1 / 6
1−1
しおりを挟む
「私の名はバラルーク・アギサイン。貴殿がかの有名な賢者か?」
「いや、違いますから。ほんと帰ってください……」
興奮気味で意気揚々と名乗る貴族。
それに対して玄関前の俺は、疲れた顔でそう言うと勢いよくドアを閉めた。
これで何百回、いや何千回目の訪問者になるか。もはや日課の来訪者も300を超えた辺りで数えるのをやめた。
こうやって絶えず人が来るのには、俺の名前に原因がある’。
アランという名前はどこにでもいる名前だ。
だが、アラン=ウォレイフとなれば話は違う。
アラン=ウォレイフは、一〇〇年前の魔界戦線で活躍した英雄の名だ。
数多の魔法を駆使し、戦場を駆け回った彼はいつしか賢者と呼ばれるようになった偉大な人物。
そんな彼の恩恵に肖ろうと、アランという名が多くの子に与えられた。
その一人が俺アラン=ウォレイフだ。
偶然なのか、親の嫌がらせなのか、俺は名前も苗字もかの伝説の英雄と同じ名前にされてしまった。十中八九親の嫌がらせだと思うが、本人たちに聞きたくても、既に雲よりも天高い所に行ってしまっているため、それは叶わない。
ドンドンと、扉を叩く音が鳴る。
おそらくさっき来た貴族が懲りずに扉を叩いているんだろう。
まだ帰っていないのか、勘弁してくれ……。
魔工具の時計を見ると、時刻は早朝三時。こんな時間に来るのは、非常識にも程がある。
二時間後には畑仕事が待っている。あと一時間は睡眠に当てたかったけど、この物音では二度寝出来そうにない。
「はぁ、ほんと勘弁してくれ……」
右手で後頭部をボリボリ掻きながら、少し早い朝食を摂ることにした。
昨日の食べかけのパンと、昨日取れたまだ新鮮な野菜を煮込んだだけのスープ。それとサラダをテーブルに置く。
こんな日は、朝から肉を食べたくはあるけれど、肉は四日に一度食べれればラッキーと思えるくらいには貴重な物だ。
自分の畑から採れた根菜を齧る。シャクッシャクッと気持ちのいい食感の後には、瑞々しい水分が口に広がる。
うん、今回も美味しいのができている。こんな土弄っているおっさんが賢者なわけないというのに。これまで来た何百人の目は節穴なのだろうかと疑いたくもなる。
朝食に、仕事の準備や部屋の掃除と二時間たっぷり使った後に家を出る。
諦めたのか既に貴族の姿はいなくなっていた。
その代わりにまた新しい来客が立っている。
二十代半ばの若い女性。腰に挿した剣や、服装を見るに冒険者だろうか。
「私は冒険者『黎明の空』のリーダー、アリサ=クリスティーナだ。貴殿がかの伝説の賢者か? ならば、共に冒険に出て北の山に棲まうドラゴンを」
「あ、畑仕事があるんで結構」
最後まで聞かずに農具を片手に、アリサなんとかという女性の横を通り過ぎる。
冒険? ドラゴン? 何言っているだ。俺はただの農夫だぞ。
そんな場違いな所に行ったら間違いなく一番最初に殺される自信がある。
心躍る大冒険に興味が惹かれないわけでもない。
男ならば、剣を持って冒険者としてその名を伝説として語り継がれたい物だ。
だが、俺も三十六歳の四十路。
そんないい年こいたおっさんが、大冒険に行くなんて言い出したら頭の病気を心配される。
なにより、そんな血生臭くて物騒な場所なんかより、野菜たちの世話をしているほうが何倍もマシだ。
それに俺はこの村を気に入っている。
移り住んで二十年。
村人はいい人たちだし、空気が美味しい。そして何よりモンスターの出没数が少ない。出てくるのも小動物系のモンスターばかりで、村の衛兵が片付けれる程度の強さしかいない。
質素で家畜や畑しかない村だけど、そこがいいとも俺は思っている。
「ま、待ってくれ!」
「なんだい、畑までなら話を聞くよ。話しても無駄だろうけどさ」
「ほ、本当か!」
追いかけてきたアサリなんちゃらは慌てて俺を追いかけてくる。
あんな男勝りそうで、勝ち気な女性が涙目になりながら追いかけて来られると、流石に話だけは聞いてやろうと思ってしまう。
聞いたところで俺に解決できないことだと知りつつ、道中の暇つぶし程度に聞く。
「北のイルブル山脈の鉱山地帯に、巨大な竜が出たのは知っているか?」
「知らん、北のイルブル山脈ってどこだよ」
「んなっ、北のイルブル山脈を知らないだと? 本当に貴殿は賢者なのか?」
「だ・か・ら、俺は賢者じゃないって何度も言っているんだよッ!」
村に俺の声が響き渡る。
もはや村では恒例で、村のみんなは、きっと今日もやっているとしか思っていないだろう。
本日二度目の来訪者も追い返し、畑仕事をこなしていく。
今は鍬で土を耕している。
そういえば、五、六年ほど前に剣聖なんちゃらって言う七十歳そこらの爺ちゃんが訪ねてきた時があった。
俺が賢者ではないことに大層悲しんでいたが、この村を気に入ってもらえて一ヶ月ほど俺の家に泊まることになって、なぜかその一ヶ月の間剣の修行をつけてもらっていた。
たかが一ヶ月。農作業や村の力仕事もちょくちょく引き受けていた俺は多少なりとも体力や力には自信があったが、剣聖の修行はそんな柔なものじゃなかった。
老体には似合わない引き締まった肉体から放たれる剣技に、血反吐を何度吐きそうになったことか。思い出すだけでも身震いしてしまう。
『土を耕すのも修行の内』と、別れ際に言われたっけ。
名前は確かミナト・ヨリカゲだったか。元気にしてるかなぁ。
畑仕事がひと段落して、帰り支度をする。
収穫した野菜を籠に入れて、鍬を肩に担ぐ。
「あ、あのっ!」
子供のような可愛らしい声が聞こえてきた。
声の方向に振り向くと、そこには小柄な女の子がこちらを見ていた。
白い大きなベレー帽からはみ出す赤毛。まるで子猫のような保護欲をくすぐられるクリッとした大きな瞳に、小さな唇。日焼けを知らない白い肌は、ここらの住民じゃないことを物語っていた。赤と白のワンピースの上には大きめな外套、手には少女の身長よりも大きな杖が握られている。
「あ、あのアラン=ウォレイフさんなのです?」
緊張混じりで勢いよく少女は訪ねてくる。
その姿を見て、俺は嫌な予感がすると直感がそう訴えかけてきた。
「メ、メルを! 賢者様のお弟子にしてほしいのです!」
ほら、言わんこっちゃない。
「いや、違いますから。ほんと帰ってください……」
興奮気味で意気揚々と名乗る貴族。
それに対して玄関前の俺は、疲れた顔でそう言うと勢いよくドアを閉めた。
これで何百回、いや何千回目の訪問者になるか。もはや日課の来訪者も300を超えた辺りで数えるのをやめた。
こうやって絶えず人が来るのには、俺の名前に原因がある’。
アランという名前はどこにでもいる名前だ。
だが、アラン=ウォレイフとなれば話は違う。
アラン=ウォレイフは、一〇〇年前の魔界戦線で活躍した英雄の名だ。
数多の魔法を駆使し、戦場を駆け回った彼はいつしか賢者と呼ばれるようになった偉大な人物。
そんな彼の恩恵に肖ろうと、アランという名が多くの子に与えられた。
その一人が俺アラン=ウォレイフだ。
偶然なのか、親の嫌がらせなのか、俺は名前も苗字もかの伝説の英雄と同じ名前にされてしまった。十中八九親の嫌がらせだと思うが、本人たちに聞きたくても、既に雲よりも天高い所に行ってしまっているため、それは叶わない。
ドンドンと、扉を叩く音が鳴る。
おそらくさっき来た貴族が懲りずに扉を叩いているんだろう。
まだ帰っていないのか、勘弁してくれ……。
魔工具の時計を見ると、時刻は早朝三時。こんな時間に来るのは、非常識にも程がある。
二時間後には畑仕事が待っている。あと一時間は睡眠に当てたかったけど、この物音では二度寝出来そうにない。
「はぁ、ほんと勘弁してくれ……」
右手で後頭部をボリボリ掻きながら、少し早い朝食を摂ることにした。
昨日の食べかけのパンと、昨日取れたまだ新鮮な野菜を煮込んだだけのスープ。それとサラダをテーブルに置く。
こんな日は、朝から肉を食べたくはあるけれど、肉は四日に一度食べれればラッキーと思えるくらいには貴重な物だ。
自分の畑から採れた根菜を齧る。シャクッシャクッと気持ちのいい食感の後には、瑞々しい水分が口に広がる。
うん、今回も美味しいのができている。こんな土弄っているおっさんが賢者なわけないというのに。これまで来た何百人の目は節穴なのだろうかと疑いたくもなる。
朝食に、仕事の準備や部屋の掃除と二時間たっぷり使った後に家を出る。
諦めたのか既に貴族の姿はいなくなっていた。
その代わりにまた新しい来客が立っている。
二十代半ばの若い女性。腰に挿した剣や、服装を見るに冒険者だろうか。
「私は冒険者『黎明の空』のリーダー、アリサ=クリスティーナだ。貴殿がかの伝説の賢者か? ならば、共に冒険に出て北の山に棲まうドラゴンを」
「あ、畑仕事があるんで結構」
最後まで聞かずに農具を片手に、アリサなんとかという女性の横を通り過ぎる。
冒険? ドラゴン? 何言っているだ。俺はただの農夫だぞ。
そんな場違いな所に行ったら間違いなく一番最初に殺される自信がある。
心躍る大冒険に興味が惹かれないわけでもない。
男ならば、剣を持って冒険者としてその名を伝説として語り継がれたい物だ。
だが、俺も三十六歳の四十路。
そんないい年こいたおっさんが、大冒険に行くなんて言い出したら頭の病気を心配される。
なにより、そんな血生臭くて物騒な場所なんかより、野菜たちの世話をしているほうが何倍もマシだ。
それに俺はこの村を気に入っている。
移り住んで二十年。
村人はいい人たちだし、空気が美味しい。そして何よりモンスターの出没数が少ない。出てくるのも小動物系のモンスターばかりで、村の衛兵が片付けれる程度の強さしかいない。
質素で家畜や畑しかない村だけど、そこがいいとも俺は思っている。
「ま、待ってくれ!」
「なんだい、畑までなら話を聞くよ。話しても無駄だろうけどさ」
「ほ、本当か!」
追いかけてきたアサリなんちゃらは慌てて俺を追いかけてくる。
あんな男勝りそうで、勝ち気な女性が涙目になりながら追いかけて来られると、流石に話だけは聞いてやろうと思ってしまう。
聞いたところで俺に解決できないことだと知りつつ、道中の暇つぶし程度に聞く。
「北のイルブル山脈の鉱山地帯に、巨大な竜が出たのは知っているか?」
「知らん、北のイルブル山脈ってどこだよ」
「んなっ、北のイルブル山脈を知らないだと? 本当に貴殿は賢者なのか?」
「だ・か・ら、俺は賢者じゃないって何度も言っているんだよッ!」
村に俺の声が響き渡る。
もはや村では恒例で、村のみんなは、きっと今日もやっているとしか思っていないだろう。
本日二度目の来訪者も追い返し、畑仕事をこなしていく。
今は鍬で土を耕している。
そういえば、五、六年ほど前に剣聖なんちゃらって言う七十歳そこらの爺ちゃんが訪ねてきた時があった。
俺が賢者ではないことに大層悲しんでいたが、この村を気に入ってもらえて一ヶ月ほど俺の家に泊まることになって、なぜかその一ヶ月の間剣の修行をつけてもらっていた。
たかが一ヶ月。農作業や村の力仕事もちょくちょく引き受けていた俺は多少なりとも体力や力には自信があったが、剣聖の修行はそんな柔なものじゃなかった。
老体には似合わない引き締まった肉体から放たれる剣技に、血反吐を何度吐きそうになったことか。思い出すだけでも身震いしてしまう。
『土を耕すのも修行の内』と、別れ際に言われたっけ。
名前は確かミナト・ヨリカゲだったか。元気にしてるかなぁ。
畑仕事がひと段落して、帰り支度をする。
収穫した野菜を籠に入れて、鍬を肩に担ぐ。
「あ、あのっ!」
子供のような可愛らしい声が聞こえてきた。
声の方向に振り向くと、そこには小柄な女の子がこちらを見ていた。
白い大きなベレー帽からはみ出す赤毛。まるで子猫のような保護欲をくすぐられるクリッとした大きな瞳に、小さな唇。日焼けを知らない白い肌は、ここらの住民じゃないことを物語っていた。赤と白のワンピースの上には大きめな外套、手には少女の身長よりも大きな杖が握られている。
「あ、あのアラン=ウォレイフさんなのです?」
緊張混じりで勢いよく少女は訪ねてくる。
その姿を見て、俺は嫌な予感がすると直感がそう訴えかけてきた。
「メ、メルを! 賢者様のお弟子にしてほしいのです!」
ほら、言わんこっちゃない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる