イサード

春きゃべつ

文字の大きさ
上 下
21 / 38
迷いの森 ユーダ

こえ

しおりを挟む


 橋の下の作業場で借り物を返し終えた三人は、崩れた石畳に渡された板を渡っていた。

 足元のさらに下からは、決壊した泉の水が流れ出す音が聴こえてくる。

 視界は暗くすこぶる悪い。

 広場や作業場の篝火の灯りは届かず。

 慎重に足元を確認しながらでなければ、うっかり踏み外しそうだ。

 落ちたところで高さはないのだが、また足元がずぶ濡れになるのは避けたい。

 即席で置かれたような板の橋を渡りきり、再び広場に足を踏み入れたシグマはホッと息を吐いた。

 行ったり来たりを繰り返して、些か時間を浪費してしまった感じが否めない。

 森の境目まで来てここまできて確認出来たことはといえば…

 このまま正攻法で森を突っ切るのは、おそらく無謀だろうなという事のみ。

 果たして今夜、ここへ確認しに来る必要はあったのだろうか?

 そこまで考えて、いやと思い直す。

 早めに現状を確認できたのは、きっと良い事だ。

 考え事に没頭していたせいか、広場のど真ん中で立ち止まった相棒に気づくのが遅れてしまった。

 追いかけていたはずの背中が、顔を上げた瞬間には鼻先にまで迫っていて、思わずその場でたたらを踏む。

 何事かと周囲に目を向ければ、人々が皆一様に上空を見上げていた。

 様変わりした広場の様子に立ち止まったオメガが、何事かと首を傾げている。

 気になって空を仰ぎ、シグマは幻想的な光景に感嘆の声をあげた。

 淡い光の粒子が幾重にもうねり重なって、まるで風に煽られたカーテンを下から覗き込んでいるようだ。

「…いったい、なんだってんだ」

 周囲の様子に、オメガが居心地悪そうに鼻を鳴らす。

「空に光のカーテンが浮かんでるんだ。とっても綺麗だよ」

「光のカーテン?」

 見たままを話せば、何だそりゃと顔を顰められた。

 傍らではルディウスが、いつもの難しい顔で上空を見上げなにやら考え込んでいる。

  どう説明しようかと唸っていると、ようやく視線を落としたルディウスが口を開いた。

「小さな光の集合体が、上空で重なり合い波打っているんです。貴方にもわかるようにその様子を例えていたんですよ。光のカーテンのようだと…」

 説明している間に、光の粒は霧散してその姿を消してしまった。

 あれは一体何だったのかと、あちらこちらから騒めきがどっとわきおこる。

「どうやら、ここの方々にとっても珍しい現象のようですね」

「ふーん。…光の集合体ねぇ。肌がピリつく感じならしたけど、普通の星空だったぜ」

「…貴方に見えないという事は、自然現象の類いではなさそうです」 

「じゃあ誰かの法術?」

 そう呟いて、首を傾げる。

「わざわざ森の中までやって来て、石の力を使ったってのか?」

 オメガの疑問に、ルディウスが「そこなんですよ…」と頷く。

「法術にしても、個人のものにしては規模が大き過ぎる気がします。…そう考えると目的は何なのかと…」

「目的ねぇ…」

 再び歩き出したオメガが振り返り、そろそろ行こうぜと声をかける。

 後に続きながら、目的かぁ…と考えた。

 たしかに、上空に光を漂わせる為だけに森で法術を使ったとは考えにくい。

 迷って誰かに居場所を伝えるにしても、あれだけの規模というのはおかしな話だ。

 かといって、数人がかりで引き起こした現象かと考えると…

 それこそ何の為にという話になってくる。

「んー…なら、こういうのは?この地の精霊が何かを訴えてるとか」

「訴えてるって何をだよ。異常事態だから助けてくれって言ってるってのか?」

「違うとも言い切れないじゃない…」

 こちらに顔を向けたオメガが、ニヤリと口角を上げる。

「精霊族ってのは、滅多に姿現さないんじゃなかったか?」

 飛び火してきた話題に顔を顰め、ルディウスが咳払いをする。

「ひょっとして、私に喧嘩売っていますか?言っておきますが、精霊族と術精霊は別物です。一纏めにしないで頂きたい」

 ルディウス術精霊に睨まれて、揶揄って悪かったよと口をへの字に引き結ぶ。

 結局あれは何だったんだろうなと、彼は首を捻った。

「…人型を取らないだけで、別に姿を見せないわけではありませんよ。けれど、気配が混濁し過ぎているせいぇ、何が大元となっているのかが特定しにくいんです」

「さっき言ってた、酔いそうだってのとなんか関係あるのか?」

「断言は出来ませんが…」

「……んなぁ!」

 会話が遮られ、視線を向ける。

「皆さーん!」

 石座の並列する通路の上方から、シンシアとユアナが手を振っているのが見えた。

 広場の騒めきに、テントの外へ飛び出してきたようだ。

「悪い!遅くなったな。…ダイナは?」

「それが…まだなんです」

 駆け降りてきたシンシアが、杖を握りしめたまま首を横に振る。

「問題が起きたんじゃなきゃ良いんだけど。それより!さっきのあれ、見た?」

 その後ろからゆっくり降りてきたユアナが空を指差す。

「ああ、ちょうどその話をしてたんだ」

 そうオメガが答えたすぐ後の事だ。

 キーンと耳鳴りがして、ぎゅっと目を瞑る。


…トレス……エーテ……

…ェンテ…レス……セパ…レス…

 か細い少女の声が、頭の中で細切れに鳴り響く。

 誰かに助けを求めているような。

何かを必死に伝えようとしているような声音だ。

「声が…」

 導かれるようにふらりと足を踏み出して、シグマは声がすると呟いた。


続く
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです

もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。 この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ 知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?

処理中です...