近づけて舞達を威嚇していたが、その答えを聞いて、なにかに納得したように首を縦に振り、それから口の端を持ち上げて笑った。

「ククッ…我をぶちのめす、と。その言葉、意味を理解して発しているのか?」

「当たり前でしょ! アリルを、ボコボコにして、倒したら、私達についてきてもらうからね」

 その発言に一回り目を大きく開き、今度は口を開けて大きく笑った。

「はっ…ははっ! 実に愉快だ! 我を、四源竜フォースドラゴンが二竜、ニーズヘッグのアリルを、打ち破った挙句、自身のもとへ仕えさせると? これは愉快だ!」

 アリルの口から聴きなれない単語が発せられ、三人は首を傾げ、アリルに質問を投げかける。

四源竜フォースドラゴンって、なに?」

 今度は驚いたように目を丸くして、白黒させている。まるで、何を言っているのかわからないかのように。

「貴様等、四源竜フォースドラゴンを、知らぬのか? 殊更愉快だ! まぁ、いい。四源竜フォースドラゴンとは、世界のパワーバランスを担う、力の源の竜。簡単に言えば、この世界の核から生まれた竜だ」

「名前の通り、全部で四体居るの…?」

「あぁ。我よりも強大な力を持つ竜が一竜。我が二竜で、我の下に三竜、四竜と居る。どれも、今の貴様等よりは遥かに強いがな」

 そう言われて、軽く絶望する。なにせ、このアリルに及ばないにしろ、それに準ずる力を持つ竜がアリルの他に、三体もいる。それに加え、内一体はアリルをも超える力を持つという。

 絶望に打ちひしがれるのも、この言葉を聞いたあとではしょうがないとしか思えない。

「…わかった。まず最初に、弱い竜から倒してく。そしたら、順番が来たら、アリル。貴女をぶちのめす」

「あぁ、震えながら待っていよう。武者震いをしながらな」

 どんな挑発も今のアリルには通用しない。何しろ、ご機嫌なアリルは、大抵の言葉が面白く聴こえてしまう。

 一頻り笑った後、くるっと踵を返して脚に力を込める。すぐに地面を蹴り、空に飛び立ち、どこかへと飛び去って行く。

「…そうだ、これをやろう。貴様らの成長を楽しみにしている。死んでくれるなよ」

 アリルは三人にそう、言葉を残して果てしなく続く陸地の彼方へと消えていった。

「じゃあ、帰ろうか」

『うん!』

 そうして、波乱の一日は終わりを告げ、三人はいま自分に生がある事に感謝しながら、自宅へと歩みを進めていった。

「……俺、忘れられて…なぃ……?」

 一人だけを置いて。
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