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第十七話 迷宮探索−5

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 迷宮第十一層を全力で駆ける。
 遅いかもしれないという絶望感とまだ間に合うかもしれないという焦燥感。
 襲いかかる魔物には容赦の無い攻撃で蹴散らしていく。
 豪剣での一刀両断。
 魔法での全焼。
 とにかく、”探知”魔法を使いまくって人の気配が無いか確かめていく。

「まだいないのか?」
「まだです」

 リノアの話した内容は、およそ二〇〇年前を生きたルーンもこの時代で生きていたアリシアでさえも知らない現象だった。

 --人の魔物化。

 突如、パーティーリーダーが苦しみだし、仲間を襲い始めたという。
 意識は無く言葉は交わせない、狂気に満ちた獣のような顔。
 そして体の一部が、人でないものに変化していたという。

 何が原因でそうなったのかわからない。
 迷宮に潜り続けた影響か、魔物による攻撃なのか定かではない。
 けれど、悠長にしている暇がないことは確かだった。

「ん? --いました! この先に五人です」
「リノアが言っていた情報と一緒だな。急いで向かおう」

 アリシアは迷宮で培ってきた脚力で速度を上げた。
 ルーンも負けまいと速度を上げるが、体格も筋肉量も違うため距離は離される。
 すぐそこだとはいえ、ここで逸れるのは良くない。
 相手が人間か魔物か、魔物であるならば人を魔物に変える能力を持っている可能性だってある。もしかすれば五人は既に。

「やってみるか」

 身体の魔力を足に集中させる。
 力が充填されたのを感じると、地面を蹴り上げた。
 地面から爆発するような音を立てて、猛スピードで駆ける。
 二、三歩ほど勢いのあまり体勢を崩しかけたが、すぐに感覚を掴むとアリシアに追いついた。
 魔力による身体能力の向上。
 生前はよく使っていた魔力の用途の一つだったが、繊細な魔力操作を必要とするため魔力操作が覚束ない現状は躊躇って使えなかった。

 失敗すれば最悪四肢の爆発まで起こりかねない諸刃の剣だ。
 四肢を失わないにても、何度失敗して死にかけたか。
 だが、今回で無事使えることを確認でき、一安心した。

「まだ、そんな隠し球持っていたなんてな」

 アリシアは追いついたことに驚くも、化けの皮が剥がれていくルーンに口角を上げた。
 爆速で目的地まで辿り着く。

 そこにはかつて同胞だった者に武器を向ける冒険者の姿があった。
 暴走した同胞の攻撃を避け、反撃をする。
 だが、仲間に剣を向けることに躊躇いのあるのか、四人の攻撃にはキレが無かった。
 割って入る形でルーンたちが乱入する。

「大丈夫かっ!」
「ア、アリシアお姉様!? なんでここに……?」

 冒険者の一人が、赤髪に気づき驚く。
 が、そんなことを気にしている暇はない。
 目の前の凶暴化した半魔物の冒険者が攻撃を仕掛けてくる。肥大化し、獣の鋭利な爪が生えた右腕を大ぶりに振り下ろす。
 それをアリシアは腕で往なし、腹部を思いっきり蹴飛ばした。
 元冒険者は勢いよく飛ばされ壁にぶつかる。

「あれはヴィルメル、なのか?」

 信じられないとばかりに疑い、後方にいる冒険者達に確認するように口にした。
 醜悪な顔はどこか知人の面影を残している姿に、いやまさかそんなはずは、と口にするも呆気なく肯定される。

「あの方はヴィルメル様です。突然こんな……」

 剣使いの女冒険者が嗚咽混じりに口にする。
 彼女らもリノアと同様、いやそれ以上に辛いものを目の当たりにしてきたのだろう。
 アリシアもそうだ。
 目の前で一時的戦闘不能になった元人間の、元の姿、元の人柄を知っている故に顔を歪ませた。
 が、相手が戦闘に復帰しない内に後ろにいる冒険者たちに避難を促す。

「リノアから事の経緯を聞いている」
「リノアから!? よかったあの子が無事で……」
「あの子は第十階層で待っている。だから、お前達も--ッ!?」

 戦闘可能になった怪物が再度攻撃を仕掛けてくる。
 さっきよりも早く、そして重い一撃だった。
 横殴りする巨大な腕を両手で防御するが、突然の攻撃で完全には防ぎきれなかった。

「グハッ」

 少し遅れて辿り着いたルーンの魔力の弾丸が怪物を跳ね飛ばした。
 重撃から解放されたアリシアだが、防御しきれなかった分のダメージにより腕が痺れていた。
 代わりにルーンが女冒険者達に避難を促す。

「何をしているッ。早く逃げろッ!」
「で、でも……」
「早くっ!」

 ルーンの圧に気圧された彼女達は、第十階層へ続く道へ駆け出した。
 ヴィルメルと呼ばれた女性を置いていくことに抵抗を見せていたが、彼女たちに出来ることは何一つない。

「アリシアさん、動けますか?」
「ああ、ポーションを飲んだから何とかいける」

 そう言って口を手の甲で拭いながら、握られていた空き瓶を地面に放り投げる。
 とはいえ、アリシアも怪物と化した彼女の知り合いだ。
 下手なことは頼めない。

「どうするつもりなんだ?」

 何かを察したのか、アリシアは目の前の敵を警戒しながら問いかける。
 ほんの一瞬の躊躇いが口籠らせるが、意を決して声にした。

「もしかしたら、あの人を治せるかもしれません」
「なに!? ほんとうか?」

 僅かながら希望を得た声で問い返してくる。
 反面ルーンの顔はやや険しい。

「確証はありません。ですが、”探知”魔法を使ったときに彼女の中に小さな魔石のような魔力の反応を感じたんです。それを破壊、または取り除くことができれば」
「助かるかもしれないと?」

 ルーンはコクリと頷く。
 だが、これはあくまでも可能性の話だ。
 ルーンですら、類を見ない現象に戸惑いを見せている。
 だが、可能性があるとすれば恐らく怪物に変貌した原因である小さな魔力の塊の除去しかない。

「私はどうしたらいい?」
「殺さず、無力化させてください。最悪、腕や脚は切断しても構いません」
「なに? ……それは本当に大丈夫なのだろうな?」

 アリシアは四肢の切断の許容に訝しむ。
 最悪助けれても、今後の彼女の人生は死ぬよりも辛いことが待っている。
 もちろん、アリシアとて積極的に手足を切断しようとは考えていないが、万が一切断した後に治せる補償が欲しかった。それが冒険者らしからぬ我儘だとしても。

「切断した箇所は、後遺症は否めませんがどうにかして治せます。首を刎ねたり、心臓を突き刺したりしなければ大丈夫です」
「…………信じるぞ?」
「ええ、…………信じてください。後、治療のために魔力を使うので充分な支援はできませんが、微力ながら支援はします」

 恐らく、無力化した後の治療に多くの魔力を使うことになる。
 本来なら予想される魔力消費以上の魔力を温存しておきたいが、とにかく無力化しなければ始まらない。が、アリシアはその提案を断った。

「いや、ここは私がやる。ルーンの仕事はその後だ」
「……わかりました」

 覚悟を決めたアリシアは、豪剣を引き抜く。
 アリシアの身長ほどもある大きな、それでいて繊細な装飾が施された銀色の大剣。
 怪物の咆哮と共に戦闘が始まった。
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