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春きゃべつ

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迷いの森 ユーダ

行き倒れの少女

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駆け寄って口元に手を翳し、ようやく安堵の混じった息を吐き出した。

「いったい、何があったんだ…?」

辺りを見渡せば、そこかしこに黒ずんだ跡がある。
ここだけ集中的に雷でも落ちたような有様だ。
息を吐き、横たわる少女へと視線を引き戻す。
背中までありそうな白銀の髪には、いたるところに小枝や葉っぱが付着し、ずり落ちた丸眼鏡は片側がひび割れている。
おそらく森の中を抜けてきたのだろうが、このような場所で、年端もいかぬ少女が一人行き倒れているには、余程の事情がありそうだ。
面倒事は御免なんだがなと舌打ちをし、少女が首から下げている飾り石へと目を留めた。

「たしか、この紋章……」

思い出そうと眉を顰め、不意に感じた気配に身を硬くする。
腰に下げた剣にそろりと手を這わせ、威嚇するように問いかけた。

「誰だ」

「オメガ…」

耳馴染みのある声に、緊張が解け脱力する。
「なんだ、お前かよ…」と振り返り、緩んだ顔が一気に引き攣った。
先程とはまた違った意味で、いやぁな汗が背中を伝っていく。

「ど、どうしたんだ。ルディウス…」

「なんて…事を…」

「へ?いや。あの…」

状況が見えずまごついているうちに、眼鏡の奥の切れ長の目がカッと見開かれ、思わずヒィッと悲鳴をあげて後退った。
「見損ないましたっ!」と吐き捨てる彼に、ちょっと待てと片手で制し首を振る。

「いやいやいや…どうしたってんだよ。俺がいったい何をした」

「はっ。この期におよんで何をしたときましたか。見たまんまでしょうがっ」

こちらを睨む切れ長の目がさらに細められ、次第に低くなっていく声が迫力を増していく。

「魔物からご婦人を守ってさしあげたというなら、褒めてあげない事もありません。しかし、あろう事か年端もいかぬ少女を手にかけるとは。言語道断、問答無用!!」

「おい。問答無用って…。手にかけてないし、ご存命だっつう」

「だまらっしゃいっ!」

一喝されて、ウッと言葉に詰まる。

「鷲の紋章マークですよっ。小国とはいえ、八大国家の一つです。何故、道端に倒れているんですか。よく考えて御覧なさい。おかしいでしょうがっ。こんな辺鄙な島に、姫君が一人きり。しかも、夜着姿っ…」

ああ、嘆かわしいとばかりに額に手を当て、再びオメガの方をギロリと睨む。

「よくもまあ、いけしゃあしゃあとすっとぼけた事が言えたものですね。貴方という人は…」

彼らしくもない見当外れな誤解だ。
たじろぎながらも、隙を見計らって「あのなぁ…」と切り返す。

「お前の方こそよく考えてみろって。なんで初対面の姫さんを手にかけなきゃならないんだ?…それ以前に、7日やそこらでどうやって連れてくるんだよ。大陸にいるはずの人間を」

「…どうですかね」

「はぁ?どうですかねって…」

呆気にとられたオメガをよそに、乱心気味のルディウスはこめかみに青筋を浮かべたままフンッと鼻をならす。
それから『私、実家に帰らせて頂きます』とばかりに身を翻し、彼は主人を乗せた馬の手綱をグイッとひっぱった。
目覚めたシグマが大きな欠伸と共に伸びをして、首を傾げる。

「あれ、ルディ?合流してたんだ」

「ええ。随分とお待たせしました」

「おはよ…って、時刻でもなさそうだね。ねえ、オメガ。いつ……って、どうしたのその人っ」

表情を強張らせたシグマに肩を竦め、それから横たわる少女をちらっと見下ろして気を失ってるだけだと再び視線を戻した。
顔を見合わせ、ゆっくりすれ違い。
一拍おいて『ん?』と首をかしげる。

「え。ちょ、ちょっと、ルディ!?どこまで行くつもり?…オ、オメガは?」

「いいんですっ。そんなの放って置けば…」

「そんなのって……俺は物かよ」

言い捨てるような口調に思わずツッこんで、かっ飛んできた殺気混じりの視線に「ひぃっ!」と息をのむ。
やけに突っかかってくるところをみると、ロイの婆さんところで軽く人間不信にでもなったに違いない。
慈愛に満ちた術精霊。
魔法使いの従順な僕。
どれも嘘っぱちだ。
やれやれとため息をつき、次の瞬間彼は声にならない悲鳴をあげその場に崩折れた。
一部始終を見ていたルディウスが微妙な表情で唸り声をもらし、目覚めた少女が傍らで悶える人物に気づいて「まあっ!」と驚声をあげた。

「こんな所に蹲られて、ご気分でも…」

「いや、貴女が沈ませ……いえ。ちょっとした誤解とちいさな不幸が重なっただけです。お気になさらず…」

ぎこちない咳払いに顔を上げ、視線を泳がせたルディウスに「何がちょっとしただよ」と呟く。
なんとか身を起こし、夜着姿のままの少女を見て外套を差し出す。
 それからさらに視線を上げて、気まずそうに眼鏡を押し上げたルディウスに「町まで戻るか?」と尋ねた。
森へ続くトンネルは崩れた落ちた岩のせいで、入り口を完全に塞がれてしまっている。
岩を退けるにしても、この人数では難しいだろう。
森を抜けて向こう側まで行くとなれば、何日かかるかわからない。

「他に選択肢が?」

そう聞き返してきたルディウスと顔を見合わせて、否と首を振る。

「ねえ、二人とも。引き返すのちょっと待ってくれない?」

駆け寄ってきた相棒が紙面を広げて「向こうの道からも、森を通り抜けられるみたいなんだ」と指差す。

「…どれ、見せてみ」

「…ほら、ここ」

覗き込んだ紙面には、文字と簡易な地図らしきものがうっすらと書き込まれていた。

「…小さいけど村もあるみたい。これからコカの町まで戻るよりは近いと思うんだけど。…どうかな?」

「へぇ、よく見つけたな。こんな走り書き」

 でかしたと頭を撫でる隣で、ルディウスもどれどれと覗き込んでくる。

「…旧街道でしょうか?ずいぶん古い書き込みのようですね。ですが良かった。では、ひとまずこの村まで向かってみましょうか」

「だな」

 話が纏まって、不安げに様子を伺っている少女へとルディウスが視線を向ける。

「そういう訳で、私達はこれから近くの村まで向かいます。勝手に行き先を決めてしまって申し訳ないのですが、女性をこんな所に一人残していくわけにも行きませんので…。問題ありませんか?」

ほっとしたように「ええ」と微笑んで、ぺこりと頭を下げる。

「お気遣い下さり有難うございます。あ、あの…」

「そういや、名乗ってなかったか」と、察したオメガが相棒の頭にポンと手を置く。

「このちっこいのがシグマで、そっちの仏頂面がルディウスだ」

「仏頂面…?」

片眉を上げたルディウスから、慌てて視線を逸らす。

「俺は、オメガ。宜しくなお嬢ちゃん」

軽く頭を下げたオメガは「肝心のあんたの名前は?」と、少女に尋ねた。


続く。


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