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第20話

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 片付けは広海くんがしてくれた。するようなことがお風呂に入ることしか浮かばなくて、お湯がたまるのを待ちながら、一人ソファーに座った。
 静かな部屋。広く感じるソファー。泣きたくなったところでお風呂が沸いた。
 大事にとっておいた入浴剤を湯船に入れながら涙が溢れ出してきて、頬を伝う。
 服を脱いで熱いシャワーをまず浴びて湯船に足からするりと入る。
 温かいのにどこか寒い。抱きしめて欲しかった。そうすれば心までぽかぽかだったのに。私から飛び込めばよかった。広海くんはきっと受け止めてくれた。
 でも、そうしなかった自分は偉いと褒めてみる。
 広海くんも考えて、私の手を取りああいったのだろう。
 二人の未来を見てくれているといえば大袈裟だけど、少なくとも広海くんは来年も私といたいと思ってくれてて、それがただ嬉しいのと、同じように思えない自分が悲しい。
 広海くんがそばにいてと望んでくれるなら、ここにいる意味があるくらいに特別な人になっている。
 だからこそ、そばにいない方が広海くんのためだと強く思う。
 十の年の差は大きい。
 広海くんが二十になれば私は三十。それが二年後とかのはなしで、これからみるみる大人として成長し、働き盛りになっていく彼。その点わたしはこれから衰えていく一方なんじゃないか。
 そもそも、まだ何も知らない綺麗な広海くんと、知って汚れた私じゃつり合わない気がする。
 同じ時を一緒に同じ感覚で、体験していける人の方がいいに決まっている。
 広海くんの人生の足枷や重荷にはなりたくない。
 この恋を成就させて続けていく自信はないから、振り切って実家に帰ることを決めた。
私は涙を引っ込め、湯船から上がる。
 いつか後悔することもあるかもしれないけれど、今はこの決定でいい。大丈夫、また次から普通にできる。

 吹きすさぶ冷たい向かい風に逆らいながら進む。
 人は少ない。一礼をして鳥居をくぐった。
 お邪魔します。神社の神様に挨拶をする。
 まっすぐ進むと脇に手水舎が見える。
 手や口をここで清めるのがマナーらしいが、あまりにも寒いので遠慮させて頂こう。きっと神様もわかってくださるだろう。
 お賽銭箱の上の鈴を鳴らし、お賽銭を投げ入れる。
 二礼二拍手。広海くんの受験が上手くいくようお守りください。もう一度お辞儀をする。
 普段神社に参拝など来ない。だから、ネットで正しい参拝の仕方を検索し、失礼のないようにやりとげれたと思う。
 一息吐いて授与所へ向かった。
 学業成就のお守りを購入して、鳥居に戻る。
 私の代わりに神様にお願いをした。形に残る贈り物になってしまうが、これくらいならきっと許されるはず。
 手の中にある小さな封筒を握りしめる。
 鳥居を出て頭を下げた。

『受験勉強お疲れ様。少し時間とれる? お茶しない?』
 頑張っている彼の集中を乱すかもしれないと思いながらも、意を決してメッセージを送った。
 うんともすんともいわないスマートフォンを見つめる。
 あれが最後になるのはどうしても嫌で、ラストスパートを走る受験生を誘ってはみたが、やっぱり迷惑だっただろうか。
『丁度息抜きしたいと思ってたんですよ。今からでも行けますけど、華帆さんはどうですか?』
 待ち望んだメッセージに、さっそく返事を打ち込み始める。
 家は引越しの準備をしているのがばれてしまうから、駅前にあるカフェで待ち合わせすることにして、私はやり取りをしながら出かける準備をうきうきと進めるのであった。家を出る前に引き出しから紙の小さな封筒を取り出して鞄にしまった。

 カフェでは他愛のない話しをしていた。内容なんて、店を出れば忘れてしまうくらいの何気ない会話。それをしているのが本当に心地よくて、今日は最後になるからと、私はじっくりと味わった。
 チビチビと飲んでいたのに、空になってしまったカフェラテ。気づけば軽く一時間が経っていて、あまり彼を引き止めておくのはいけないと席を立つ。
 家まで送るといってくれた広海くんに、それなら、出会った公園によらない? と提案し、自販機で温かい飲み物を買って向かう。
 久しぶりに来た公園は、葉が落ちて寒々しい。
 いつものベンチに座ると冷たかったけれど、ここで出会って仲良くなっていった大事な場所だから、できるならもう一度二人で来たいと思っていた。
「久しぶりに来ましたね」
 プルタブをあけながら広海くんはいった。
「そうだねぇ。夏は暑かったもんね。今は寒いけど」
 カフェで話していた延長のような何気ない会話。それを続けたいとも思ったが、わざわざ呼び出したもう一つの理由も片付けてしまわないと。
「あのね、渡すものがあるんだ」
 そういって、鞄の中から白地に赤文字が書いてある小さな封筒を渡した。
「あっ、ありがとうございます。お守りですか!? 嬉しいです」
 受け取った広海くんは取り出したお守りをまじまじと見つめている。
 形の残るものはあげない方がいいと思っていたのに、あげてしまった。
 広海くんの努力が実るように、これから先、望む未来を歩けるといいなと思って、私にはどうすることもできないから神に頼んだ。
「合格して、お守りが役目を終えたら返納するんだよ」
 一応いったけれど、広海くんは大事にもっとくタイプの子だよな。
「学業だから卒業までは持っていても構わないんじゃないですか?」
 そういって嬉しそうに鞄にお守りをしまう広海くんを、微笑ましく見つめていた。
 缶の中身がなくなるまでぽつぽつと話して、私たちは思い出のベンチから腰を上げる。
「私さ、これからちょっと仕事が忙しくなりそうでさ、連絡とか取れないかもしれないけど、合格するよう祈ってるから、頑張ってね」
 笑っていつも通りにそういえたと思う。
 広海くんは少し残念そうな顔をしたけれど、
「華帆さんの邪魔したくないですし、勉強に集中して頑張ります」
 といって笑ってくれた。
「それじゃ、また」
 家まで送るといった彼に、もうそこだしと断って、そういいあい別れると、鼻がツーンと痛くなった。
 送ってもらえば、最後に抱きしめてといってしまいそうだった。
 これで終わり。全部失ったと思った過去と向き合い、乗り越える力と、楽しい思い出をありがとう。
 心の中でそういって、私は振り返らずに家に帰り、引越し準備に精を出した。
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