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春きゃべつ

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迷いの森 ユーダ

崩落の橋

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「まさか、舟に乗るとはなぁ…」

 積まれた木材の隙間で縮こまりながら、もぞりと身動ぎずり落ちかけた毛布を引き上げた。

 彼等は今、修繕用物資を運搬する為の船に同乗している。

 ほんのちょっと様子を見てくるだけの筈が、段々畑を下り、崖を降下し、船に乗りと、とんでもない大移動になってしまった。

 なんだか行く先々で、足止めをくらってるような気がする。

 思わず溜息をつきかけて「…何これ」と、不意に頭上から降ってきたユアナの声に顔を上げた。

 積み荷に腰掛けた人影が、片手を頭に押し当てているのが見える。

「ここまで酷い状態だったなんて…」

 困惑が滲む呟きに、積まれた木材の奥から年少組の驚愕する声が混じる。

「これは…」

 隣から発せられた声に視線を滑らすと、ルディウスが組んだ腕を解いて、前へと身を乗り出すのが見えた。

 つられるように立ち上がる。

 ゆっくりと移動する船上から見えたのは、所々に置かれた炎に照らされ、闇の中に浮かび上がる橋だった物の残骸だ。

「酷いなこりゃ…」

 思わずもらした言葉に、頷く気配がする。

「まさか…いや……」

 言い淀み、歯切れの悪い様子にどうしたと声をかけると、小さく息を吐いてルディウスは顔を上げた。

「先程から、どうにも違和感が…」

「違和感?」

「ここの空気が…あ…いえ。……おそらく気のせいでしょう」

 気になる言い草だが、彼自身も違和感の正体を掴めずにいるようだ。

 これ以上聞いたところで、無駄なのだろう。

 彼は再び積み荷に背を預け、それよりもと話を切り替える。

「どう思います?」

 橋の残骸を、顎で指し示す。

「どうって…?」

「…正直、蜘蛛の化け物あのばけものの仕業だとは思い難いのですが…」

「まあ、ありゃどう考えても、叩き壊されたってレベルじゃないよな…」

 船に乗りこむほんの少し前に聞いた話では、化け物の襲撃で橋が崩落し。

 村の宝が奪われ、祭壇にも被害が及んだらしい・・・というものだった。

 説明していた人間も、伝え聞いたままを話しているという体で、それ以上の事はわからなかった。

 ユアナから前もって話を聞いていたせいか、さほど不思議に思う事もなかったのだが…

 実際に橋の惨状を目にした今では、彼が首を傾げたくなる気もわからないではなかった。

 一行が渡ろうととしていた橋は、頑丈そうな石の橋だった。

 今にして思えば、張り巡らせられていた板床もどこか真新しく。

 急ごしらえで補修されたかのように思えた。

 例えば、だ。

 化物共が大群で押し寄せ、宝を奪い、橋で暴れ、体当たりを繰り返したとしよう。

  だからといって、あそこまで滅茶苦茶になるものだろうか?

 化け物とはいえ、生き物だ。

 あれだけの状態になる前に、死骸の一匹や二匹は出ていそうなものだ。

 襲撃してきた魔物に乗じて村の宝を盗み出した誰かが、大量の火薬を仕掛けて橋を爆破した。

 そう言われた方が、よっぽど納得出来る。

 要するに、蜘蛛の化け物やつらが破壊したにしては、被害が酷すぎるのだ。

 奴らに未知の能力があったのなら、話は別だが…

 それにそんな状況だったとしたら、村の人間だってもっと大騒ぎになっていてもいいばずだ。

 それとも騒ぎを恐れた一部の人間が、村人に悟られる前に片付けてしまったのだろうか?

 しかし、何の為にという疑問が残る。


「まさか神獣ってことは…」

 数日前に耳にした噂話を思い出し。

 流石にそれはないだろうと考えを打ち消す。

 再び溜め息をついて、顔を上げた。

「…なあ、何が原因だと思う?」

「知っていたら苦労しませんよ。まあ、さすがに神獣なんてものが出てきたら。橋が崩落しましたどころの話ではすまないでしょうがね」

「ぬぅっ!」

「声に出してましたよ…」

どこか呆れたような口調で返され、言葉に詰まる。

「いや蘇った神獣が、どっかの国を壊滅させたって噂がだな…。ちょっと思い出しただけだって…」

「ほう、噂ですか」

「なんだよ…」

「いーえ…」

 ロクサスの旦那が突然姿をくらまして以来、なんだかピリピリ度が増している気がするんだよなと思う。

 まさか日頃のストレスを、こちらにぶつけて来てやしないだろうか?

 ちらっと見上げるが、暗すぎて表情まではわからない。

 なにか?と、無言の圧力が降ってきた気がして口を閉ざす。

 足元に落ちていた毛布を、静かに拾い上げた。

 底に取り付けられた魔晶石の力で、船は漕ぎ手が無くとも泉の上を滑るように進んでいく。

 四隅に取り付けられた石が、仄かに発光し。

 舵取り人が、障害物との接触を避けやすいようにしているようだ。

 対岸の明かりが近づき、乗り込んでいた者達が、積み荷を降ろす準備に取り掛かりはじめる。

「…じゃあ、その時に橋が壊れたって事なのかな?」

「ええ、そう。…でも、それだとちょっとおかしいでしょ?」

 積荷の通路から抜け出し、船首側に移動してきたユアナ達の会話が聞こえてくる。


「…なんの話だ?」

 こちらの問いかけに気づいたシンシアが、こちらに寄ってくる。

「あの、それが…」

 どうやら、あちらはあちらで何か引っかかる事でもあったらしい。

 先を促すと、頷いて彼女は話し始めた。

「私達、宝が消えてしまった時の事をお聞きしていたんです。ですが、橋の状況を見ていたユアナさんが、途中で聞いた説明だとおかしいと仰られて…。辻褄が合わないと…」

「辻褄が合わない?」

「ええ。宝が消えた直後には、祭壇まで往来が出来ていたそうなんです。それで…」

「きゃっ!?」

 会話を遮られた三人が、突然あがった悲鳴に視線を向ける。

「何ここ!なんだか水嵩みずかさ増してない?」

「ほんとだ。…みんな気を付けて、足元水浸しだ」

 船を降りたふたりがパシャパシャと水音をさせながら、大慌てで船着場の段を駆け上がっていく。

 シグマの注意を受けて慎重に地上へと降りる。

 小さな船着き場は、くるぶし程まで水に浸っていた。

「特に雨が降り続いてた訳でもないのに、変よね」

 どうしてかしらと首を傾げて、ユアナが呟く。

「水嵩の増した泉ねぇ…」

 足元の冷たい水の感触を感じながら、ポツリと呟く。

 得体の知れぬ物が、胸の内を過っていった。

続く。

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