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第十五話 迷宮探索−3
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第十一層。
この層まで来れば魔物の強さは一気に豹変してくる。
これまでの毒などの特殊能力持ちは勿論、魔物の行動は苛烈さが増し、この試練に耐えきれず多くの冒険者が死んでいった。
通称、”初心者たちの壁”。
そして、壁に押しつぶされる仲間が今まさに増えようとしていた。
「きゃああああああ」
甲高い声を発しながら走る少女。身を包んでいるのは商業地区に売られている既製品の安いローブ。手にはこれまた既製品と思われる安い魔道杖が両手で握られていた。
背後には大型魔物のヘルハウンド、そしてその配下のヘルハウンド・ヘンチが少女を追いかけていた。
遠く離れていた距離は、初心者冒険者で後衛職の魔法使いが、魔物の速度を追い越せるはずもなく、みるみると距離が縮まっていく。
「はわっわっ」
少女の背後まできたヘンチの一体が前足で襲う。
少女は鋭利な爪をすれすれで避け、代わりにローブの裾を切り裂いた。
もし自分が餌食になっていたらと、想像するだけで少女はひぃと小さく悲鳴を上げる。
少女は後ろを振り向くと、距離を取る為に魔道杖に登録していた”ファイヤー・ボール”を放った。
拳大の火球が背後のヘルハウンドに直撃。
だが、ヘルハウンドには火球は一切効いておらず、距離は一向に広がらなかった。それどころか、後ろを振り向いた遅延のせいでより縮まった気さえする。
「へぶしっ」
焦って前へ向き直す際に足を絡ませて転んだ。
--痛い。
顔面を強打し、ミニスカートで守られなかった膝などが擦りむけて怪我をした。
そんなジンジンと熱を帯びる患部を他所に、背後からは狩りは終えたと言わんばかりに余裕の歩みで狼たちがにじり寄ってくる。
「ひぃいっ」
少女は起き上がるも、尻餅状態で後ずさるばかり。
ジリジリと近寄る狼と一定の距離で後退する少女。
ついにはゴツンと、背後に硬い何かにぶつかった。
ゆっくりと上を見上げる。
そこには迷宮を構築する岩肌と全く同じ壁があった。
行き止まり。という単語が、少女の脳裏をよぎる。
ヘルハウンド達がいよいよ食らいつこうとした瞬間。
「”ニヴルヘイム”」
真っ白な氷の世界が広がった。
ヘルハウンド等は氷の彫刻と化し、迷宮の一部すらも事象の餌食となるほどの氷結。
そんな大魔法に少女は目を奪われた。
「すごい……」
そこに少女の油断が生じた。
彫刻からビキビキと音が鳴る。ヘンチの背後で固まっていたヘルハウンドは自力で氷の牢獄を脱した。
狼は牢獄を脱した際に消耗した体力を補充しようと、目の前の少女を食らいつく。
迫る牙にどうすることもできずに、ただ呆然と自分が食われる瞬間を見ていることしかできなかった。
ザシュッ--
縦に銀の一閃が走る。
ヘルハウンドの牙が寸前のところで止まり、その巨体は閃光を追うように縦に真っ二つに斬れた。
「ふぅ、間に合ったか……」
赤髪の少女が額の汗を拭う。
その髪に見覚えがあった。
数日前まで同じクランの副団長を務めていた人物。
強く優しく、ちょっと常識はずれのお嬢様。
みんなの憧れで慕われていた女性。
「アリシア……お姉様?」
ぽつりと言葉をこぼした。
*
銀髪の少女、アリシア曰くリノアを助けてからルーン達は一度第十階層まで引き換えしていた。
今はリノアの鼻血と擦りむいた膝の手当てを、アリシアが行っている。
リノアは『お姉様』と呼び、アリシアも彼女のことを知っていることから、二人は知り合いのは間違いないのだが、二人の様子を見ているとどうもよそよそしい空気が流れていた。
道中も終始無言で、因縁の仲なのかと思いきやそうでもない様子。
治療中の今でも、互いにチラチラと顔色を伺いながら、何か会話がないか思考を巡らせているかのように見える。
「二人は知り合いなんですか?」
居ても立っても居られなくなったルーンは、助け舟として二人に話題を振る。
突然話しかけられた二人は、目を丸くしていた。
そして最初に口を開いたのはアリシアの方だった。
「ああ、この子はリノアといって、私が元々所属していたクランの一員なんだ」
「あっ、えっと…………」
以前酒場で聞いた内容だったことに、ルーンも気まずさを感じた。
触れるべき内容じゃなかったと後悔し、次に繋げる言葉が思い当たらないでいると。
「お久しぶりです。アリシアお姉様……」
「お姉様はよしてくれ。私は、お前達を置いて出て行ったんだ。そう呼ばれる筋合いはない」
「…………はい」
再度、沈黙が空間を制圧する。
だがルーンはもはや何も出来ることがなく、ただ二人の行末を見守ることに決めた。
とはいえ、この静寂は精神衛生上悪い。
国家会議や、邪竜討伐協定会議など数多の権力者の口論などを見てきたルーンはある程度は不穏な空気感や罵詈雑言などに耐性を持っているが、こういった空気は苦手分野だった。
今もルーンの首筋には嫌な汗が流れている。
「リノア、なぜお前があの十一階層に居たんだ?」
「私は、団長の指令でこの十一階層の攻略を命じられました。それで、パーティーのみんなとはぐれてしまい」
「馬鹿なっ、お前はまだシルバープレートなりたてじゃないか。それなのにもう中層に挑んでするのか? 実の妹を殺す気か?」
信じられないとアリシアは目を見開く。
どうやらリノアは団長の実の妹らしく、そんな大切な身内ですら死地へ追いやった事実を受け入れられないでいた。
リノアはどこか疲れた表情で語った。
「アリシアおね……さんが退団されてから、お姉ちゃんはおかしくなりました。より実力を、誰よりも、どんな男よりもって」
「はぁ……。なにもリノアまで巻き込まなくても」
「いえ、私が無理言って同行しているんです。お姉ちゃんだけに辛い思いをさせたくなくて……」
そう言って彼女は唇を噛み締めた。
リノアの姉である団長は一体どんな人物で何を考えているのだろうと、見守っていたルーンは思った。
自分の行動で自分を苦しめて、妹を苦しめて、おそらく多くの団員も巻き込まれているはずだ。
「それよりも、なんでアリシアさんがここに? それにあの方は」
「ああ、そうだな。どこから話すべきか……」
アリシアはそう言って、退団した後の話をし始めた。
一人で迷宮に潜り続けていたこと。
死にかけていたところをルーンが救ったこと。
「ルー……ルディールとは今はパーティーを組んで迷宮探索をしているんだ。ほら、ルディールも」
そう催促され、立ち上がったルーンはリノアに近づく。
「ルディール・メイジックです。よろしく」
ほんの一瞬。
体を硬直させ警戒されるが、アリシアといるというのが緩衝材になっているのか、目は合わせないものの口を聞いてくれた。
「リ、リノア・シルバーグ、です」
「ルー……ルディール。すまない、この子は少し男が苦手なんだ。君は比較的に可愛らしい部類だからこれくらいは出来るが。これが限界だと思ってくれ」
「は、はぁ」
男性恐怖症なところを気にしないといけないのだろうが、今は可愛らしいというワードが気になって仕方がなかった。
この層まで来れば魔物の強さは一気に豹変してくる。
これまでの毒などの特殊能力持ちは勿論、魔物の行動は苛烈さが増し、この試練に耐えきれず多くの冒険者が死んでいった。
通称、”初心者たちの壁”。
そして、壁に押しつぶされる仲間が今まさに増えようとしていた。
「きゃああああああ」
甲高い声を発しながら走る少女。身を包んでいるのは商業地区に売られている既製品の安いローブ。手にはこれまた既製品と思われる安い魔道杖が両手で握られていた。
背後には大型魔物のヘルハウンド、そしてその配下のヘルハウンド・ヘンチが少女を追いかけていた。
遠く離れていた距離は、初心者冒険者で後衛職の魔法使いが、魔物の速度を追い越せるはずもなく、みるみると距離が縮まっていく。
「はわっわっ」
少女の背後まできたヘンチの一体が前足で襲う。
少女は鋭利な爪をすれすれで避け、代わりにローブの裾を切り裂いた。
もし自分が餌食になっていたらと、想像するだけで少女はひぃと小さく悲鳴を上げる。
少女は後ろを振り向くと、距離を取る為に魔道杖に登録していた”ファイヤー・ボール”を放った。
拳大の火球が背後のヘルハウンドに直撃。
だが、ヘルハウンドには火球は一切効いておらず、距離は一向に広がらなかった。それどころか、後ろを振り向いた遅延のせいでより縮まった気さえする。
「へぶしっ」
焦って前へ向き直す際に足を絡ませて転んだ。
--痛い。
顔面を強打し、ミニスカートで守られなかった膝などが擦りむけて怪我をした。
そんなジンジンと熱を帯びる患部を他所に、背後からは狩りは終えたと言わんばかりに余裕の歩みで狼たちがにじり寄ってくる。
「ひぃいっ」
少女は起き上がるも、尻餅状態で後ずさるばかり。
ジリジリと近寄る狼と一定の距離で後退する少女。
ついにはゴツンと、背後に硬い何かにぶつかった。
ゆっくりと上を見上げる。
そこには迷宮を構築する岩肌と全く同じ壁があった。
行き止まり。という単語が、少女の脳裏をよぎる。
ヘルハウンド達がいよいよ食らいつこうとした瞬間。
「”ニヴルヘイム”」
真っ白な氷の世界が広がった。
ヘルハウンド等は氷の彫刻と化し、迷宮の一部すらも事象の餌食となるほどの氷結。
そんな大魔法に少女は目を奪われた。
「すごい……」
そこに少女の油断が生じた。
彫刻からビキビキと音が鳴る。ヘンチの背後で固まっていたヘルハウンドは自力で氷の牢獄を脱した。
狼は牢獄を脱した際に消耗した体力を補充しようと、目の前の少女を食らいつく。
迫る牙にどうすることもできずに、ただ呆然と自分が食われる瞬間を見ていることしかできなかった。
ザシュッ--
縦に銀の一閃が走る。
ヘルハウンドの牙が寸前のところで止まり、その巨体は閃光を追うように縦に真っ二つに斬れた。
「ふぅ、間に合ったか……」
赤髪の少女が額の汗を拭う。
その髪に見覚えがあった。
数日前まで同じクランの副団長を務めていた人物。
強く優しく、ちょっと常識はずれのお嬢様。
みんなの憧れで慕われていた女性。
「アリシア……お姉様?」
ぽつりと言葉をこぼした。
*
銀髪の少女、アリシア曰くリノアを助けてからルーン達は一度第十階層まで引き換えしていた。
今はリノアの鼻血と擦りむいた膝の手当てを、アリシアが行っている。
リノアは『お姉様』と呼び、アリシアも彼女のことを知っていることから、二人は知り合いのは間違いないのだが、二人の様子を見ているとどうもよそよそしい空気が流れていた。
道中も終始無言で、因縁の仲なのかと思いきやそうでもない様子。
治療中の今でも、互いにチラチラと顔色を伺いながら、何か会話がないか思考を巡らせているかのように見える。
「二人は知り合いなんですか?」
居ても立っても居られなくなったルーンは、助け舟として二人に話題を振る。
突然話しかけられた二人は、目を丸くしていた。
そして最初に口を開いたのはアリシアの方だった。
「ああ、この子はリノアといって、私が元々所属していたクランの一員なんだ」
「あっ、えっと…………」
以前酒場で聞いた内容だったことに、ルーンも気まずさを感じた。
触れるべき内容じゃなかったと後悔し、次に繋げる言葉が思い当たらないでいると。
「お久しぶりです。アリシアお姉様……」
「お姉様はよしてくれ。私は、お前達を置いて出て行ったんだ。そう呼ばれる筋合いはない」
「…………はい」
再度、沈黙が空間を制圧する。
だがルーンはもはや何も出来ることがなく、ただ二人の行末を見守ることに決めた。
とはいえ、この静寂は精神衛生上悪い。
国家会議や、邪竜討伐協定会議など数多の権力者の口論などを見てきたルーンはある程度は不穏な空気感や罵詈雑言などに耐性を持っているが、こういった空気は苦手分野だった。
今もルーンの首筋には嫌な汗が流れている。
「リノア、なぜお前があの十一階層に居たんだ?」
「私は、団長の指令でこの十一階層の攻略を命じられました。それで、パーティーのみんなとはぐれてしまい」
「馬鹿なっ、お前はまだシルバープレートなりたてじゃないか。それなのにもう中層に挑んでするのか? 実の妹を殺す気か?」
信じられないとアリシアは目を見開く。
どうやらリノアは団長の実の妹らしく、そんな大切な身内ですら死地へ追いやった事実を受け入れられないでいた。
リノアはどこか疲れた表情で語った。
「アリシアおね……さんが退団されてから、お姉ちゃんはおかしくなりました。より実力を、誰よりも、どんな男よりもって」
「はぁ……。なにもリノアまで巻き込まなくても」
「いえ、私が無理言って同行しているんです。お姉ちゃんだけに辛い思いをさせたくなくて……」
そう言って彼女は唇を噛み締めた。
リノアの姉である団長は一体どんな人物で何を考えているのだろうと、見守っていたルーンは思った。
自分の行動で自分を苦しめて、妹を苦しめて、おそらく多くの団員も巻き込まれているはずだ。
「それよりも、なんでアリシアさんがここに? それにあの方は」
「ああ、そうだな。どこから話すべきか……」
アリシアはそう言って、退団した後の話をし始めた。
一人で迷宮に潜り続けていたこと。
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ほんの一瞬。
体を硬直させ警戒されるが、アリシアといるというのが緩衝材になっているのか、目は合わせないものの口を聞いてくれた。
「リ、リノア・シルバーグ、です」
「ルー……ルディール。すまない、この子は少し男が苦手なんだ。君は比較的に可愛らしい部類だからこれくらいは出来るが。これが限界だと思ってくれ」
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