転生賢者の英雄再譚 〜世界救ったけど、二百年後の世界に再び危機が迫っているのでまた救います〜

ナガト

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 終焉の地。

 広がるのは死屍累々の荒野。
 多くの魔族と魔物の屍が転がり、乾いた土は濁った血で染まっている。
 紫色の雲に覆われたこの地には、太陽は登らない。辺りを照らすのは、何かわからない薄気味悪い光のみ。
 地獄にも等しいこの空間に、一匹の竜と五人の英傑が立っていた。

 竜は世界を滅ぼすと言われるほどの凶悪な竜イビルディア。存在するだけで呪いを放ち、辺りを死の世界へと変貌させる怪物。邪竜と呼ばれる存在。
 そんな邪竜を倒すべく立ち上がったのが、相対する英傑たちだ。
 彼らの装備は至る所が欠損し、体力も底を尽きかけていた。
 そして、邪竜もまた巨大な角はへし折れ、強固な鱗は幾片も剥がれ落ちていた。
 互いに最後の力を振り絞り、戦闘を開始する。

「主よ、彼らに御身の癒しを」

 英傑の一人、聖女が祈りを捧げる。
 その祈りが聞き届けられ、四人の英傑は淡い緑色の光に包まれると、傷だらけの体が癒やされる。
 しかし、その代償は大きい。
 激闘の中、力を行使しすぎた聖女はその場に力なく倒れた。
 青年の勇者が倒れた聖女を受け止める。

「ありがとう。これで戦える!」
「どうりゃぁあああ!」

 二つの影が邪竜へ飛びかかる。
 黒髪の勇者と、獅子面をした獣王だ。

 勇者の手に持つのは、世界に一振りしかない聖剣。どんな硬い金属をも切り裂く最強の剣。
 聖剣は黄金に輝き、邪竜の頭部に生えた一対の最後の角を容易く切り落とす。
 そして獣人族の中でも一番強いよ言われる、獣王は自慢の拳で漆黒の鱗を一掃した。

「グギャァアアアアア!!」

 天に向かって悲痛な咆哮。
 だが、二人の攻撃は邪竜へ痛撃の一手にはなり得なかった。

 そして邪竜もやられてばかりではない。
 邪竜は大きく跳躍した勇者の着地に合わせるように、大木よりも太い尾で薙ぎ払い。山をも踏み砕く前足で獣王を踏み潰す。
 勇者は頑丈な岩を破壊しながら勢いよく飛ばされ、獣王は邪竜の下敷きになり意識を失った。

 邪竜は翼を羽ばたかせ上空へ飛ぶ。

「精霊よ!」

 精霊族の姫の声が凛々しく響き渡った。
 精霊たちは彼女の声に呼応すると爆風が渦巻き、巨大な竜巻へと変化する。
 竜巻は邪竜に襲い掛かり、螺旋状の刃となって翼を切り裂いた。


 墜落する邪竜。


「今ですルーンッ!」
「ああ、最高のタイミングだ!」

 長時間魔法を構築していた賢者ルーンは頷く。
 背後に展開されるのは邪竜よりも巨大な魔法陣だ。
 幾重にも重ねられた魔法陣からは巨大な槍が姿を現した。
 高出力の魔力を凝縮された魔法。
 それを見た邪竜は避けるのは不可能だと判断し、姿勢を低くすると傷ついた翼で全身を纏い防御の構えをとった。

「”神槍ロンギヌス”ッ!」

 多くのものを代償に生み出された、神をも殺す究極の魔法。
 膨大な魔力が圧縮され生み出された槍は、邪竜目掛けて放たれる。
 しかし、魔力を防御に転じていた邪竜の鱗は、より強固になる。
 神槍に押され、ダメージは受けるが死ぬまでではない。

 神殺しの魔法とはいえ人の身で生み出したも。
 所詮その程度かと、邪竜は笑った。

「誰が一本だと言った。くらえ”神槍ロンギヌス”!」

 雄叫びと共に二本目の槍を顕現させる。
 そしてそれは、最初の神槍よりも輝きが増していた。
 それはまるで命を削ったかのような輝き。

 賢者は最後の力を振り絞る。
 霞んだ視界で立っているのが精一杯だ。

 --これで、終わりだ。

 掲げた右手を邪竜へと振り下ろした。





 きっとこの日を、世界中が待ち望んでいた。

 人間と魔族との和平条約の締結。
 長い間歪み合っていた両者が、過去の因縁を払拭しようと互いに歩み寄ろうとしている。
 その瞬間が、今目の前で執り行われているのだから。

 魔族の代表として新魔王と、人間を代表として王族でもある聖女が壇上で固く握手を交わす。
 多種族による、沸き立つ喝采の声と鳴り止まない拍手。
 多くの者が望んでいて、ようやく叶った瞬間だった。

「本当に終わったんだな」

 舞台裏で目の前の光景を眺めながら、勇者と呼ばれた青年はそう呟く。
 黒髪の青年は、本来は魔王を倒すべく異世界から召喚された勇者だ。
 十代後半のように見える容姿をしているが、彼は二十歳後半の歴とした大人だ。
 今日は、いつも身につけている全身鎧ではなく、一般的な白いシャツに、茶色のズボン。そして、そんな服装には似つかない、神々しい聖剣が腰にかけられている。

「邪竜イビルディアを倒してから二年か。でも、邪竜がいなくなっても、魔力溜まりによる予測不明の魔物の大量発生による被害は後を絶たない」

 元凶とされていた邪竜の討伐は、あの日英傑たちにより達せられた。
 しかし、この世界での危険は邪竜だけではない。

 魔力により生み出された魔物による、被害は絶えることはなかった。
 特に、ここ数十年に発生するようになった異常現象である”魔力溜まり”は、魔物を大量に生み出す加えて、魔物個体が凶暴であることが被害数を加速させていた。

「そのためのダンジョン化計画」

 ダンジョン化計画。

 勇者の「異世界ファンタジーだからダンジョンとあると思った」という何気ない発言を元に、ルーンが発案した計画だ。
 魔力溜まりを特定の場所に固定して引き起こし、魔物を閉じ込める計画。
 閉じ込めた魔物は無尽蔵に発生していき。
 そこに発生した魔物を狩るの者を派遣する。狩った魔物から取れた魔石は売ることで狩人たちは生計を立てることができる。
 ダンジョンは永続的に稼働し、狩人は新しい仕事として成り立っていく。

「この計画を進めるためにも、この条約は必須だったしな」

 一つのダンジョンに魔物を発生させるのには限界がある。世界各地に建設しなければ魔力溜まりを無くすことはできない。
 既に魔族以外の多種族の大国には話をつけている。魔力溜まりに悩まされているのは、どの国も同じようで、計画の説明をすると二つ返事で承諾してくれた。

「全く、とんでもないことを考えるんだよな」

 魔力溜まりは、もはや気象と同じだった。
 突然雨が降り雷が鳴るように、大量の魔物が発生する。
 被害に遭い嘆き悲しむも、この現象を本当に解決しようと思った人は、ルーン以外に誰一人としていなかった。

「だから賢者なんだろうけど」

 生前のルーンの功績は凄まじい。
 幼少時に魔法の才が開花し、十歳の時には技術的進歩が無いと言われていた魔法を実用化させた。現在、魔法使いが使用する魔法は、ほとんどがルーンによって生み出された物、またはその派生になっている。
 他にも魔道具の開発の躍進に、魔法使いへの学術書とさまざまな功績を残していた。
 亡くなった今、彼は一部では神格化され。魔法という存在に革命を齎した、魔法の祖として崇められるようになった。
 本当に若くして亡くなったのが惜しい存在だった。

「それでも、ルーンは『自分は特別じゃない』って言うんだろうな」

 聖剣に選ばれた勇者、神の恩恵を授けられた聖女。精霊国の女王にして、最強の精霊使い。屈強な体で獣人族を率いる歴史上最強の獣王。それに邪竜や、魔王。選ばれた存在の中、自分はただ魔法が上手く使えただけの魔法使いだと。

 特別でない存在が勇者の旅について行けるはずもないが。

「特別じゃ無いやつが、ラスボス倒すなよな……ったく」

 あの日、目を覚ました時には邪竜は倒されていた。
 目に入ったのは、大穴が空いた邪竜の下半身。そしてルーンの亡き骸だった。

 邪竜を倒すためだけに生み出した魔法”神槍ロンギヌス”。
 ルーン曰く、一生に一度のみ打つことのできる大魔法。それを二本も発動させるとなれば、代償は大きい。
 彼は自分の命と引き換えに、この世界を守ったのだ。
 特別でないと言っていた賢者は、邪竜を倒した正真正銘の英雄になったのだ。

「平和になった世界を君に見せてやりたかったよ」

 見上げる空は雲一つない晴天。
 視線を下げれば、喝采の声が響く街並み。
 勇者は静かに瞼を閉じた。
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