5 / 38
迷いの森 ユーダ
行き倒れの少女
しおりを挟む駆け寄って口元に手を翳し、ようやく安堵の混じった息を吐き出した。
「いったい、何があったんだ…?」
辺りを見渡せば、そこかしこに黒ずんだ跡がある。
ここだけ集中的に雷でも落ちたような有様だ。
息を吐き、横たわる少女へと視線を引き戻す。
背中までありそうな白銀の髪には、いたるところに小枝や葉っぱが付着し、ずり落ちた丸眼鏡は片側がひび割れている。
おそらく森の中を抜けてきたのだろうが、このような場所で、年端もいかぬ少女が一人行き倒れているには、余程の事情がありそうだ。
面倒事は御免なんだがなと舌打ちをし、少女が首から下げている飾り石へと目を留めた。
「たしか、この紋章……」
思い出そうと眉を顰め、不意に感じた気配に身を硬くする。
腰に下げた剣にそろりと手を這わせ、威嚇するように問いかけた。
「誰だ」
「オメガ…」
耳馴染みのある声に、緊張が解け脱力する。
「なんだ、お前かよ…」と振り返り、緩んだ顔が一気に引き攣った。
先程とはまた違った意味で、いやぁな汗が背中を伝っていく。
「ど、どうしたんだ。ルディウス…」
「なんて…事を…」
「へ?いや。あの…」
状況が見えずまごついているうちに、眼鏡の奥の切れ長の目がカッと見開かれ、思わずヒィッと悲鳴をあげて後退った。
「見損ないましたっ!」と吐き捨てる彼に、ちょっと待てと片手で制し首を振る。
「いやいやいや…どうしたってんだよ。俺がいったい何をした」
「はっ。この期におよんで何をしたときましたか。見たまんまでしょうがっ」
こちらを睨む切れ長の目がさらに細められ、次第に低くなっていく声が迫力を増していく。
「魔物からご婦人を守ってさしあげたというなら、褒めてあげない事もありません。しかし、あろう事か年端もいかぬ少女を手にかけるとは。言語道断、問答無用!!」
「おい。問答無用って…。手にかけてないし、ご存命だっつう」
「だまらっしゃいっ!」
一喝されて、ウッと言葉に詰まる。
「鷲の紋章ですよっ。小国とはいえ、八大国家の一つです。何故、道端に倒れているんですか。よく考えて御覧なさい。おかしいでしょうがっ。こんな辺鄙な島に、姫君が一人きり。しかも、夜着姿っ…」
ああ、嘆かわしいとばかりに額に手を当て、再びオメガの方をギロリと睨む。
「よくもまあ、いけしゃあしゃあとすっとぼけた事が言えたものですね。貴方という人は…」
彼らしくもない見当外れな誤解だ。
たじろぎながらも、隙を見計らって「あのなぁ…」と切り返す。
「お前の方こそよく考えてみろって。なんで初対面の姫さんを手にかけなきゃならないんだ?…それ以前に、7日やそこらでどうやって連れてくるんだよ。大陸にいるはずの人間を」
「…どうですかね」
「はぁ?どうですかねって…」
呆気にとられたオメガをよそに、乱心気味のルディウスはこめかみに青筋を浮かべたままフンッと鼻をならす。
それから『私、実家に帰らせて頂きます』とばかりに身を翻し、彼は主人を乗せた馬の手綱をグイッとひっぱった。
目覚めたシグマが大きな欠伸と共に伸びをして、首を傾げる。
「あれ、ルディ?合流してたんだ」
「ええ。随分とお待たせしました」
「おはよ…って、時刻でもなさそうだね。ねえ、オメガ。いつ……って、どうしたのその人っ」
表情を強張らせたシグマに肩を竦め、それから横たわる少女をちらっと見下ろして気を失ってるだけだと再び視線を戻した。
顔を見合わせ、ゆっくりすれ違い。
一拍おいて『ん?』と首をかしげる。
「え。ちょ、ちょっと、ルディ!?どこまで行くつもり?…オ、オメガは?」
「いいんですっ。そんなの放って置けば…」
「そんなのって……俺は物かよ」
言い捨てるような口調に思わずツッこんで、かっ飛んできた殺気混じりの視線に「ひぃっ!」と息をのむ。
やけに突っかかってくるところをみると、ロイの婆さんところで軽く人間不信にでもなったに違いない。
慈愛に満ちた術精霊。
魔法使いの従順な僕。
どれも嘘っぱちだ。
やれやれとため息をつき、次の瞬間彼は声にならない悲鳴をあげその場に崩折れた。
一部始終を見ていたルディウスが微妙な表情で唸り声をもらし、目覚めた少女が傍らで悶える人物に気づいて「まあっ!」と驚声をあげた。
「こんな所に蹲られて、ご気分でも…」
「いや、貴女が沈ませ……いえ。ちょっとした誤解とちいさな不幸が重なっただけです。お気になさらず…」
ぎこちない咳払いに顔を上げ、視線を泳がせたルディウスに「何がちょっとしただよ」と呟く。
なんとか身を起こし、夜着姿のままの少女を見て外套を差し出す。
それからさらに視線を上げて、気まずそうに眼鏡を押し上げたルディウスに「町まで戻るか?」と尋ねた。
森へ続くトンネルは崩れた落ちた岩のせいで、入り口を完全に塞がれてしまっている。
岩を退けるにしても、この人数では難しいだろう。
森を抜けて向こう側まで行くとなれば、何日かかるかわからない。
「他に選択肢が?」
そう聞き返してきたルディウスと顔を見合わせて、否と首を振る。
「ねえ、二人とも。引き返すのちょっと待ってくれない?」
駆け寄ってきた相棒が紙面を広げて「向こうの道からも、森を通り抜けられるみたいなんだ」と指差す。
「…どれ、見せてみ」
「…ほら、ここ」
覗き込んだ紙面には、文字と簡易な地図らしきものがうっすらと書き込まれていた。
「…小さいけど村もあるみたい。これからコカの町まで戻るよりは近いと思うんだけど。…どうかな?」
「へぇ、よく見つけたな。こんな走り書き」
でかしたと頭を撫でる隣で、ルディウスもどれどれと覗き込んでくる。
「…旧街道でしょうか?ずいぶん古い書き込みのようですね。ですが良かった。では、ひとまずこの村まで向かってみましょうか」
「だな」
話が纏まって、不安げに様子を伺っている少女へとルディウスが視線を向ける。
「そういう訳で、私達はこれから近くの村まで向かいます。勝手に行き先を決めてしまって申し訳ないのですが、女性をこんな所に一人残していくわけにも行きませんので…。問題ありませんか?」
ほっとしたように「ええ」と微笑んで、ぺこりと頭を下げる。
「お気遣い下さり有難うございます。あ、あの…」
「そういや、名乗ってなかったか」と、察したオメガが相棒の頭にポンと手を置く。
「このちっこいのがシグマで、そっちの仏頂面がルディウスだ」
「仏頂面…?」
片眉を上げたルディウスから、慌てて視線を逸らす。
「俺は、オメガ。宜しくなお嬢ちゃん」
軽く頭を下げたオメガは「肝心のあんたの名前は?」と、少女に尋ねた。
続く。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる