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迷いの森 ユーダ
こえ
しおりを挟む橋の下の作業場で借り物を返し終えた三人は、崩れた石畳に渡された板を渡っていた。
足元のさらに下からは、決壊した泉の水が流れ出す音が聴こえてくる。
視界は暗くすこぶる悪い。
広場や作業場の篝火の灯りは届かず。
慎重に足元を確認しながらでなければ、うっかり踏み外しそうだ。
落ちたところで高さはないのだが、また足元がずぶ濡れになるのは避けたい。
即席で置かれたような板の橋を渡りきり、再び広場に足を踏み入れたシグマはホッと息を吐いた。
行ったり来たりを繰り返して、些か時間を浪費してしまった感じが否めない。
森の境目まで来て確認出来たことはといえば…
このまま正攻法で森を突っ切るのは、おそらく無謀だろうなという事のみ。
果たして今夜、ここへ確認しに来る必要はあったのだろうか?
そこまで考えて、いやと思い直す。
早めに現状を確認できたのは、きっと良い事だ。
考え事に没頭していたせいか、広場のど真ん中で立ち止まった相棒に気づくのが遅れてしまった。
追いかけていたはずの背中が、顔を上げた瞬間には鼻先にまで迫っていて、思わずその場でたたらを踏む。
何事かと周囲に目を向ければ、人々が皆一様に上空を見上げていた。
様変わりした広場の様子に立ち止まったオメガが、何事かと首を傾げている。
気になって空を仰ぎ、シグマは幻想的な光景に感嘆の声をあげた。
淡い光の粒子が幾重にもうねり重なって、まるで風に煽られたカーテンを下から覗き込んでいるようだ。
「…いったい、なんだってんだ」
周囲の様子に、オメガが居心地悪そうに鼻を鳴らす。
「空に光のカーテンが浮かんでるんだ。とっても綺麗だよ」
「光のカーテン?」
見たままを話せば、何だそりゃと顔を顰められた。
傍らではルディウスが、いつもの難しい顔で上空を見上げなにやら考え込んでいる。
どう説明しようかと唸っていると、ようやく視線を落としたルディウスが口を開いた。
「小さな光の集合体が、上空で重なり合い波打っているんです。貴方にもわかるようにその様子を例えていたんですよ。光のカーテンのようだと…」
説明している間に、光の粒は霧散してその姿を消してしまった。
あれは一体何だったのかと、あちらこちらから騒めきがどっとわきおこる。
「どうやら、ここの方々にとっても珍しい現象のようですね」
「ふーん。…光の集合体ねぇ。肌がピリつく感じならしたけど、普通の星空だったぜ」
「…貴方に見えないという事は、自然現象の類いではなさそうです」
「じゃあ誰かの法術?」
そう呟いて、首を傾げる。
「わざわざ森の中までやって来て、石の力を使ったってのか?」
オメガの疑問に、ルディウスが「そこなんですよ…」と頷く。
「法術にしても、個人のものにしては規模が大き過ぎる気がします。…そう考えると目的は何なのかと…」
「目的ねぇ…」
再び歩き出したオメガが振り返り、そろそろ行こうぜと声をかける。
後に続きながら、目的かぁ…と考えた。
たしかに、上空に光を漂わせる為だけに森で法術を使ったとは考えにくい。
迷って誰かに居場所を伝えるにしても、あれだけの規模というのはおかしな話だ。
かといって、数人がかりで引き起こした現象かと考えると…
それこそ何の為にという話になってくる。
「んー…なら、こういうのは?この地の精霊が何かを訴えてるとか」
「訴えてるって何をだよ。異常事態だから助けてくれって言ってるってのか?」
「違うとも言い切れないじゃない…」
こちらに顔を向けたオメガが、ニヤリと口角を上げる。
「精霊族ってのは、滅多に姿現さないんじゃなかったか?」
飛び火してきた話題に顔を顰め、ルディウスが咳払いをする。
「ひょっとして、私に喧嘩売っていますか?言っておきますが、精霊族と術精霊は別物です。一纏めにしないで頂きたい」
ルディウスに睨まれて、揶揄って悪かったよと口をへの字に引き結ぶ。
結局あれは何だったんだろうなと、彼は首を捻った。
「…人型を取らないだけで、別に姿を見せないわけではありませんよ。けれど、気配が混濁し過ぎているせいぇ、何が大元となっているのかが特定しにくいんです」
「さっき言ってた、酔いそうだってのとなんか関係あるのか?」
「断言は出来ませんが…」
「……んなぁ!」
会話が遮られ、視線を向ける。
「皆さーん!」
石座の並列する通路の上方から、シンシアとユアナが手を振っているのが見えた。
広場の騒めきに、テントの外へ飛び出してきたようだ。
「悪い!遅くなったな。…ダイナは?」
「それが…まだなんです」
駆け降りてきたシンシアが、杖を握りしめたまま首を横に振る。
「問題が起きたんじゃなきゃ良いんだけど。それより!さっきのあれ、見た?」
その後ろからゆっくり降りてきたユアナが空を指差す。
「ああ、ちょうどその話をしてたんだ」
そうオメガが答えたすぐ後の事だ。
キーンと耳鳴りがして、ぎゅっと目を瞑る。
…トレス……エーテ……
…ェンテ…レス……セパ…レス…
か細い少女の声が、頭の中で細切れに鳴り響く。
誰かに助けを求めているような。
何かを必死に伝えようとしているような声音だ。
「声が…」
導かれるようにふらりと足を踏み出して、シグマは声がすると呟いた。
続く
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