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第19話

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「やっぱりショートにして正解だったね。クリスマスっぽい」
 丁寧に切りわけられたケーキを前に私はそういった。
 並んでケーキを一口フォークですくって口に含む。柔らかさ、甘さ、苺の酸っぱさが口に広がって、ケーキを食べてるって感じがする。
 ホールケーキといったって小さめだし、二人で食べられるだろうって思っていたけれど、最初の一切れでもう食べれなくなってしまって、ケーキも弟くんたちへのお土産にしてもらうことにした。
 遠慮されたが押し切った。写真で一度見たきりだが、喜ぶ姿が目に浮かぶようで、私が明日一人で食べるよりもずっといいと思える。
 そのお礼にと広海くんは残っていた洗い物も全部綺麗にしてくれて、私は帰る時間が近づいてくることをひしひしと一人感じていた。
 一日あっという間だった。楽しかった。この思い出だけで充分……なんて、まだ今日で最後というわけでもないのにしみじみとしてしまう。
 広海くんの足音が近づく。終わりがいつくるのか、はらはらするよりはましかと口を開いた。
「そろそろ帰るの?」
 時計の針は、二十一時半過ぎをさしている。お開きにするにはいい具合の時間だ。
「遅くなるかもとはいってきたんで、慌てて帰る必要はないんですけど……。そろそろお邪魔した方がいいですか?」
 決定権をゆだねられてしまっては、お開きにした方がいいとわかっていても、帰ってとはいえない。いいたくない。
「ううん、大丈夫ならもうちょっとゆっくりしていってよ」
 私の言葉に頷いた広海くんは、すぐ隣に座った。
 肩や腕が触れている。あの日から何度も並んで座ってきたが、こんなに近くに座ることはなく、心臓がうるさく騒ぎ出す。
 ケーキを食べる前にテレビは消した。部屋は静かで、なんとなく会話を始められなくて、時間だけが過ぎていく。
 クリスマスは一番セックスをしている人が多いと聞いた。あれ? クリスマスイブからクリスマスにかけての夜だったっけ?
 何を考えているんだと思いつつも、体が勝手に広海くんの体温、優しく撫でてくれる手の平、抱きしめる腕の力強さを思い出して、どうしようもなく切なくなる。
 もう一度、もう一度だけ抱きしめてくれないかな。クリスマスの夜なんだもの。みんな見逃してくれるはず。
 広海くんの肩に頭をあずけた。広海くんの匂いがする。心が落ち着く。泣きそうになるくらい愛おしい匂いが、胸を締め付ける。
 私たちはそのままじーっとしていた。自分からはこれ以上動けず、抱きしめられることを待っていたが、望みが叶うことはなかった。
「そろそろ帰りますね」
 心臓の高鳴りも落ち着いて、眠くなってきた時に、広海くんの声ではっとした。
 時間を見れば、二十二時をとうに過ぎている。
 広海くんは立ち上がって荷物を集め、コートを着た。
 私は寝室に向かって、用意していたプレゼントの袋を持ってきた。
「これ、クリスマスプレゼント。今日は本当にありがとう。おかげで一人寂しく終えることなく、楽しい日になったよ」
 プレゼントの袋の中身は甘いお菓子だ。突然去るのだから形に残るようなものは渡せない。
 プレゼントの袋の大きさにまず驚き、中を見た広海くんは更に驚いていた。
「弟くんたちに欲しいっていわれても大丈夫なようにたくさん買っておいたよ。これで、糖分補給しつつ勉強を家でも頑張ってね」
「ありがとうございます。大事に食べますね。俺からはこれを」
 そういってごそごそと鞄の中から出てきたのは、片手じゃ持てないくらいの大きな箱だった。
 このための大きな鞄だったのか。
「ネックマッサージャー? です。デスクワークする人におすすめって出てきたので」
 色気も何もないが広海くんらしい実用的ないい選択だ。
「ありがとう。肩こり酷かったし、丁度いい。大事に使わせてもらうね」
 受け取った箱をテーブルに置き、広海くんのお見送りをする。
 後ろを歩くと、思っているよりも背中が広くて、なんなら会うたびに大きくなっているような気がする。それだけ、私の中で広海くんが頼りになる存在に思えてるのかもしれない。
 玄関先で振り返った広海くんは私の手を取った。
「俺も、今日すごく楽しかったです。俺……絶対大学合格します。だから、来年もクリスマス一緒に過ごさせて下さい」
 まっすぐ見つめられ、真剣に告げられた。
 その言葉が嬉しかった。すごく、すごく嬉しかった。でも、これ以上破ってしまう約束は重ねたくないし、でもここで断るのも嫌で、悩んでいえたのはお礼だけだった。
「そういってくれて嬉しい。ありがとう」
 広海くんが満足そうに頷いて、靴を履いた後玄関ドアを開ける。冷たい風が部屋に入り込み、暖かい空気が外へ出ていく。
「おやすみなさい。暖かくして寝て下さいね」
「うん、おやすみ」
 私の返事を聞くとドアがゆっくりとしまった。
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