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第12話

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「華帆さん久しぶりです」
 家にいても落ち着かなくて、私は早くに公園に着き、影にあるベンチを探して持ってきた文庫本を開いていた。もっとも、何度も同じ行を繰り返し読んでちっとも捗らなかったけれど。
 なんとか集中しようとする私に、突然声がふってきてびくりと跳ねてしまう。顔を上げると制服姿の広海くんがにっこり笑う。
「早く着いたからちょっと歩いてたんだけど、華帆さん見つけられてラッキー」
 笑いかけられてなんとか返したものの、自分でぎこちないのがわかる。
「それにしても暑いですね」
 私のぎこちない笑顔には触れず、広海くんは隣に腰掛けると今までと変わらない調子でしゃべりだす。
 互いにしゃべりだせば、あの日のことがなかったかのようだった。
「外じゃ暑いし、今度家で一緒に勉強する?」
 会わなかった期間のことを話していた時に、家じゃどうしても弟たちもいるし、集中できないというので、私はそう提案した。いってから、この前あんなことをしたばかりなのにと焦る。
「それいいですね。そうしましょう!」
 広海くんが気にしてないのに今更やっぱり図書館でとかいえるはずもなく、次の土曜日にと日時がとんとんと決まり、暑さに耐えかねて私たちは席を立ったのだった。
 また、あの時の雰囲気になったら? 私から雰囲気を作ってしまうかもしれない。広海くんが作ったなら、私はきっと流される。広海くんが望んでくれるなら、いけないとわかりつつも身をゆだねてしまうだろう。
 でも、それじゃあ大石さんの時と一緒で、私は全然成長してないじゃないか。
 へこんで、塞ぎ込んで、今やっと前を向くことができた自分に成長しとけよというのは酷かもしれない。せめて、同じことを繰り返すことだけは辞めて欲しい。辞めたい。
 私たちは勉強をするだけ。大丈夫。広海くんもそんな子じゃない。

 土曜日の朝。昨日はよく眠れなかった。
 場所は覚えているから家で待ってて下さいといった広海くん。
 もうすぐ、約束の時間である十時になる。
 午後からだとだらけてしまいそうだし、昼には帰るのでお構いなく。
 そういわれていたが、一応簡単な昼食ができる準備はしてある。飲み物もバッチリだ。
 大丈夫。不備はないはず。掃除もしたし、部屋は綺麗。大丈夫。
 二度目の訪問で、前なんか掃除はサボってたしちょっと散らかってる中、自分から招いて平気だったくせに、好きを自覚した途端これだ。
 客観的に自分を見れば滑稽だと笑ってしまう。年甲斐もなくドキドキして、今更青春を謳歌しているみたいだ。
 私の中の大人な部分は、恋愛対象にするには相手が悪過ぎると私をたしなめる。恋をしたいと思う私は、結局叶わない恋。それなら想いを告げなければいいのだ。リハビリだと思って、大石さんとのビターな恋を甘酸っぱいものに塗り替えればいいと好き放題いっている。
 恋をしたい……。広海くんと会わなかった期間の中で私はいつしか、広海くんと恋がしたいと思うようになっていたのかと気づく。
 それでも私はそれに一旦蓋をする。
 これは抱いて欲しいところを抱いてくれたことに対する一時的な感情だ。広海くんも好奇心と流れに乗ったまで。だから、今まで通りにしていくと、二度と過ちは繰り返さないと決めた。それが、自分たちの関係だ。でも……。
 ピンポーン。
 また葛藤が始まってしまいそうな時にインターホンが鳴った。玄関モニターを覗き、広海くんを確認すると、エントランスに入る自動ドアを開けるボタンを押して玄関に向かった。
「いらっしゃい!」
 現れた私服姿の広海くんに声をかける。
 前に見た時と同じように落ち着いた服を着ていて、それがよく似合っているものだから、鼓動が大きくなるのを感じた。センスがいいんだなぁ。
「お邪魔します」
 玄関に入って、これたいしたものじゃないですけどとビニール袋が手渡される。
 受け取って中を覗くと、チョコレートがたくさん入っていた。
「頭使うと糖分が欲しくなるし、二人で食べようと思って」
 程よい気遣いに「ありがとう」とお礼をいう。
「本当は、弟たちのいるところではあんまり食べれないから、自分が食べたかっただけなんですけど」
 いたずらを打ち明けるようにこそっと教えてくれた。
 それを見てかわいいとにやけてしまいそうになる顔を見られてしまわないように、振り返ってキッチンに進む。
 落ち着け私。平常心。
「広海くんはそこのテーブル使ってね。私は奥のパソコン乗ってる机を使うから。ミルクティーとコーヒーとジュースどれがいい?」
「じゃあ、ミルクティーで」
 その声に冷蔵庫からミルクティーのボトルとコーヒーのボトルを取り出して、それぞれグラスに注ぐ。色々種類を用意して置いてよかった。いつもなら冷えてるのコーヒーしかないもの。
 コーヒーに少し牛乳を入れて、チョコレートを手頃な小皿にいくつか乗せ、広海くんの前に持っていく。
 広海くんはもう参考書などを開いて勉強モードだ。
 互いの席について勉強を始めると、思いのほか捗った。
 近くに同じように頑張っている人がいると思うだけで励みになって、すぐに息抜きしようとか、スマートフォンをいじろうとは思わない。
 一旦区切りのいいところで時間を確認するとお昼の時間をとうに過ぎていた。
 お腹が空いていることに気づき、胃がきゅーっとなる。
 一口程残っていたコーヒーを飲み干し立ち上がった。
「お昼ご飯作るけど、一緒にどう?」
 顔を上げた広海くんは少し悩んで、空腹に逆らえなかったのか頷いた。
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