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第七話 迷宮都市と彼女の事情

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 迷宮都市ブリューゲル。
 人族国の獣人族へと繋がる国境に辺りに位置する巨大都市。
 この地は、かつては魔物の跋扈する森だった。
 しかし、今はバベルの地下に迷宮ダンジョンができる事で、地上に魔物が発生しなくなり地上に人が住めるようになったのだ。

 都市が出来て百年弱。
 最初は小さい町から始まった。
 魔物を閉じ込めるダンジョン化計画には多くの人が賛同するも、迷宮に潜り魔物を狩ることは良しとしなかった。
 魔物が跋扈する迷宮が本当に安全なのか。
 冒険者という職業が本当に安定したものなのか。
 そもそも迷宮ってなんだ。冒険者ってなんだ。

 それは無理もなかった。
 元々は魔物が住み着いていた森。
 誰もが近寄らないのは当然だ。

 そこに命知らずの戦士たちが先陣を切った。
 三日間の迷宮探索。
 命辛辛で生還を果たした冒険者たち。
 その手には大量の魔石が入った袋が握られていた。

 一攫千金。

 当時の魔石の買値は高く、それだけで小金持ちになった。
 そのことを知った者たちは、我先へと迷宮へ潜った。
 金の匂いを嗅ぎつけて来た商人、冒険者を手助けする職人。
 その家族がこの街に住み着き、今の都市へとなった。





 この都市の住民は様々な種族が存在していた。
 人族、妖精族、獣人族、そして魔族。
 争い合い、差別し合っていた種族が同じ空の下、手を差し伸べ合いながら生活をしていた。

「まだ、慣れないなぁ」

 人族の少年と、魔族の少女が手を繋ぎながら歩く光景が目に入る。
 きっと恋人同士である二人。
 ルーンの知る世間では目の前の光景は、想像も付かなかっただろうし、絶対に許されなかったに違いない。
 自分達が夢見てた光景が今広がっている。
 本当は夢なのではないかと何度も頬を抓っていた。

「うん、夢じゃない……」

 頬はジンジンと痺れ、抓りすぎたせいか抓った箇所が真っ赤になっていた。
 隣を歩くアリシアも、目の前の光景が視界に入った。

「微笑ましいな」
「そうですね」

 きっとアリシアにとってはただのカップルにしか写らないだろう。
 軋轢や差別なんかはもはや歴史の産物。
 教養があり、過去を知っていても、目で耳で肌で感じてはいない。
 周囲の許さない視線を知らない。
 けれど、それでいいと思った。
 ルーンたちが目指した世界は、そういう世界なのだから。

 それからしばらく街中を歩くと、ルーンたちは冒険者ギルドに辿り着く。
 目の前に聳える建造物の外見は、白亜の巨城。
 あたりのどの建物よりも大きく、その大きさはその権力を現し。白亜の色は不正のない、組織としての純粋性を現しているかのようだった。
 とはいえ、バベルの塔には到底敵わない。

「いらっしゃいませ~。冒険者ギルドへようこそ!」

 制服を着た従業員らしき女性は営業スマイルで、二人を出迎える。
 辺りには、初心者らしき冒険者から熟練そうな冒険者たちが行き交いしていた。
 
 ギルドの内装は至ってシンプルだった。とはいえ、外装との落差が出ないほどには金も手も掛かっているであろう内装ではあるが。
 王城を連想させる高い天井、そこに吊り下げられているのは魔灯で作られたシャンデリアだ。
 魔道具が普及している今の時代では当たり前なのかもしれないが、価値観の古いルーンにとっては計り知れなく高価で信じられない代物だった。

「時代が変われば、物の価値も変わるか……」

 技術の発展は嬉しい事だが、急にこれが進歩した結果ですと出されては、心の理解が追いつかない。
 ルーンは遠い目をする。
 その隣でアリシアは、慣れた足取りで磨かれた石のタイルの上を歩き出す。
 左手側にあるカウンターには『換金窓口』と書かれていた。

「魔石の換金を頼む。あ、これと、これは別でお願いできるだろうか?」
「はい、ではお預かりしますね」

 魔石の入った麻袋を二つ。一つは元々アリシア一人で集めていた魔石の入った袋と、もう一つは帰還時に集めた魔石が入った袋。
 そして首に下げたペンダントを渡す。
 そのペンダントは、スケルトンが持っているものと似ていた。
 金属板であるのは同じだが、ルーンのは銅製に対して、彼女のものは白金製。
 よく見れば、隣の冒険者も身につけていた。

(なるほどこれが身分証になっているのか)

 と、ルーンは理解した。

「ルーンは換金しないのか?」
「いえ、俺は大丈夫です」

 アリシアと出会うまでスケルトンとしか出会っていない。そのスケルトンも、一時的に行動不能にはしたものの、貧弱な腕力のせいで倒しきれていない。
 持っているとすれば、アリシアを助けた時に倒したコボルトの魔石くらい。
 そうこうしていると、鑑定が終わったのか硬貨が小さいにトレーに乗せられ、カウンターに置かれた。

「三五〇〇〇ペルと、こっちは一二〇〇〇ペルになります」
「ヘルハウンドの魔石が結構高値がついたな」

 アリシアは、最初の高額の方を硬貨を財布に入れる。
 そして、残りの一二〇〇〇ペルをルーンに渡した。

「え、いんですか?」
「ああ、元々そのつもりだったからね」

 程よい重みが伝わる。
 この金額がどれくらいのなのか定かではないが、贅沢したければ二日は生きていけるだろうと推測した。

「さて、次は夕食だな」
「え?」
「ここまで一緒なんだ。もちろん、夕食も一緒してくれるだろ?」

 アリシアは悪戯な笑みをする。
 ギルドまで同行すると言った時点で、ここまでの流れは彼女の中では決まっていたと、ルーンは悟った。
 彼女の手のひらで転がされているなと、苦笑する。

「ええ、じゃあ、安い店をお願いします。お金これしかないんで」
「安い店、か。じゃあ、あそこだな」

 そうして連れてこられたのは、大通りにある大衆酒場。
 木製の家具を基調とした店内には、すでに満員近くの客が座っている。
 迷宮帰りの冒険者は、今日も生きて帰って来たと皆で喜びを分かち合い。
 犬猿の中の冒険者は、どちらが多く酒を飲めるか競い合っている。
 既に店を梯子して来た客は、しゃくりを上げながらも酒を呷っていた。

「なんだ、紅蓮姫。おめえもついに男が出来たのか?」
「おいおい、ヒョロっちいやろうじゃないか」
「おめえ、なんだそのナリは? ぼろっぼろじゃねえか」

「「「ギャハハハハハ」」」

 ルーンたちの隣のテーブルに座っていた冒険者らしき男たちが、二人を揶揄い笑う。
 酔っ払いによるただのだる絡みだ。
 アリシアは不機嫌な表情で、口元にエールを運ぶ。
 ルーンもまた、こういう時は不干渉が一番だとよく知っている。

「おん? なんだ、酒も飲めねえションベン小僧じゃねえか」

「「「ギャーハッハッハッハ」」」

 ルーンの手元にはエールではなく果実水。
 本当はルーンも酒を飲みたいところだが、どうもこの見た目では許されそうにもない。
 昔ならば「みんなには内緒だぞ?」といって皆が飲ませてくれたのだが、この時代ではどうも未成年飲酒などには規制が厳しいらしい。

「精神年齢は三十近いだけどなぁ。……うまい」

 精神年齢は成人でも、舌はまだ子供なのか妙に果実水が美味しく感じられ、なぜかそれが悔しかった。
 やがて野次馬たちも飽きて来たのか、どこかへ消え去った。
 それを確認したルーンは、ようやく解放されたかと小さくため息をついた。

「すまないな。迷惑をかけてしまった」
「え、アリシアさんのせいじゃないでしょ?」
「そうでもない」
「といいますと?」

 アリシアは少し悩んだ末に、口を開いた。

「……私は少し前まではクランに所属していたんだ。名前は『金紅の薔薇』。私ともう一人で立ち上げた、女性のためのクランだ」
「へぇ、凄いじゃないですか」
「いや、クランを立ち上げること自体はそんなに凄いことじゃないんだ。人数を集めて、ギルドに申請すればそれで済むからな。
 当初は迫害されていた女冒険者のために作ったクランだったんだ。
 やはり、冒険者は男が多い職業だ。女というだけで軽視され、パーティーすら組むのに一苦労する。そんな彼女らを強く、男冒険者よりも強く気高く冒険者として生き抜いてほしいと思って」

 その気持ちはルーンもわかった。
 ルーンもまた弱きものを助けるため、種族間での差別を無くす目的で戦っていたのだから。
 こんなに平和な世界でも差別は無くならないのかと、反吐が出る。

「まあ、数年で目的は達成できたよ。私たちのクランは徐々に力を付け有名になり、女というだけでは馬鹿にされないようになったんだ。だが、もう一人と意見が分かれてな。私はただ対等に扱われるようになって欲しかったんだが、奴は違ったみたいだ」

 アリシアの顔が歪む。

「奴は、女は男より優秀で上に立たなければならないと言い出したんだ。今まで虐げられた分の報いを受けさせると。その思想に皆も賛同して、だから私は……」

 その後は予想ができた。
 アリシアはクランを抜け、今はソロで迷宮探索をしている。

「でも、なんでそれがさっきのと関係があるんですか?」
「あっ、……いやぁ、何と言うか。な。忘れてくれ! さっきの話含めて全て!」
「えっと、流石に無理が……」
「わ・す・れ・て・く・れ!」
「あ、はい……」

 アリシアは、バンとテーブルを叩き、前のめりでテーブル越しのルーンを詰め寄る。
 ルーンは語気の強いアリシアを目の当たりにして、頷くことしかできなかった。
 
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