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目隠し鬼さん手のなる方へ

すがたなきもの

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 何が起きてるのか理解できずに、俺は忙しなく目を瞬かせた。
 皿の中に一粒だけ残ってた豆菓子が、テーブルの上をコロコロ転がっていく。
 それを目で追いかけ…

「う…浮いてたよな?」

「う、うん。浮いてた…」

 …って事は、だ。
 今見たものは幻でも何でもなく…
 しばらく沈黙が続いた後、動揺を含んだ声が俺の頭上で交差した。

「……ねえ。カンナ」

「こ…このちゃん…」

「…な…ななな、何?!今の何?!何か見た?……じゃない。何かいた?ていうか、何かいる?どういうことっ??」

「い、いた。けど、いなくて。あ、えっと、ううん。あっちに…いって…」

 このかが口火を切るのと同時に、こちらへ駆け寄ってきた。
 ふたりとも相当慌ててるし、山田君に至っては餌付け中の鮒か鯉かってくらいに口をぱくつかせてる。
 その様子を見てる俺も、状況把握するので手一杯だ。
 曰く付きとは聞いてたし、なんならこのかが呼び出してやるとか豪語してたけど。
 実際に妙な現象を目の当たりにして、皆揃ってパニクってるこの状況って果たしてどうなんだろうか。
 知らせもあったし、間も無く注文の品を持ったタマエさんがやって来るはずだ。
 せっかく開けてもらった密談場所が、再び閉鎖されたらそれはそれで悲しい。

「…と、とりあえず。皆、落ち着こうか」

「そ、そうだね。冷静になろう…」

 俺の提案に、ようやく我に帰った山田君がこくこくと頭を上下させながら同意する。
 気を落ち着けるように胸に手を当てているところを見ると、よっぽど驚いたんだろう。
 昨日から妙なものばっか見てる俺だってそうだ。
 オカルト好きとはいえ、こう立て続けに起こるとそりゃあ混乱するよな。
 転がったままの豆菓子を摘んで小皿に戻す。
 それにしても、食い意地はった鳩神じゃあるまいし、そもそも豆菓子が急に宙に浮くってどういう…

「……ん?」

 俺が急に動きを止めたせいで、このかがどうしたんだって顔で首を傾げた。
 うまくまとめられずに口ごもっていると、彼女は「何なのよ?」とせっついてくる。

「いや、なんていうか。ずっと気になってたんだけど……」

「気になる?何が?」

 腕を組みグッと覗き込まれる。
 そう一気に寄られると、なんだか意味もなく問い詰められてる気分になってくる。
 うーんと唸って、腕を組む。
 俺が思い出してたのは、図書館からここに来るまでの出来事だ。

「カンナちゃんのこと……」

「かっ!」

「へ?」

 素っ頓狂な声に注意が削がれ、言葉途中で顔を向ける。

「か…か…か……」

「……山田君?」

  一応声をかけてみたけれど、彼は最後に「カッ!」と発した状態のまま完全に固まってしまった。
  視線は、今俺がまさに話題にあげようとしていた人物へ向けられているようだ。

「どうし…」

「で、聞きたい事って?なによ」

 さらに声をかけようとした俺の声を遮って、痺れを切らしたこのかが眉を寄せる。
 挙動のおかしい山田君の事は、完全にスルーするつもりらしい。
 容赦ないな、気にならないのかよ。
 そんな風に思いつつ、俺は未だフリーズ中の山田君から渋々視線を移した。

「いや、どう見えてるのかなって思ったんだよ…」

「ん?…どうって?」

 このかの眉間の皺がさらに深くなる。
 完全に彼女の方へ向き直ると、客の目撃情報の事だと続けた。

「ほら、マリモっぽいのとか。白いもふもふしたのの話してただろ?」

「あ、うん…」

「やっぱり、供物なんじゃないかって思ってさ」

「ん?」

「豆菓子が移動した方向思い出してみろよ…」

「えっと……箪笥?」

「そう、その奥には…」

「…妙な扉?」

「そう。俺には霊感ないから、ただ豆菓子が浮いてるように見えてたんだけど。供物として運ばれたなら、何処にっていうのが俄然気になってくるだろ?」

「あ、そっか!」

 カンナちゃんには、人に見えないものが見える。
 そう言ったのはこのかだ。

「で、カンナちゃんがさっき何を見たのか気になったんだよ。図書館からこれまでの事も含めてだけど…」

 最後の方はごにょごにょと告げ、口元に手を持ってく素振りで彼女にだけ見えるように鳩神がここに居ると指し示す。

「……あ、なるほど」

 そこまで言うと、このかは俺の背後をチラッと見てようやく何かを察したように頷いた。

「…じゃあ、扉がどうにかして開かないか調べるつもりなのね?」

「ダメ元だけどな。タマエさんが来たら、ちょっと聞いてみてくれないか?勝手に探るのは気がひけるだろ」

「了解。んふふー。……なんか、ちょっと楽しみになってきた」

「はぁ?楽しみってなんだよ…」

 さっきまで慌てふためいてた癖に…
 にやけ顔を浮かべたこのかから視線を外すと、今度はカンナちゃんの方へ向きなおる。
 その途端、彼女は抱えてた鞄を楯のように引き上げた。

「……もしかして、俺の背後に何か見えてる?」

 あえて鳩神の事には触れず、探りを入れるようにたずねた。
 彼女は今朝、俺の親戚を装った縁に会っている。
 もしはっきり姿が見えているなら、今頃不思議に思ってるはずだ。
 彼女が他人に見えない不思議なものが見えるという話は、さっきこのかから聞いている。
 それなのに、あえて口にしないのは何故なのか。
 黙って返答を待っていると、観念しましたといった様子で彼女は口を開いた。

「あ……あの。どう言ったらいいのか。たぶん、害のあるものじゃないと思うんだけど……」

 いったん区切り、俺の背後へ視線を向ける。
 彼女は意を決したように鞄の両端を握りしめた。

「しょ、小学生くらいの背丈の子が、ず、ずっとあなたの後ろに付いてきてて。一回離れたけど、また現れて。顔ははっきりしてないの。たぶん男の子。き、気を悪くしちゃったら、ごめんなさい…」

 …ぼんやり見えてるってことか?

「……いや、気にしてないよ。まあ、気にはなるけど…」

 鳩神の奴、浮遊霊と間違われてたんだな。
 一応、神様なのに…ご愁傷様だ。
 でもとりあえず、これでこちらを見る度にカンナちゃんが慌てて視線を逸らしてた理由がわかった。
 いい事なのかどうかは別として…

「話してくれて有難う。…害がないなら、ひとまずそれは置いておこう。それより…」

 にっこり笑って礼を言い、本題に入る。

「…さっきの話、聞こえてたよね。で、君にはさっきの豆菓子どんな風に見えてた?」

 それ次第でここの店主さんに聞いてみたい事がある。
 そう俺は切り出した。
 
つづく
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