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第十三話 迷宮探索

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 麻のシャツの上にレザージャケットに袖を通す。
 この時代に目覚めた時から履いている、白いズボン。
 スケルトンの遺品のベルトに、研ぎ直したナイフ。
 昨日手に入れたペンダントを首に下げる。

「地味な色にしててよかった」

 鏡の前で自分の姿を確認する。
 これで派手な色を着ていたら目立って仕方がない。
 生前の装備も、なんの装飾もしていない茶色のただのローブに身を包んだ地味な見た目だった。

「あんな派手な鎧よく着れるよな……」

 勇者ハルトは純白の鎧を着ていたのを思い出す。
 キラキラしてどこにいても直ぐに分かるほどの光沢を放つ鎧は、勇者でしか見たことがない。
 見た目が勇者に似ても、あんな派手な装備を身につけようとは思えなかった。

「まぁ、それっぽくは……なったのかな?」

 ジャケット姿は冒険者とはややかけ離れていた。
 性能重視で選んだ物だが、以前に比べて幾分かマシにはなっているのは確かだった。
 気を引き締め、迷宮へ向うため宿を出る。

「やぁ、ルーン昨日は探したぞ」
「ア、アリシアさん?」

 そこには綺麗に修復された装備を身につけた赤髪の美女、アリシアが待っていた。
 彼女は迷宮に行くのに準備万端とばかりに剣も担がれている。
 昨日も訪ねてきたとは一体どんな要件なのだろうか、と疑問に思ったがその答えはすぐにわかった。

「おや、随分とおかしな形じゃないか。まあ、君らしいか」
「俺らしいですか……、そうですか……」

 アリシアの言葉に、思わずルーンは項垂れた。
 似合っていないと思っていた矢先に、そう言われると傷ついてしまう。

「さて、今日は迷宮に行くのだろ?」
「ええ、昨日でお金はすっからかんですから」
「なら私も一緒に行こう」

 当然のようにそう言った。
 そして続けて。

「迷宮に潜るなら、魔法職のルーンには前衛が必要じゃないか? 私ならそれを見事にこなせると思うのだが、ダメだろうか?」
「えっと、だめという訳では……」
「よしっ、ならば迷宮へ行こう!」

 言い淀んでいた言葉を、了承と捉えたのか彼女はルーンの腕を掴んでバベルの元へと向かった。





 早朝のバベルの塔付近は、冒険者で賑わいを見せていた。
 がやがやとした人混みの流れに従うように歩く。
 正面の見えない中歩き続けると、ようやく迷宮の入り口にたどり着いた。

「今日は人が多いんですね」
「ああ、安息期も終わり、繁殖期に変わったからだろうな」
「その安息期とか繁殖期って何ですか?」
「知らなかったのか? 迷宮には三つのサイクルが存在するんだ。平常期、安息期、繁殖期。平常期は言葉通りってことだ。そして安息期に入ると迷宮内の魔物の発生が極端に減るんだ」

 その仕組みはルーンが設計していた。
 年に平常期が六割。安息期が三割と繁殖期一割で起きる。
 平常期は迷宮は貯蔵された魔力を魔物に変換していく、その間も外部から魔力を吸収しているが、魔物を生み出す速度の方が速く迷宮内の魔力が尽きる。

 その問題を解決するために、魔力を補充する期間”安息期”を設けていた。
 とはいえ、魔物が全くいないのでは迷宮を簡単に攻略されてしまうと、勇者(ハルト)のアドバイスで一定の階層に強力な階層守護者を設置してある。

 そして補充し終えた後は、堰き止められていた魔力が溢れ出るかのように魔物が大量発生する”繁殖期”に入る。
 繁殖期は次第に終息していき、平常期に突入する。
 そしてまた時間が経つと安息期に、と繰り返されていた。

「さて、繁殖期に入った迷宮は魔物の発生回数が異常だ。一層ですら、雑魚魔物がうじゃうじゃと湧いていつもより死者も増える。それでもこの時期に冒険者は潜るんだが」
「魔物が短いスパンで発生すれば稼ぎが増える、ってことですか?」
「いや、安息期は通常なら中層まで魔物と遭遇せずに辿り着くこともないほどに魔物との遭遇率が悪い。だから安息期中の冒険者は収入なしで、貯金を切り崩しながら生活をしないといけない」
「なるほど」
「貯金が底を尽きた冒険者は精神的にも追い詰められた状況だ。なりふり構っていられない。身も心も焦って死ぬやつを私は何人も見てきた。だから君も、いやきっと不要な心配だな」

 アリシアは頭を振った。

 迷宮に足を踏み入れる。
 二日ぶりの迷宮はどこか懐かしい気さえした。
 出口にたどり着くことばかり考えていた初日とは違い、改めてルーンは迷宮を観察する。
 迷宮第一階層は広い。
 狭い下り階段を抜けると、高さ十メートルはある天井と十人以上が横に並んでも歩けるであろう広さがあった。

「お、早速歓迎してくれているみたいだぞ」

 アリシアは獲物が来たと、にまりと笑う。
 目の前には五体のカエルが立ちはだかっていた。
 人ほどの大きさがある単眼のカエル型の魔物。

「さっさと先に進もう」

 アリシアは腰に挿した剣を抜いた。
 背中に担いだ豪剣ではなく普通の剣だ。
 とはいえ、プラチナランクの冒険者となればそれなりの剣なのは間違いない。

 カエルの伸縮性のある舌が五体同時に襲い来る。
 それをアリシアは瞬く間に次々と切り捨てていった。
 カエルの短い悲鳴と共に、切断され短くなった舌を戻す。
 その悲鳴も虚しく、次の瞬間にはカエルはアリシアの剣の錆になった。
 後に残るのは五つの魔石だ。

「俺いらなかったですね」
「なに、魔法使いの魔力は温存しておかないとな。っと、まだ気が抜けないな」

 アリシアの見つめる先は天井。
 そこには巨大なトカゲ型の魔物が獲物の隙を窺っていた。
 よく目を凝らせば、壁にも同じトカゲがいる。
 さすがは繁殖期。
 以前に比べて魔物の遭遇確率は、圧倒的に上がっていた。

「撃ち落とすのは任せてください」

 攻撃範囲的にアリシアではどうにもならないところに二匹はいた。
 トカゲに向けて手をかざし、ちょろちょろと動き回る標的に照準を定める。
 二匹程度なら範囲魔法を使用必要もない。
 選ぶのは氷魔法”アイス・アロー”。
 空中に八つの削り出されたような氷の矢が生成されると、それぞれが標的目掛けて発射された。
 四本の矢が天井のトカゲを、もう四本が壁にへばり付いたトカゲに目掛け迫る。
 それぞれのトカゲに一本は右前足を、一本は左前足を、一本は右後脚を、そして一本は左後脚を射抜いた。

「ぴぎゃぁあ!?」

 痛みに耐えきれず、トカゲは張り付くことを忘れ地面に叩きつけられる。
 こうなればアリシアの壇上だ。
 右手に持った剣が不気味に煌めく。
 トカゲは逃げようと四肢を動かずが、全てが氷に包まれて上手く歩けないでいた。
 一太刀、もう一太刀。
 とアリシアは一撃でトカゲの首を刎ねた。
 だが、絶命することなくトカゲの図太い生命力で、ピクピクと動く。
 やがて動かなくなると体が霧散し、魔石へと変わった。

「やったな」

 アリシアはルーンに向かって手のひらを顔の位置まで持ってきくる。
 ルーンも手を挙げると、パチンッと互いの掌が鳴った。

「痛ててて」

 思いの外にハイタッチの威力が強く、ルーンの右手はジンジンと痺れていた。

「……君はもう少し鍛えた方がいいかもだね」

 うずくまるルーンを見て、アリシアは呆れたように言った。
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