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第5話

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 私たちの関係は少し変わった。
「お姉さん、私とこれからお茶しない?」
「ええ、喜んで」
 帰り道の途中ではなく下駄箱で大和は声をかけてくれるようになり、私は笑顔で誘いを受けるようになった。
 一日だけのことだと思っていたのに、変わらず大和に声をかけられることがとても嬉しくって、毎日が楽しくなった。その分、いつこの生活が終わってもおかしくないんじゃないかと怖かった。
 大和に好きだとはいわれてないし、いっていない。
 それでも私たちの関係が友人以上に思えるのは、いつも大和が家に送ってくれることと、その時におでこにキスをされること。休みの日のデート。
 緩やかな関係だった。たまにどちらかの家に行くこともあったが、触れ合うこともなくて、大和にそういう欲はなく、幼馴染の私ことを時間をかけて慰めてくれているだけだと思うようになっていた。気を許しきっていた。
 大和が好き。男としてか友だちとしてか、そんなことは考えないようにして大和との時間を私は過ごす。

「なっちゃん、お母さんたちが旅行に行くの来週の土日だけど覚えてる?」
「うん、覚えてるよー。ご飯は適当に食べるし、楽しんできてよ」
 リビングのソファーでゴロゴロと過ごしている私に、お母さんはそう声をかけた。
 一か月前から決まっていた両親と祖父母の旅行が来週に迫っている。
 旅行好きな両親。インドア派な私。高校に入ってからは一応声はかけてくれるものの、私がいない前提で計画を立ててくれているので断りやすくなった。今回はまだ元気な祖父母に親孝行旅行をするという。
「旅行久しぶりだし、お母さん新しい服買っちゃおうかな。最近なっちゃん遅いけど、明日買い物に付き合ってくれたりするかしら?」
 大和との時間が減ってしまうなと思いつつも、毎日家事をこなして祖父母の様子を見に行ってと、忙しい毎日を過ごしている母の楽しい気分に水を差したくはない。
「いいよー。明日は早く帰ってくるね」
「ありがとう。 お母さんも家事さっさと終わらせとかなきゃ。ご飯は何か買って帰って、たまには手抜きしたっていいわよね」
 機嫌のよい声でいう母。楽しそうな姿に、旅行を楽しんできて欲しいとも思う。
 旅行自体嫌いではないけれど、観光地の人混み、色んな場所に行かなければと思わせる空気。のんびりとしたい私には、旅行とは目まぐるし過ぎる。
 だからほとんど旅行には同行しない。だけど、両親が旅行中の一人の食卓だけは少し寂しい。
 大和を誘ったら家に来てくれるかな。
 親が夜帰って来ない家に男の子を呼ぶのはいけないとか、危ないなんていうけれど、大和に危険なんて感じない。
 それに、そろそろ話したいこともある。
 私は大和を家に呼ぼうと、そのことを日課になりつつある放課後の寄り道中にでも話してみようと決めた。

 大きな荷物を車に詰め込むのを手伝い、サブバックを肩にかけた両親が私と向き合った。
「行ってくるわね」
「戸締りをちゃんとするんだぞ」
 旅行前のお決まりのセリフにたいして、
「気を付けて行って来てね。ちゃんと戸締りもするから」
 そうお決まりのセリフを返す。
 両親が乗った車がゆっくり走り出し角を曲がって見えなくなるまで見送る。これも、私のお決まりの行動で、その時間だけは両親が無事に帰って来ますようにと願いをかける。
 車が見えなくなって家の中に戻る。
 両親が出かける時間が思っていたよりも遅かった。お昼ご飯を祖父母と近くのお店で食べてゆっくり行くなんて聞いてない。慌てて身支度を整えると大和が来る前に買い出しに出た。
 大和は十三時頃来ることになっている。夕食に誘い、せっかくだから今度は家でゆっくり映画を見ようと話すと、大和はすごく嬉しそうに「行くわ」といってくれた。
 買い出しを終えて急いで帰ってきたが、家の前にはすでに大和が待っているのが目に入って駆け寄る。
「お待たせ」
「今来たとこだから大丈夫よ。それより荷物を持ちましょうか?」
 さっと買い物袋を手に取った大和。
「ありがとう」
 お礼をいって玄関ドアを開けて中に入る。続く大和にスリッパを出して、キッチンへと進んだ。
 買い物袋を持ったまま大和は私の後ろをついてきて、キッチンの台に袋を置いてくれる。
「今日は何をご馳走してくれるのかしら?」
 袋の中身を出そうと広げる私の手元を、覗き込みながら大和は聞く。
「オムライスとサラダを作ろうかなって」
「そのサンドイッチは?」
 卵のパックの上に乗る野菜たっぷりのミックスサンドを見られてしまった。私はサンドイッチを袋から出して置き、他の物を手に取る。
「お昼ご飯まだ食べてなくって」
「そうだったの?」
「お母さんたち、思っていたより出るのが遅くって」
 そんなことをしゃべりながら冷蔵庫に食材をしまい終え、インスタントのスープを用意しようとマグカップを取った。
「大和くんは何飲む? 一応あったかいものも冷たいものも用意できるけど」
「私はコーヒーがあれば嬉しいわ」
 大和のリクエストに両親のコーヒーコーナーを物色し、よく飲んでいる豆と道具を揃える。両親が好んで飲んでいるコーヒーだけど、私はあまり好きじゃない。それでも、何度も淹れる姿を見てきたから手順はわかっている。
「本格的なのね。いつもインスタントだから嬉しいわ」
 これが普通だと思っていたので、大和の喜ぶ声に気分が上がる。私は張り切って豆を挽き出した。
 私がする作業を大和はずっと覗き込んでいる。
 一緒にいることが当たり前になってきたからか、緊張したりドキドキすることは減った。どこか、小学校時代に戻ったような気軽さを感じることもある。
 スープの粉が入ったマグカップにお湯をいれ、フィルターを一度お湯で流すついでにカップも温めて挽きたての粉をいれてお湯をゆっくり注ぐ。
 濃いコーヒーの香りが部屋に広がりだす。
「私、次はカフェでバイトしようと思っているのよね。受験で今まで働いていたとこ辞めさせてもらうし」
 カフェで働きたいと思っていたのは初耳だった。今まで働いていたのはお父さんと付き合いがある人の元だったかな。
「いいんじゃない。似合うと思うよ」
「菜種ちゃんは何かしたいことあるの?」
「私は特にないかな」
 周りに流されるまま大学に進学することを決めた。みんなやりたいことを見つけるために大学に行くのだと思っていたけれど、大和はもうしたいことがあるらしい。
「そのうち見つかるわよ」
 大和の声に曖昧に頷いた。やりたいことが見つかった時には、大和はそばにいないんじゃないか。そんなことを思う。
 茶色の雫がぽたぽたと落ちている。
「コーヒーができたし、リビングに移動して映画見ましょ」
 リビングに移動してどの映画を見るか、大和はコーヒーを飲みながら、私はサンドイッチを食べながら話した。
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