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第九話 記憶の埋め合わせ

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 次の日。
 朝の街は、夕方の街とは少し違った。
 早朝特有の清涼な空気はもちろん、出歩く人は少なくどこか愉悦勘に浸れる。
 『早起きは三文の徳』と勇者ハルトが言っていたのを思い出す。三文が一体なんなのか聞きそびれたが、きっとこういった感情のことを言うのかもしれない。

 だが、街中を歩いていたルーンは、一つ在ることに悩まされていた。

「痛てて……。筋肉痛という存在を忘れていた」

 筋肉痛。
 筋肉を酷使した時に起きる痛み。
 その激痛が全身を蝕んでいた。
 特に足は酷く、時折引きずるような形で歩いている。

「図書館は見つけたけど」

 宿屋の店主に事前に聞いていた場所まで行くと、図書館らしき建物に辿り着いた。
 どこか教会にも似た建造物。
 扉の札には『close』の文字と、隣に『7:00~』と記されていた。

「そりゃ、こんな早朝は開いてないか」

 現時刻は六時回った頃。
 まだ1時間ほど空き時間がある。
 辺りには朝の仕込みをする人は居るが、開店しているとこは見当たらなかった。

 早とちりしすぎたと後悔が半分、あの時間に出ていなかったら筋肉痛などを理由に引きこもって一日を無駄にしてしまうと思ったから正解なのが半分。
 ルーンは元々は研究に没頭するような出不精な性格だ。
 外出する気力がある内に、出ておかないとズルズルと出ない理由を並べるのは目に見えていた。

「ふぅ。休まる」

 近くに設けられていた噴水広場。
 そこに設置してあるベンチに腰をかける。
 止まることなく鳴る水音は、ルーンの全身の痛みをほんの少しだけ緩和させている気がした。

「おい」

 突然声をかけられる。

「そこはアタシが毎朝使っているベンチなんだ。隣いいか?」

 目の前に現れた人影。
 見上げると、そこには銀髪に女性がそこに居た。
 二十歳くらいの彼女は、どこか威圧てきた雰囲気が醸し出されている。

「あ、はい」
「ふん。物分かりがいいのは美徳だ」

 銀髪の女は満足げな表情で、ルーンが元々座っていた場所に座る。
 彼女は何をするでもなくただ、噴水を眺めていた。
 ルーンは居た堪れなくなりその場から離れようとすると。

「おい。お前は冒険者か?」

 唐突な質問。
 その意図が分からなかった。

「冒険者、ではないですね。なるつもりではいますけど」

 ギルド登録を済ませていない以上まだ冒険者ではない。
 スケルトンのペンダントは持っているが使わない方がいいだろう。

「そうか。悪いことは言わない。冒険者なんてものは辞めておけ。あいつらはゴブリン以下の存在だ」
「えっと、あなたも冒険者じゃないんですか?」

 彼女の立ち振る舞いや、筋肉のつき方は戦士を経験した者のモノだ。
 戦士=冒険者とはならないが、この都市ではそうでない可能性の方が低いだろう。
 そんな彼女が冒険者を卑下する理由が分からなかった。

「そうだな。私もそのゴブリン以下の存在だ。だが、私は使命を抱いた冒険者だ。ああ、崇高な存在だとは言わないさ、だから手段を選ばない。どんな手を使ってでも……」
「えっと…………」

 どう声をかけようか悩んでいる時、噴水が勢いよく水を噴いた。
 七時の合図。
 噴水が勢いよくリズミカルに噴き出す。
 水という形状が不確かな物で奏でられる音楽。
 時間にして三分。噴水は勢いが鎮まり、一定の量がただただ噴き出し始める。

「さて、私の見るものは終わった。まあなんだ、命をかけずとも人間は稼ぐことはできる。死に急ぐなよ少年」
「……なんだったんだ?」

 手をひらひらさせながら銀髪の女性は去っていく。
 ルーンが呆気に取られている間に、彼女は姿を消した。

「あ、そうだ。図書館!」

 広場に設置されている大時計を見る。
 時刻は七時を少し過ぎていた。
 図書館に向かうと、朝から利用する客はいないのか、ルーンの貸切状態にすることができた。

「っと、”歴史本”と……、あと”世界地図”、”魔法大全”とやらも。おお”邪竜討伐英雄譚”ってことは、俺たちの戦いの物語か。じゃあこれも」

 一度に運べるだけの量を持って席に座る。
 ルーンの生前と今での穴埋め作業が始まった。
 積まれた本を適当に手に取り、パラパラとめくる。

「それにしても、便利な世の中になったものだな」

 ルーンが知っている時代は、各国の歴史書や魔法大全などの、貴重な資料や専門書は図書館なんかに置かれていない。歴史書は国の書庫に、専門書はその道に行く人が高額を払って買わなければならなかった。
 今回も、何か小さな手がかりが掴めればそれでいいと思っていたのだが。
 それが今こうして貴重な本も簡単に閲覧できるのは、ルーンにとっては嬉しい誤算だった。

 入場料は支払わないといけないが、それさえ払えば貴族や商人の子供でなくても、独学ではあるが勉学に励むことができる。
 学校はまだ富裕層がほとんどだそうだが、いずれ皆が平等に学べる時が来るはずだ。
 そんなことを考えながらも、紙を捲る手は止めない。

「とりあえず、俺の記憶と齟齬は無いな」

 記憶の穴埋めの前に、この世界が本当に自分の知る世界なのか確かめるために、生前の歴史も流し読みで確認する。
 歴史的人物の名前、歴史的出来事の年代、そして邪竜の誕生。
 文献によって些細な違いはあるが、それら全て誤差と言っていい。

「んで、こっからだな」

 本格的に記憶を埋めていく。
 邪竜討伐後にも、人族同士や他種族間でのいさかいはあったみたいだ。
 人の数だけ思想があり、そこに食い違いは当然のように生じる。
 だが、国家間での食い違いが起きた際には、昔のように戦争が勃発することはなく、あるルールに載っとて勝敗を決めることが条約の一部に存在するらしい。

「それが”決闘遊戯デュエル・ゲーム”。なんか命名がハルトっぽいな……」

 こう言った妥協案を提案するのも、呼称の命名の仕方も旧友のものに似ていた。
 因みに”神槍・ロンギヌス”も彼が命名した名前だ。
 『ええ、神殺せる魔法の槍! じゃあ、”神槍・ロンギヌス”とかどうよ? かっこよくね?』といった感じで決められた。ルーン自身、名前に固執していなかったから彼の案を採用した。
 きっと、”決闘遊戯”もそう言った感じで決まったんだと思う。
 『”決闘遊戯”ってどう? 決闘だけだと殺伐としちゃうから遊戯ってつけて、あくまでも平和を尊重する感じ』
 そんなことを言っている勇者が想像できてしまう。

 決闘遊戯は、敵対国同士で代表者を五人選出し一対一での決闘を行い、勝ち残り方式で進行し最後まで勝ち残った国の勝利となるルール。
 後に追加ルールでチーム戦も採用されることになったらしいが、名前は変わらないようだ。

 そして、今では国同士での政治的決闘だけに収まらず、娯楽競技の一種になり戦士の迫真の戦闘は多くの人々を熱狂させているのだとか。
 冒険者も選手として重宝されるらしく、各国での冒険者の育成は政治的にも有用であるとして、多くの資金が投資されているのだとか。

 他の歴史的出来事といえばダンジョン化計画の事が書かれていたり、ダンジョン化計画からなる魔石の普及による魔道具の産業革命が巻き起こったりと大方ルーンが予想できた出来事が記されていた。
 最後まで読み終えると、パタンと本を閉じた。

「俺は約二百年後の世界に転生したのか」

 年号は、邪竜討伐後から世界共通で英雄が齎した時代”英雄歴”と呼ばれるようになった。
 今は英雄歴二〇八年。
 ルーンが死んだのは英雄歴ゼロ年以前。
 死後、二〇〇年以上経過していることになる。

「そりゃ、イーリアスの子孫も居るわけだわ……」

 アリシアという立派な子孫が居るぞと、今は亡き旧友に語り掛ける。
 きっと彼女は『ふん、お前なんかに言われずとも分かっているわ。当然よ』と言っているに違いない。
 いや、それもルーンの中の彼女でしかない。
 決して深い仲では無かったが、本当の彼女ならどんな反応をするのだろうと、感傷的になってしまった。

 この後も他の本を手にしていく。
 世界地図では、ルーンの知っている地形とあまり変わりがないが、この二〇〇年で新しい国や都市が出来ていた。この迷宮都市もその一つだ。
 魔法大全には、ルーンの開発した魔法が多く載っていたが、新しい魔法もいくつかあった。次元魔法という分類の魔法。異次元空間に物を収納する”アイテムボックス"。設定した座標と座標を繋げる”転移テレポート”。
 ”アイテムボックス”はルーンも使えるのだが、公的な文書に記していない為、ルーンの死後に開発された魔法として記されていた。
 余談ではあるが、今まで”空間把握”と読んでいた魔法も”探知”という名前が付けられていた。

「転移魔法は便利だし、ちょっと練習しとこうかな」

 距離は魔力量に依存して、転移の成功率は魔力操作能力に依存する。門になる魔法陣を設置などの制約もあるが、それを以てしても高い有用性がある。
 とはいえ、通常の魔法使いならば視界に入る距離を移動するくらいが精一杯なので、高位の魔法使い限定の魔法になる。

 新しい本の山が出来ては、右にあった山が左へ出来上がっていく。
 こうしてルーンは午後の鐘が鳴るまで読書に没頭し続けた。
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