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第23話
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美帆はイベントの更新と、旬のものを使った季節メニューの更新をお願い。写真はもう入っているから、というとさっさと出ていってしまった。
「そろそろホームページ作成料でも取ってやろうか。SNSも丸投げだし」
この旅館は好きだ。我が家そのもの。誰にだって自信を持って紹介できる。だから、戻ってきてしばらくして人足が減りつつあることを知り、私の仕事だと広告、宣伝に力を入れた。
今までで一番大きく、旅館の運命がかかった大事な仕事に、在宅ワークの仕事量を調整して必死に取り組んだ。
情報収集。旅館の情報発信。Web上でも丁寧な対応を心がけた。
その結果、Webで見て来てくれる新規のお客さんが増えて、美帆たちは心を込めたおもてなしをして、リピーターも増えて、旅館はまた軌道に乗った。
「まぁ、私だけの力じゃないけどさ」
独り言を呟きながら、美帆の夫のことを思い出す。
プロのカメラマンで、全国を渡り歩き、細切れに帰ってくる美帆の夫。
美帆とは幼なじみで私も昔から知っているが、妹にだけは見抜かれないバレバレの気持ちが周囲をもどかしくさせていたが記憶がある。知らない間に結ばれたようで、結婚すると聞いた時にはすごく嬉しかった。
彼はその才能を旅館の宣伝に多分に発揮してくれている。
HPやSNSで使用している写真もほとんどが彼のもので、美帆を撮ったものなんて現実の五割増しくらいに綺麗に撮れている。
その綺麗な写真からSNSの評判が上がった程に。
更新した箇所を見直して問題ないことを確認すると、椅子にもたれてうーんと体を伸ばした。
これでしばらくは、美帆もなれないパソコンの前に座らなくて済むだろう。
そんなに長時間作業をしていたわけではないが、固まった体をほぐすためにちょっと散歩でもして帰ろうか。
そう決めて更衣室へと向かいながら、随分変われたかなと思う。
ちょっとでも、なりたかった自分に近づけている気がする。
自分のことは自分でして、しっかり収入があって、やりたかった仕事で旅館を救った。
実家に戻るというのは進むというより、後退しているんじゃないかって気持ちがどこかあったけれど、実際はそんなこと全然なくて、むしろあの頃よりもずっと自分の足で立って自分の進みたい方向へ進んでいる。過去は過去。前を見ていればいい。
それでもたまに、大石さんのことをふと思い出すことがある。
あの失恋の傷跡はまだ残っている。それでも苦しみや痛さはなくなって、どこか甘酸っぱく広海くんのことも一緒に思い出して、切なくなる。
広海くんのことはずっと忘れていない。離れてても、きっと彼も今頑張っているんだろうからって、勝手に励まされていた。
だから多分、この時間の中で広海くんが美化されている気がする。
今の広海くんが想像できない。会うことがあってもきっと変わっているし、叶うことなんてないってわかっていても、新しい恋に進めてないのは未練がましいよな。
「ちょっと華帆ちゃんいい?」
悦子さんの声に振り向いた。悦子さんは満面の笑みでこちらを見ている。
「早めに着替えた方がいいっていったのにまだ着替えてないのね。ふふふ、予約している方が来られるんだけど、ちょっと人が足りないのよ。お出迎えだけお願いね」
要件だけいうと、悦子さんは逃げるように去ってしまった。
いやまぁ、いいですけど。
そう心で返事をして受付に向かう。案の定人はいない。
名簿を確認すると一人客で、どうやら新規さんらしい。接客はまだまだ不慣れで極力お客さんに接することのない仕事をしているが、旅館の名を汚さないためにも、美帆たちの日頃の努力を無駄にしないためにも、ここは頑張らねばと気合いを入れる。
丁度入口の外に人影がやってくる。私は入口の前にスタンバイした。
自動ドアが開く。私はお辞儀をして顔を上げ「いらっしゃいませ」と品よくいった。
「いらっしゃいませ」
懐かしい声。上がった顔を見て、俺は思わず抱きしめていた。
ほのかに香る甘く懐かしい匂い。もう離したくはない。
「お客様!?」
驚いた声に、腕をぺちぺち叩かれて、慌てて腕をほどいた。
「華帆さん」
名前を呼ぶと目をパチパチさせて俺の顔を見る華帆さんと目があった。ようやく思い出したのか、顔がぱっと明るくなる。
「広海くん!?」
自分の名を呼んでくれた華帆さんに大きく頷く。
会えた。もう一度会えた。運命なのかもしれないって本気で思った。
「えっと、とりあえず部屋に案内するね」
先を行く華帆さんの後をついて行く。
着物似合ってるなぁ。女将さんって感じがする。なんて呑気なことを最初は考えていたが、俺はこれからどうする。会えて嬉しかったで終わらすのか。それは嫌だ。
四年前にできなかった話しをしたい。でも、してどうなる。俺が好きだったのは四年前の華帆さんで、今の華帆さんは変わっているかもしれない。ひょっとしたら、決まった人がいるかもしれない。
悩んでいるうちに部屋に着いてしまった。
「お食事は十八時頃と伺っておりますが、お変わりありませんか?」
仕事モードの華帆さんにあいまいに頷いた。向いてないとかいってたのに、結構様になっている。
「それでは、何かございましたら近くの者にお申し付けください」
一礼して出ていこうとする華帆さんの腕を慌てて掴んだ。
決まった人がいるなら諦めればいい。今の華帆さんが昔と違っていても、その時はその時だ。
今度はちゃんと、抱きしめた時の気持ちを俺は信じることにした。
「あの、明日一緒に出かけませんか?」
まっすぐ瞳を見つめていうと、華帆さんの動揺と戸惑いが伝わってくる。目を逸らして断られるかと思った時、俺のことをまっすぐと彼女は見返した。
「明日十三時に旅館の前で」
それだけいうと、華帆さんは部屋から出ていった。
「そろそろホームページ作成料でも取ってやろうか。SNSも丸投げだし」
この旅館は好きだ。我が家そのもの。誰にだって自信を持って紹介できる。だから、戻ってきてしばらくして人足が減りつつあることを知り、私の仕事だと広告、宣伝に力を入れた。
今までで一番大きく、旅館の運命がかかった大事な仕事に、在宅ワークの仕事量を調整して必死に取り組んだ。
情報収集。旅館の情報発信。Web上でも丁寧な対応を心がけた。
その結果、Webで見て来てくれる新規のお客さんが増えて、美帆たちは心を込めたおもてなしをして、リピーターも増えて、旅館はまた軌道に乗った。
「まぁ、私だけの力じゃないけどさ」
独り言を呟きながら、美帆の夫のことを思い出す。
プロのカメラマンで、全国を渡り歩き、細切れに帰ってくる美帆の夫。
美帆とは幼なじみで私も昔から知っているが、妹にだけは見抜かれないバレバレの気持ちが周囲をもどかしくさせていたが記憶がある。知らない間に結ばれたようで、結婚すると聞いた時にはすごく嬉しかった。
彼はその才能を旅館の宣伝に多分に発揮してくれている。
HPやSNSで使用している写真もほとんどが彼のもので、美帆を撮ったものなんて現実の五割増しくらいに綺麗に撮れている。
その綺麗な写真からSNSの評判が上がった程に。
更新した箇所を見直して問題ないことを確認すると、椅子にもたれてうーんと体を伸ばした。
これでしばらくは、美帆もなれないパソコンの前に座らなくて済むだろう。
そんなに長時間作業をしていたわけではないが、固まった体をほぐすためにちょっと散歩でもして帰ろうか。
そう決めて更衣室へと向かいながら、随分変われたかなと思う。
ちょっとでも、なりたかった自分に近づけている気がする。
自分のことは自分でして、しっかり収入があって、やりたかった仕事で旅館を救った。
実家に戻るというのは進むというより、後退しているんじゃないかって気持ちがどこかあったけれど、実際はそんなこと全然なくて、むしろあの頃よりもずっと自分の足で立って自分の進みたい方向へ進んでいる。過去は過去。前を見ていればいい。
それでもたまに、大石さんのことをふと思い出すことがある。
あの失恋の傷跡はまだ残っている。それでも苦しみや痛さはなくなって、どこか甘酸っぱく広海くんのことも一緒に思い出して、切なくなる。
広海くんのことはずっと忘れていない。離れてても、きっと彼も今頑張っているんだろうからって、勝手に励まされていた。
だから多分、この時間の中で広海くんが美化されている気がする。
今の広海くんが想像できない。会うことがあってもきっと変わっているし、叶うことなんてないってわかっていても、新しい恋に進めてないのは未練がましいよな。
「ちょっと華帆ちゃんいい?」
悦子さんの声に振り向いた。悦子さんは満面の笑みでこちらを見ている。
「早めに着替えた方がいいっていったのにまだ着替えてないのね。ふふふ、予約している方が来られるんだけど、ちょっと人が足りないのよ。お出迎えだけお願いね」
要件だけいうと、悦子さんは逃げるように去ってしまった。
いやまぁ、いいですけど。
そう心で返事をして受付に向かう。案の定人はいない。
名簿を確認すると一人客で、どうやら新規さんらしい。接客はまだまだ不慣れで極力お客さんに接することのない仕事をしているが、旅館の名を汚さないためにも、美帆たちの日頃の努力を無駄にしないためにも、ここは頑張らねばと気合いを入れる。
丁度入口の外に人影がやってくる。私は入口の前にスタンバイした。
自動ドアが開く。私はお辞儀をして顔を上げ「いらっしゃいませ」と品よくいった。
「いらっしゃいませ」
懐かしい声。上がった顔を見て、俺は思わず抱きしめていた。
ほのかに香る甘く懐かしい匂い。もう離したくはない。
「お客様!?」
驚いた声に、腕をぺちぺち叩かれて、慌てて腕をほどいた。
「華帆さん」
名前を呼ぶと目をパチパチさせて俺の顔を見る華帆さんと目があった。ようやく思い出したのか、顔がぱっと明るくなる。
「広海くん!?」
自分の名を呼んでくれた華帆さんに大きく頷く。
会えた。もう一度会えた。運命なのかもしれないって本気で思った。
「えっと、とりあえず部屋に案内するね」
先を行く華帆さんの後をついて行く。
着物似合ってるなぁ。女将さんって感じがする。なんて呑気なことを最初は考えていたが、俺はこれからどうする。会えて嬉しかったで終わらすのか。それは嫌だ。
四年前にできなかった話しをしたい。でも、してどうなる。俺が好きだったのは四年前の華帆さんで、今の華帆さんは変わっているかもしれない。ひょっとしたら、決まった人がいるかもしれない。
悩んでいるうちに部屋に着いてしまった。
「お食事は十八時頃と伺っておりますが、お変わりありませんか?」
仕事モードの華帆さんにあいまいに頷いた。向いてないとかいってたのに、結構様になっている。
「それでは、何かございましたら近くの者にお申し付けください」
一礼して出ていこうとする華帆さんの腕を慌てて掴んだ。
決まった人がいるなら諦めればいい。今の華帆さんが昔と違っていても、その時はその時だ。
今度はちゃんと、抱きしめた時の気持ちを俺は信じることにした。
「あの、明日一緒に出かけませんか?」
まっすぐ瞳を見つめていうと、華帆さんの動揺と戸惑いが伝わってくる。目を逸らして断られるかと思った時、俺のことをまっすぐと彼女は見返した。
「明日十三時に旅館の前で」
それだけいうと、華帆さんは部屋から出ていった。
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