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第三話 冒険者
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イニティウム地下迷宮。
初めてのダンジョンとも呼ばれる迷宮。全三十階層で構成されており、この百年の間に既に全ての階層を攻略されている。
下層へ進めば進むほど強敵になっていく仕組みに、人々は最下層には何かが存在すると噂が囁かれるようになった。
英雄たちの莫大な秘宝、秘匿された叡智や、はたまた願いが何でも叶う水晶があるなどの絵空事のような噂まで流れていた。だが、最深部に存在したのは大型魔物と、それがいるための空間のみ。
金品財宝どころか、水晶すら無かった。
命を賭してまで進んだ終わりの先は呆気なく、怒り狂う者、予想がついていた者、まだ先があるのではと疑う者がいた。
莫大な金を費やした、体の一部が欠損した、仲間が死んだ。
多くのモノが失われたのに、この結末はあんまりだろと。
それでも迷宮には人が絶えず潜る。
彼らは”冒険者”。
迷宮に潜り、魔物を狩るのが生業の戦士たち。
*
「ちっ、安息期に大型が発生するなんて」
地下迷宮の第十五層に勝ち気な女冒険者の舌打ちが響く。
アリシア・アーレウス。赤髪の青年の美しい彼女の顔には、汗や砂で化粧されている。
服装もそうだ、命を守るための防具は魔物との戦闘で傷つき、一部は守ることも出来ないほどに欠落したものを身につけている。彼女が、長い間この迷宮に滞在していたことを意味していた。
そんな彼女と相対するのは、彼女の身長を悠に超える狼の魔物だ。
ヘルハウンド。その毛は刃を通さないほど頑丈で、その牙や爪は過剰とも言える殺傷能力を帯びている。
さらに特出するのは、口から漏れ出る炎だろう。噛みつかれれば、牙による傷だけでなく酷い火傷を負うのは目に見えていた。
握っている片手剣を使い攻撃を繰り出す。
猛攻で畳み掛ける。しかし、ヘルハウンドの体毛は一本一本が丈夫で、まるで楔帷子を彷彿とさせた。
アリシアは、大きく跳躍し後退する。
手にしている片手剣では倒せないと腰の鞘に戻す。
そして背負った大剣に手をやる。
彼女の身長に劣らない大きさの大剣。銀色の装飾が施されたそれは、間違いなく一級品。
「はぁあっ!」
アリシアは、地面を蹴り上げヘルハウンドに急接近する。
目前まで駆けると、袈裟がけに切り上げる。
大剣の重さにより重心がブレ、狙いがズレる。
顔面目掛けての斬撃は、その際を通りすぎる。
側から見れば、いや本人でも理解できていることだが、彼女は大剣を使いこなせていなかった。
だが、それはアリシア本人も想定内。振り上げられた剣を、再度狙いを定めて振り下ろす。
振り下ろされた刃は、狼の剛毛を裂き、肩の肉を断った。
ヘルハウンドの咆哮にも似た悲鳴に、アリシアはほんの一瞬萎縮してしまう。
次に起きたのは腹部に来る衝撃と背後の激痛だ。
ヘルハウンドはその巨大な頭でアリシアを薙ぎ払ったのだ。飛ばされたアリシアは、壁に叩きつけられる。
「がはっ」
肺に溜まった空気が全て吐き出される。
たまらず蹲るが、それを許されるほどの猶予はない。
ヘルハウンドはアリシアを歯茎を剥き出し睨みつける。
鋭い眼光はアリシアを敵と認識した瞳だった。
口の中は胃液と血の味が混ざり合い気持ち悪い。
ぺッと口の中を吐き出し、ポーチの中にある瓶を取り出す。試験管にも似たそれに入っているのは、透明な緑色の液体だ。
コルク状の蓋を口で開け、中身を一気に飲み干す。
薬品の苦みが口に広がる。
普段なら渋い顔になるが、先ほどまでの気持ち悪い感覚がその苦味で口の中は上書きされた。
それだけじゃない。口内の傷や、小さな切り傷、打撲した鈍痛が徐々に引いていった。
回復薬。治癒魔法にも似た効果が得られる魔法の薬。
次に仕掛けてきたのは魔物の方だ。
前足の爪がアリシアを引き裂かんと襲いかかる。
足元に落ちた大剣を拾い上げ、前転で攻撃を回避する。
続いてもう片方の足で二撃目。
連続での攻撃を避けきれず、大剣の腹で防いだ。
傷を受けた方の足での攻撃は一撃目よりも勢いがない。
「はぁあああ!」
重く伸しかかった前足を振り払う。
ヘルハウンドは仰け反り、双方の距離は離れる。
互いに体勢を整え、睨み合う。
空気が緊迫する。
アリシアは大剣を強く握りしめ直すと、腰を低くし矛先をヘルハウンドへと向ける構えをとる。
おおよそ振り回すことに特化した大剣では取らない構え。
だが、その構えを迷わず、まるで型にはまったような雰囲気さえあった。
瞬間--
互いの距離が一気に縮む。
襲いかかる爪は頬を掠め、剣を構えた肩を抉る。
その痛みに耐えながら、大剣を突き出した。
狙うは弱点。
アリシアが負わせた肩の傷。
そこから心臓部にある魔石を砕く。
突き立てられた刃が傷口を抉り込む。
ヘルハウンドが暴れ、アリシアは宙に振り回される。
「はぁああああああああ!!」
上へ体が浮いた瞬間、天井を足場にして全力で押し込む。
枯れんばかりの雄叫び。
吹き出す血飛沫。
そして、ついに剣先から硬い物に触れる感触と、それが砕ける音がした。
その直後、ヘルハウンドの体がシャボン玉が破裂するかのように霧散した。
魔物の死。
核を失った魔物は体を維持することができずに、消滅する。
「あいでっ」
ヘルハウンドが消滅したことで大剣は地面に突き刺さり、アリシアは地面に叩きつけられる。
側には、宝石のような鉱石がひび割れて落ちていた。
大きさにして拳大。中層の中でもなかなかの大きさの魔石だ。
それほどまでに強大な魔物を討伐したという事実、そしてなによりこの戦いで生き残れたということに喜び震える。
が、それも束の間。
暗闇の中から次は自分の番だとばかりに魔物がやってくる。
現れたのは二足歩行の犬の頭を持った魔物コボルト。
小柄で、ヘルハウンドに比べ攻撃力も低い中層の中でも狩りやすい魔物。
だがそれは、一匹の時の話。
コボルトのような魔物は自身がそれほど強くないことを理解しているのか、群れで行動する。
それは例外なく今回もだ。
三匹のコボルトは、倒れているアリシアを嘲笑うかのような鳴き声を出す。
アリシアは大剣を杖にして、なんとか立ち上がる。
大剣は持ち上がらない。片手剣を手に連戦が始まる。
先頭に立っているコボルトが先陣を切る。
三匹の中で一番大きいコボルトだ。
コボルトは、手に持った石製の斧を振り回す。
不細工な攻撃をアリシアは難なく避ける。
すれ違う瞬間に、コボルトの首を刎ねた。
体が霧散し、絶命する。
「私が、私がお前たちのような雑魚に負けるか!」
力を振り絞り吼える。
本当はこれ以上戦えない、立っているのが精一杯で、ただの去勢だ。
それでもコボルトたちをほんの一瞬だけ、怖気させた。
コボルトは二匹同時に、襲いかかる。
--ああ、もう終わりか。
道半ばで死ぬ。
今まで無念に散っていった同胞たちと同じ未来を辿る。
そう思っていた。
目の前を紫電が通る。
雷は二体のコボルトを襲う。
襲われたコボルトは、焼け焦げると魔石へと変わった。
「大丈夫ですか?」
雷撃が放たれた方から声がする。
そこには”黒髪”をした少年だった。
初めてのダンジョンとも呼ばれる迷宮。全三十階層で構成されており、この百年の間に既に全ての階層を攻略されている。
下層へ進めば進むほど強敵になっていく仕組みに、人々は最下層には何かが存在すると噂が囁かれるようになった。
英雄たちの莫大な秘宝、秘匿された叡智や、はたまた願いが何でも叶う水晶があるなどの絵空事のような噂まで流れていた。だが、最深部に存在したのは大型魔物と、それがいるための空間のみ。
金品財宝どころか、水晶すら無かった。
命を賭してまで進んだ終わりの先は呆気なく、怒り狂う者、予想がついていた者、まだ先があるのではと疑う者がいた。
莫大な金を費やした、体の一部が欠損した、仲間が死んだ。
多くのモノが失われたのに、この結末はあんまりだろと。
それでも迷宮には人が絶えず潜る。
彼らは”冒険者”。
迷宮に潜り、魔物を狩るのが生業の戦士たち。
*
「ちっ、安息期に大型が発生するなんて」
地下迷宮の第十五層に勝ち気な女冒険者の舌打ちが響く。
アリシア・アーレウス。赤髪の青年の美しい彼女の顔には、汗や砂で化粧されている。
服装もそうだ、命を守るための防具は魔物との戦闘で傷つき、一部は守ることも出来ないほどに欠落したものを身につけている。彼女が、長い間この迷宮に滞在していたことを意味していた。
そんな彼女と相対するのは、彼女の身長を悠に超える狼の魔物だ。
ヘルハウンド。その毛は刃を通さないほど頑丈で、その牙や爪は過剰とも言える殺傷能力を帯びている。
さらに特出するのは、口から漏れ出る炎だろう。噛みつかれれば、牙による傷だけでなく酷い火傷を負うのは目に見えていた。
握っている片手剣を使い攻撃を繰り出す。
猛攻で畳み掛ける。しかし、ヘルハウンドの体毛は一本一本が丈夫で、まるで楔帷子を彷彿とさせた。
アリシアは、大きく跳躍し後退する。
手にしている片手剣では倒せないと腰の鞘に戻す。
そして背負った大剣に手をやる。
彼女の身長に劣らない大きさの大剣。銀色の装飾が施されたそれは、間違いなく一級品。
「はぁあっ!」
アリシアは、地面を蹴り上げヘルハウンドに急接近する。
目前まで駆けると、袈裟がけに切り上げる。
大剣の重さにより重心がブレ、狙いがズレる。
顔面目掛けての斬撃は、その際を通りすぎる。
側から見れば、いや本人でも理解できていることだが、彼女は大剣を使いこなせていなかった。
だが、それはアリシア本人も想定内。振り上げられた剣を、再度狙いを定めて振り下ろす。
振り下ろされた刃は、狼の剛毛を裂き、肩の肉を断った。
ヘルハウンドの咆哮にも似た悲鳴に、アリシアはほんの一瞬萎縮してしまう。
次に起きたのは腹部に来る衝撃と背後の激痛だ。
ヘルハウンドはその巨大な頭でアリシアを薙ぎ払ったのだ。飛ばされたアリシアは、壁に叩きつけられる。
「がはっ」
肺に溜まった空気が全て吐き出される。
たまらず蹲るが、それを許されるほどの猶予はない。
ヘルハウンドはアリシアを歯茎を剥き出し睨みつける。
鋭い眼光はアリシアを敵と認識した瞳だった。
口の中は胃液と血の味が混ざり合い気持ち悪い。
ぺッと口の中を吐き出し、ポーチの中にある瓶を取り出す。試験管にも似たそれに入っているのは、透明な緑色の液体だ。
コルク状の蓋を口で開け、中身を一気に飲み干す。
薬品の苦みが口に広がる。
普段なら渋い顔になるが、先ほどまでの気持ち悪い感覚がその苦味で口の中は上書きされた。
それだけじゃない。口内の傷や、小さな切り傷、打撲した鈍痛が徐々に引いていった。
回復薬。治癒魔法にも似た効果が得られる魔法の薬。
次に仕掛けてきたのは魔物の方だ。
前足の爪がアリシアを引き裂かんと襲いかかる。
足元に落ちた大剣を拾い上げ、前転で攻撃を回避する。
続いてもう片方の足で二撃目。
連続での攻撃を避けきれず、大剣の腹で防いだ。
傷を受けた方の足での攻撃は一撃目よりも勢いがない。
「はぁあああ!」
重く伸しかかった前足を振り払う。
ヘルハウンドは仰け反り、双方の距離は離れる。
互いに体勢を整え、睨み合う。
空気が緊迫する。
アリシアは大剣を強く握りしめ直すと、腰を低くし矛先をヘルハウンドへと向ける構えをとる。
おおよそ振り回すことに特化した大剣では取らない構え。
だが、その構えを迷わず、まるで型にはまったような雰囲気さえあった。
瞬間--
互いの距離が一気に縮む。
襲いかかる爪は頬を掠め、剣を構えた肩を抉る。
その痛みに耐えながら、大剣を突き出した。
狙うは弱点。
アリシアが負わせた肩の傷。
そこから心臓部にある魔石を砕く。
突き立てられた刃が傷口を抉り込む。
ヘルハウンドが暴れ、アリシアは宙に振り回される。
「はぁああああああああ!!」
上へ体が浮いた瞬間、天井を足場にして全力で押し込む。
枯れんばかりの雄叫び。
吹き出す血飛沫。
そして、ついに剣先から硬い物に触れる感触と、それが砕ける音がした。
その直後、ヘルハウンドの体がシャボン玉が破裂するかのように霧散した。
魔物の死。
核を失った魔物は体を維持することができずに、消滅する。
「あいでっ」
ヘルハウンドが消滅したことで大剣は地面に突き刺さり、アリシアは地面に叩きつけられる。
側には、宝石のような鉱石がひび割れて落ちていた。
大きさにして拳大。中層の中でもなかなかの大きさの魔石だ。
それほどまでに強大な魔物を討伐したという事実、そしてなによりこの戦いで生き残れたということに喜び震える。
が、それも束の間。
暗闇の中から次は自分の番だとばかりに魔物がやってくる。
現れたのは二足歩行の犬の頭を持った魔物コボルト。
小柄で、ヘルハウンドに比べ攻撃力も低い中層の中でも狩りやすい魔物。
だがそれは、一匹の時の話。
コボルトのような魔物は自身がそれほど強くないことを理解しているのか、群れで行動する。
それは例外なく今回もだ。
三匹のコボルトは、倒れているアリシアを嘲笑うかのような鳴き声を出す。
アリシアは大剣を杖にして、なんとか立ち上がる。
大剣は持ち上がらない。片手剣を手に連戦が始まる。
先頭に立っているコボルトが先陣を切る。
三匹の中で一番大きいコボルトだ。
コボルトは、手に持った石製の斧を振り回す。
不細工な攻撃をアリシアは難なく避ける。
すれ違う瞬間に、コボルトの首を刎ねた。
体が霧散し、絶命する。
「私が、私がお前たちのような雑魚に負けるか!」
力を振り絞り吼える。
本当はこれ以上戦えない、立っているのが精一杯で、ただの去勢だ。
それでもコボルトたちをほんの一瞬だけ、怖気させた。
コボルトは二匹同時に、襲いかかる。
--ああ、もう終わりか。
道半ばで死ぬ。
今まで無念に散っていった同胞たちと同じ未来を辿る。
そう思っていた。
目の前を紫電が通る。
雷は二体のコボルトを襲う。
襲われたコボルトは、焼け焦げると魔石へと変わった。
「大丈夫ですか?」
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