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第六話 変わったもの、変わらぬもの

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 巨大な塔がある。
 天高く、雲をも突き破り、天界へ届こうとするほどの高大な塔。
 何十年、いや何百年かけて作られたのか計り知れない、古代の遺物。
 そして、見上げる塔の地下には、怪物が跋扈する迷宮が広がっている。
 バベルの塔と呼ばれるこの塔は、二百年前に勇者一向によるダンジョン化計画の第一建設地となった。
 元々は魔物が蔓延り、人が住むことは許されなかったバベル周辺は、今やダンジョン化の成果から都市が出来るまでに発展を遂げている。
 迷宮へ挑む、武装した猛々しい冒険者。
 彼らのサポートをする職人たち。
 金の匂いを嗅ぎつけた商人。
 暮らしを豊かにさせる曲芸師。
 彼らの家族。

 二百年前では想像もつかないほどに、穏やかな風がこの地に吹いていた。
 塔はただ、その光景を眺めている。






 道中にルーンと似たような、簡素な防具を身につけた若い冒険者と数人すれ違った。そんな彼らの視線は羨望の眼差しがこちらに向けられていた。
 正確に言えばアリシアに向かってだ。

「おい、あの美人誰だよ!」
「赤髪の剣士って、剣聖の血筋のアリシア様!?」
「なんて凛々しい姿。きっと下層で激戦を潜り抜けられてきたのね」

 アリシアは冒険者の中でも、名の知れた有名人だ。
 血筋もさることながら、トップ層に位置するほどの実力も身につけている。
 そんな彼女は、特に女性冒険者たちの羨望の的になっていた。
 眼差しの対象である彼女は、気にも止めていない様子で堂々と歩く。
 一方で、隣で歩くルーンに訝しげな視線が送られていた。

「隣のチビは誰だ?」
「薄汚い防具……」
「どうせ、上層で死にかけて助けてもらったんだろ?」
「そうね。でも、隣を歩くなんて身の程を弁えてほしいわね」

 心無い誹謗中傷の罵詈雑言。
 前にもあったなと、昔のことを思い出す。
 とある村で勇者の隣を歩いていたルーンに、「なぜ一緒にいるのか分からない」「分不相応だ」と聞こえるように言ってきた。
 ルーンは気に止めていなかったが、勇者はそれが気に食わなかったのか村人たちに食ってかかていた。
 正義感の強いのが勇者らしいとも思えたし。若いとも思えた。

「本当は私が君に助けられたのだけどな」

 他の冒険者には聞こえない声量で、アリシアは囁く。
 ルーン自身は気に留めていなかったが、耳元で囁かれては気恥ずかしくなった。
 そして、冒険者を見かけなくなった頃。
 明らかに迷宮では無い、空間にたどり着いた。
 そしてその奥には、四角く切り取られた眩い光が視界に入る。

「おお、出口だ!」
「ふふ、そんなに喜ぶことか?」

 橙色に染まった空の下、ルーンは久方ぶりの新鮮な空気を堪能する。
 そんな姿を見たアリシアが、可笑しな奴だと笑った。
 目の前に広がる光景は、見たことのない街中。
 そして気になる建造物や、目新しい服を着た人々と見慣れない光景に目を惹かれる。
 だが、それよりも今は閉鎖感から解放された悦びに浸るのが先決だった。
 そして堪能し尽くすと。

「えっと、ありがとうございました」
「いいや、こっちこそ。こうして夕日を浴びれるのは君のおかげだからな」
「じゃあ、お互い様ということですね。では、またどこかで」

「あ、待ってほしい。帰りの魔石の分け前を分割したい。ギルドですぐに換金するから、一緒にどうだろうか?」

 これからやらなければいけないことは、宿探しと食事。
 次の日には、服の調達に可能なら図書館などでの情報収集。
 だがこれらには金銭が要求される。
 ルーンの手持ちは、スケルトンが持っていたポーチに入っている硬貨らしきコイン数枚。これも、硬貨なのか実際には分からない。
 アリシアからの提案は、ルーンにとっても好都合な提案だった。

「そうですね。ご一緒させていただきます」
「よし、決まりだな。では、行こう!」

 当然とばかりに、アリシアが先導する。
 石造りの迷宮の出入り口から離れ、ふと後ろを見れば、そこには巨大な塔が聳え立っていた。
 この塔にルーンは見覚えがあった。

「バベルの塔……?」

 そこには、邪竜討伐の冒険の途中で立ち寄った古代遺跡。
 当時は、魔物の被害の元を辿る結果行き着いた場所だった。
 誰が何のために作ったのか分からない。
 しかし、なぜかこの周辺には魔力溜まりが発生しやすく魔物が住まう塔になっていた。
 これに着目し、勇者のアイディアと掛け合わせたのが、ダンジョン化計画だ。
 この塔で起きる現象の原理を分析するために、仲間たちと何度も挑んだ記憶が蘇る。

「そうか、やっぱり」

 目の前に聳える塔を見上げる。
 自分の知る時代では無いことを、無惨にも突きつけられた。
 予想はついていた。
 イーリアスの末裔であるアリシアと出会い、仲間の英雄譚を聴き。何十年とは言わない先の時代にいることは分かっていた。
 つもりだった。

「辛いものだな」

 誰にも聞かれない声で、ボソリと呟く。
 仲間はもういない。いや、妖精姫ならまだ生きているだろうか。
 それでも殆どの知人たちは、アリシアのように今の世代へと血が受け継がれているに違いない。
 心がざわつき虚しさが湧いた。

「でも……」

 それと同時に、嬉しさもあった。
 邪竜は討伐され、ダンジョン化計画も達成し、平和な世界を手に入れたのだと。
 それを仲間たちが成し遂げてくれたのだと。
 迷宮は機能している。
 それは迷宮にいたルーンがよく分かっている。
 世代を超えて、アリシアと出会えた。
 それだけ平和な世の中が続いているということだ。

「ありがとう」

 バベルに向かって頭を下げた。
 仲間はいない。
 自分の知る世界では無い。
 自分すら見た目が違う。
 けれど、目の前の塔は変わらず立ち尽くしている。
 それが仲間達との唯一の繋がりだと思えたから。

「何をしているんだ。日が暮れてしまうぞ?」

 数メートル先でアリシアが呼ぶ声が聞こえる。
 ルーンは裾の汚れていない部分で顔を拭い、軽く両頬を叩くと、アリシアが待つ方へと通った。
 知らない光景に、知らない匂い。
 それがどこか愛おしくて、ルーンは笑みを浮かべた。
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