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第二十一話 魔人化事件–2

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「この魔石は人の体内。つまりヴィルメル嬢と同じく怪物になった者たちから採取されてものだ」

 ザリウスは人の血を吸って出来たかのような鮮血の魔石を、手のひらでコロコロと遊ばせる。

「最初に報告があったのは、半年ほど前だ。シルバープレート冒険者のパーティーの一人が怪物、私たちは魔人と呼んでいるが。魔人となってパーティー壊滅させた」

 個体差があるのか分からないが魔人の力は尋常じゃないことは、ルーンもアリシアもわかっていた。
 ルーンたちが助けに行けずにいたらリノアたちはどうなっていたのだろうと思うと無意識に拳に力が入った。

「生き残った一人は命辛々でギルドに報告しに来た。いや、最初は耳を疑ったよ。人が怪物になったとか言い出すからね。彼の必死の訴えで、冒険者を雇って調査に向かわせたのさ」

 その後の展開は予想がついた。
 派遣された冒険者は魔人となった元冒険者との戦い、最後には同僚だった存在を屠った。

「ボロボロになって帰ってきた冒険者が持って帰ってきたのが、この赤い魔石さ。それから期間を開けての魔人化の報告が四回あったが、どれも魔人となった被害者は死んでいる」

 ルーンは少し考える。
 半年前から被害がヴィルメル含め五人。
 流行病だとすれば少なすぎる、迷宮による影響だとしても迷宮完成から一〇〇年の間に一度もそう言った事例がないと言うのもおかしい。

「我々も原因究明と治療法の研究をしているが、何せ生きたままでは地上までは連れてこれない。そうすれば少なからず冒険者の目に晒され、それは一気に広まってしまう」

 ザリウスは肩を竦める。
 確かに今回は人の姿でヴィルメルを地上まで運んだから良かったものの、もし魔人化した状態の彼女を地上へ連れ出そうものなら、ども冒険者も疑いの目で見てくるはずだ。
 治療法が無い以上、ギルドが下せる判断は魔人化した冒険者は殺すことしかない。

「正直に言って手詰まりだった。そんな所に君たちだ。今回もただの魔人騒動だと思ったが、蓋を開けてみれば治療したと言うじゃないか。私は神を信じないが、まさに天恵かと思ったね」
「治療法はお教えします。ですが、それを理解できるかどうか……」

 二〇〇年前の魔力の陰陽は獣人族のごく一部しか知らない情報だ。
 世界が平和になり種族間の垣根が薄くなったとは言え、あの獣王がそんな極秘情報をポンポンと教えるとは思えない。
 それにこれを話すかどうかは躊躇われる。
 理由は簡単だ。
 この情報は再び争いの時代に繋がりかねないからだ。
 陰の魔力は魔物の他に、魔族が持っている。
 二〇〇年前まで邪竜の配下として扱われ、魔族とは敵対していたのだから、当然魔族は種族間でも一番交流の少ない種族になる。
 とはいえ、魔族はこの二〇〇年で他種族との良好な関係を築いてきているのは確かだろう。
 それはこの都市に来て、人族男の子と魔族の女の子が恋人同士だということが何よりもの証明だ。
 だが、この情報はそんな関係に亀裂を入れかねないほどの威力がある。
 もちろんルーンがこのことを公言するつもりはないが、陰陽の性質を知った学者が気づくのは時間の問題だ。

 そしてもう一つ問題がある。
 それは情報を与えたところで、有効活用できない可能性だ。
 陰陽の性質を理解出来るのと、実用できるのは違う。
 魔力操作がルーン並みとまでは言わずとも、魔道杖を頼らずに魔法を扱える者でないと魔人への治療は難しい。

 しばらく悩んだ結果。

「お教えします。ですが、この情報は慎重に扱ってもらいたいので、優秀な人材を数人のみに提供します」
「ああ、それで構わない」
「とりあえずは魔道杖無しで魔法行使が可能な魔法使いと、優秀な魔道技師をお願いします」
「了解した。さっそく手配しよう」

 明確な答えは出なかった。
 もはやかつての仲間や魔族からの罵詈雑言を承知。
 二度目の人生が尽きた時には甘んじて受け入れる。
 だが、一人で考えるよりも現代の技術を知っている者達の知恵を借りればなんとかなるのではと思った。

(そもそも、俺はただの魔法使いだ。一人で何かできるようなタチじゃ無い)

 邪竜も仲間がいなければ倒すことはできなかった。
 いや、一人なら邪竜の元に辿り着く前に死んでいただろう。
 勇者の魅力と能天気さに救われた、聖女の怪我も心も癒す力に救われた、獣王の男気と不器用な気遣いに救われた、妖精姫の莫大な知力と采配に救われた。
 そして、二度目の人生はアリシアに救われた。
 今回も誰かに手を借りるのが正しいだろう。

「招集するまでには時間がかかる故、今日のところはこれでお開きにする。メイジック氏は、後日改めて来てほしい。どこに行けば連絡がつくか?」
「”金色の雌羊”という宿に泊まっているんで、そこに連絡を入れてください」
「了解した。長らくすまなかった。今後とも協力を頼む」

 ギルド長室を出ると、ついでに換金を済ませる。
 繁殖期とほぼ乱獲に近い戦闘を行なっていたため、一度に二十万ちょっとという大金が手に入った。
 自前の財布と言う名前の巾着袋には入り切らず、簡易的な麻袋に詰めてもらった。
 右手にはずっしりとした感触、それと一日だけ相棒だった青銅の板は、今や白金へと変わっていた。

「まぁ、当然だよね」

 そんな換金の仕方をされてはランクアップは余儀なくされるわけで、カッパーから一気にプラチナまで昇格。
 最初はアリシアの功績が九割方だろうと、シルバープレートを出されたが裏で何かあったらしく、シルバープレートは剥奪され代わりに白金の板を渡された。

「実質一日でプラチナ昇格かよ……。前代未聞だろう…………」
「不正してんじゃ無いか?」
「何したら一日でプラチナ行けんだよ……?」

 ランク昇格者は登録日と昇格日が書き出された紙が貼り出される決まりになっている。
 ギルドに置かれている掲示板に新しい紙が張り出され、冒険者たちはこぞって覗き呟いていた。

「こういうの嫌だから、ひっそりやりたかったんだけど……」
「ふふふ、これで君も私と同じプラチナだな?」
「昨日の今日で、プラチナってちょっと実感が湧かないですけどね」

 たはは、と苦笑しながら返答する。
 あれ、何か引っかかるぞ? と頭の隅で思うも、それがなんなのか分からない。
 だが、その疑念はすぐに解決される。

「昨日登録したということは、私と出会った時は冒険者登録してないんだな」
「ギクッ…………!?」

 ルーンの時間は止まり、今日一番の大量の汗が流れ始めた。
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