初恋の相手に再会する話

兎月悠

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「おなまえ、なんていうの?」
 転がって行ったボールを拾ってくれたのは初めて見かける子だった。うさぎの描かれたピンクのパーカーの上で、短い黒髪が風に揺れている。
 陸はお礼よりも先に名前を尋ねていた。この子と仲良くなりたい、そう思った。
「ハルー、もう帰るよー」
 ハルと呼ばれたその子は女性の声がした方を振り向く。声の主はきっとこの子の母親だろう。
「あ、ありがとう!」 
 無言のまま差し出されたボールを受け取ると"ハル"は一言も話さないまま去ってしまった。
「…ハルちゃんか。また会えるかな」
 今思えば、これが人生初の一目惚れだった。


    ◇


「なぁ陸、お前は?」
「うちの学校にはいないよ」
 卒業を間近に控えた高3のある日、陸の周りは恋バナなるものに興じていた。
「え、他校にいるってこと?」
 急に始まった好きな人暴露大会に巻き込まれてしまい苦笑いを浮かべる。
 「わからない」
 6歳の頃に公園で1度会ったきりの彼女のことがずっと気になっている。おかげで今まで恋人ができたことはない。青春は恋愛だけではないと思っているが、周りの話題はそればかり。陸はいつもその話題には着いていけなかった。
 彼女についての情報は"ハル"という名前のみ。高校に進学したのか、ましてや今どこに住んで居るのかすらわからない。まだこの近くにいるのか、もう引っ越してしまったのか、そもそもこの街の人ではないかもしれない。
「わからないってなんだよ」
 みんなが笑う。口元には笑みを乗せたが、とても虚しくなった。自分の初恋はなんの行動も起こせないまま終わってしまったのだろうか。
 もう一度会いたい。そうしたらきっと――


    ◇


 無事高校を卒業し、東京に引っ越してから1週間が経った。
 大学から帰ってきた最寄りの駅前。そこに佇む1人の人間が目に入ると、考えるより早く反射的に声をかけてしまった。
「ハルちゃん…?」
「……」
 突然そう呼ばれた相手は陸に気づくと一瞬目を見開いた。しかし、すぐに俯きそのまま背を向けて歩きだそうとする。
「待って!」
 咄嗟に腕を掴む。
 あれから12年の歳月が流れており、髪はあの時よりさらに短く、顔は半分ほどマフラーに埋もれている。そもそも記憶に残っている視覚情報には既に靄がかかってしまっていた。それでも何故か確信した。
「ハルちゃんだよね?……あ、覚えてるわけないか。ごめん。実は小さい頃君と会ったことがあって。〇〇公園って覚えてる?」
 丸い頭が小さく縦に揺れる。
「やっぱり!」
「……違うよ」
「え、」
 想像していたより幾分か低い声に驚く。
「……君の思い出にいるハルちゃんじゃないよ、僕は」
 あまりの衝撃に声も出せないでいる陸を残し、"ハル"は去ってしまう。
 女性のものではない低い声、「僕」という一人称。世間一般的に見たら可愛いと称されるであろう顔立ちをしていたが、その性は自分と同じだった。
 久しぶりの再会。しかし、その驚きを上回ってしまった事実。
「初恋の相手が……男」 
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