転生賢者の英雄再譚 〜世界救ったけど、二百年後の世界に再び危機が迫っているのでまた救います〜

ナガト

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第一話 目覚め

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 意識を覚醒させるのにきっかけは無かった。
 ただ朝に目が覚めるように、来る時が来たと言わんばかりにごく自然と瞼を開ける。
 その反面、体は言うことを聞かない。錆びたブリキのように関節が軋み、泥沼にハマったかのように体が重かった。
 やっとの思いで上半身を両肘をついて持ち上げる。

「ここは……」

 周囲は光源は無い。
 だが、長い眠りについていたのか瞳孔が慣れて周囲を薄ぼんやりとだが確認することができた。
 周囲全てが無骨な岩肌の空間。
 しかし、それは天然の洞窟と言うわけでは無く。綺麗に壁と天井が別れているところを見れば、人の手が入っていることがわかった。

「こんなところで寝ていた記憶は無いんだけど」

 真っ暗で湿気った空間に、ポツンと置かれた石の寝台ベッドで寝るような趣味はない。
 寝ぼけた思考が洗練され、体に活動を始めるように指示を出す。
 目覚める前の記憶を呼び起こしていく。
 自分は賢者と呼ばれていた存在で、異世界から召喚された勇者と共に邪竜を倒すべく旅に出た。数々の困難を乗り越え、次第に仲間も増えた。仲間の間でもいざこざはちょくちょくあった。
 それでも邪竜の元へ辿り着いた。
 そして--

「神槍を放って俺は……」

 そこからの記憶がない。
 邪竜がどうなったのか、仲間は生きているのか。
 大魔法を二回も放ったことは覚えている。
 寿命が削れていく感覚、内臓がねじ曲がる感覚、大量の魔力が消費される感覚、魔力回路が焼けるような感覚。思い出すだけで身の毛がよだつ感覚を、確かに覚えていた。

「死んだ? でも、今は確かに生きているし」

 胸に手を当てる。
 ドクン、ドクンと心臓が脈打っているのが掌に伝わってきた。

「ハルトたちがここに入れた? でも、何故?」

 情報が少ない以上考えても仕方がないと、思考を一度放棄する。
 ここに居座る理由もないと、寝台から降りた。

「あれ?」

 立ちあがろうとした瞬間、自分の足に力が入らず体をよろめかせる。触る足には筋肉が削ぎ落とされたかのように細い。尻餅を突いた状態で、今度は足を考慮してゆっくりと立ち上がった。
 足一本一本を鼓舞しながら立ち上がる。

「よいしょっと。立つのにも一苦労とは……」

 既に額にはじんわりと汗が浮き出ている。
 まるで足で立つことを覚えたての赤子のような感覚に陥っていた。

「ん?」

 視界に違和感を覚える。
 だが、その違和感の正体までは分からなかった。
 子鹿のように震える足で壁まで辿り着くと、這うように出口らしき扉へ向かう。
 扉を出た先は、まだ暗い洞窟の中だった。
 どうやら洞窟の道中の壁に、この部屋が造られていたようだ。

「さて、右、左どっちに行くべきか……」

 普通に考えれば一方は出口へ続き、一方はより奥へと続く。ここで選択を間違えれば、間違いなく道に迷うのは確定するだろう。
 ルーンは一瞬、戸惑いながらも口ずさむ。

「”空間把握”」

 体内に内包した魔力を放射し振動させることで、周囲の空間を把握することができる魔法。正確には魔法では無く、魔力放出を精密に繰り出した巧みな技術なだけなのだが、その領域は魔法であると言ってもいい。
 大魔法”神槍”の影響で魔力や魔力回路もズタボロになっていたと思っていたけれど、どうにか発動できることに安堵した。
 体内から魔力を放出させる。しかし、鈍ったのは筋肉だけで無く、中身も同様で魔力操作がままならない。それで無くても、大分魔力量が減っているような気がする。

「……っはぁ。こんなに勝手の悪い魔法だったか?」

 魔法を予想以上に集中して放ったせいか、少し呼吸が乱れた。
 かつての自分が出来たことが、出来ない苛立ちを覚える。
 この調子なら魔力は必要最低限に抑えて、節約する必要がありそうだ。
 額の汗を手の甲で拭う。歩いた距離は十メートルちょっとだと言うのに、もはやマラソンでもしたかのような疲労感だ。
 だが情報は少なからず得られた。
 およそ半径三百メートルの範囲の索敵では、どうやら右の方に魔物らしき生命体がいるようで、左の方が生命体の気配が無かった。
 結局出口に関しての情報は分からず終いだが、こんな状態で魔物との交戦は避けたい。かと言って、ここに止まるのでは飢えて死ぬか、右側の通路にいる魔物が現れて食われるのがオチだ。

「左に行くしかないってことか」

 左の方へ足を向ける。
 まだ覚束ない足取りではあるけれど、壁の手すりなりでも歩けるほどに感覚を取り戻していた。それでも念のためにまだ壁に手をつけているが。
 何もかもが不調だ。
 身体も魔法も。
 まるでこの体に馴染んでいないかのような、そんな気さえしていた。
 その証拠に、さっきの魔法で体が少し慣れたのか、魔力の通りがよくなった。
 体を動かせば動かすほどに、満足のいく身体能力を身につけ。
 魔法を発動すればするほど、魔力の通りが良くなり、繊細な操作が可能になるのかもしれない。
 きっとリハビリが必要なのだろう。

「とはいえ、無闇に魔力を消費するわけにもいかない」

 魔法は体力と似ている。
 運動したり、飲まず食わずだったり、睡眠をしなければ消費されていく一方だ。回復させるには、食事や睡眠、体を休ませることが必要になってくる。
 消費された魔力も、体力の回復と同じ方補でしか回復しない。
 第一、普段から気軽に使っていた空間把握で苦戦している状態では、頻繁に使おうとは思えなかった。

「魔法が使えない賢者は、使えなすぎるだろ」

 ルーンは魔法が唯一の取り柄だと思っている。
 だというのに、それに大きな制限が付けられては殆ど使い物にならない。体力もなければ、優れた身体能力も持ち合わせていない。
 もしこの洞窟の中、もしくは出た先が森の中で魔物が出てきたら生き残れる自信はない。

 しばらく歩いていると、道先から物音が遠くから響く。
 ルーンは足を止め耳をすませる。
 人の足取りではない、多足の生物が這うような音。
 空間把握を発動させようと準備した直後、それが姿を現した。
 剥き出しの骨の死体。足音の正体は、カタカタと骨と骨が擦れる音だった。

「スケルトンか……」

 思わず苦い顔をする。
 スケルトンは、主に生き物の白骨した死体に憑依して生まれる。動きは鈍いが、物理攻撃や魔法にも強い、それに元になった生き物のスペックが高ければ高いほどに、スケルトンの強さも変わってくると厄介極まりない魔物。
 目の前のスケルトンは、軽装な防具や剣を身につけていることから村の墓地に湧くスケルトンよりも強いことがわかる。
 退治方法は頭部を修復不可能なほどに破壊するか、聖属性の魔法での浄化の二つ。
 そしてその聖属性の魔法はルーンの苦手分野に位置している。
 物理で倒すか。
 いや、それには素手と剣でのリーチ差がありすぎる。
 第一、修復不可能に程の筋力を持ち合わせていない。
 なら聖系統の魔法か。
 他の魔法ならばある程度検討がつくが、魔力の消費の検討がつかない。何より発動までに時間がかかってしまう。

「結局、魔法か」

 自分は賢者。
 慣れた戦い方が一番だと、魔力を高めていく。
 発動するのは水の魔法だ。
 空中に生成された頭の大きさ程の水を、スケルトン目掛けて放つ。
 魔法はスケルトンに直撃するが、バケツの水をかけられた程度の威力。一瞬、仰け反りはしたが、倒すまでには至らなかった。

「まぁ、そうだよね」

 こんなものでは倒れてくれれば苦労しない。
 次の魔法の発動のために魔力を集中させる。
 骸骨は正面の敵の底が知れたとカタカタと笑うと、撒かれた水溜りを踏み荒らしながら近づく。
 剣を振り上げる。
 防具などを身につけていないルーンが喰らえば致命傷は必至な攻撃。

「無駄だ」

 ルーンは勝利を確信した表情で言い放つ。
 そこにはスケルトンが剣を振り下ろそうとした腕は、持ち上げられたまま動けないでいた。
 冷気だ。周囲に霜が降りている。
 スケルトンが異変に気づいた時には既に遅かった。
 水たまりがあった地面は凍り、スケルトンの足は地面に固定され動けない。そして振り上げた腕、正確には関節も凍りつき動かせなくなっていた。
 物理でも魔法でもスケルトンを消滅させることができない。ならば、攻撃できない状態にすればいい。

「氷漬けにするつもりだったんだけどな。これはこれで上出来というべきか」

 まだ魔法の制御能力が思うようにいかないことを嘆くも、目的は達成できたことには満足できた。
 スケルトンが振り上げた剣を奪い取る。

「重っ!?」

 どうしてこんな剣を筋肉皆無なスケルトンが軽々振れて、自分は両手で抱え上げないといけないのか。
 不貞腐れながらも、動けないスケルトンの頭部目掛けて振り下ろした。
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